過去と走馬灯

宵町いつか

第1話

 僕らはいつの日か掘り返す。あの日の儚さを、美しさを。






 どこまでも澄んだ青空があったことだけ、鮮明に覚えている。三月で、寒くて、凍えそうになりながら穴を掘った。小学生特有の有り余る体力を使って動いていた。思考していた。家から持ってきた剣先スコップを悴んだ手で振りかざして、僕らはよく集まっていた空き地の隅っこに、タイムカプセルを埋めようとしていた。なにもない、民家に囲まれたただの空き地に、僕らの秘密基地に、僕らがかつて存在していたことを、僕らがそこに居たことを刻みつけるために。誰が言い始めたのかははっきりとは覚えていない。小学校を卒業して、なにか自分たちなりのけじめが欲しかったのだろう。卒業証書なんて紙切れよりも重要で、形の残るものが欲しかった。そういう思考が根底にあった。ちっぽけな僕らがいたことを証明したかった。

 僕とガリ、キツネ、ヒツジの四人で埋めた。その時の僕らはいわゆる親友と言われる関係性だった。

 誰かが持ってきたステンレスの缶に、ものを入れた。缶自体が小さかったから、大きな物は入れなかったように思える。無難に手紙とか消しゴムとか。所詮小学生のことだ。しょうもない、今となってはごみになってしまうようなものを入れたのだろう。六年経った今になっても埋めたそれの存在を思い出せないし、それが無くなったことでなにか不便が生まれたということもないのだ。本当に、しょうもないもの。けれど、当時はとても大きなものだったように思える。そして掘り起こしてしまえば、今の僕らにとってもとてもかけがえのないものになるのだろう。もの自体に意味があるわけではない。埋めたこととか、その行為に箔が付いて付加価値が付く。

 タイムカプセルには埋めた日と自分たちの誕生日の日付を書いた。名前を書くというのが小っ恥ずかしかったのか、それとも僕らの中でしか通用しない事柄を作りたかったのか、細かいことは覚えていない。ただ、特別性を求めていたのは覚えている。

 埋め終わった頃にはすっかり日は落ちていた。闇が満ちるように、僕らの心の中には妙な達成感が満ちていた。

 また、僕らが成人したら、オトナになったら掘り起こしに来ようと誓い合った。

 そんな青臭い誓いを交わしてから、六年が経った。僕らは皆成人した。大人になったのか、それはわからないけれど、皆成人した。その事実だけは残った。

「――久しぶり」

 ヒツジが静かにつぶやいた。高校は皆別々の場所に行ったから、こうやって全員会うのは三年ぶりということになる。ずっと一緒だった頃の面影は欠片ほどしか感じられない。細かったガリは肉付きのいい男になっていたし、キツネはキツネ顔ではなくなっていた。目は細いままだったけれど。ヒツジも、もじゃもじゃ頭をやめてサラサラのストレートになっていた。ヘアアイロンでもかけているのだろう。髪は傷んでいるように思えた。

 変わったのは彼らの背丈や風貌だけでない。僕らを取り巻く雰囲気も変わっていた。あの頃の無敵感は存在していない。あるのは漠然とした不安感、ぎこちなさ、未来への焦燥感。

「会うのは、中学卒業以来……か」

 キツネが懐かしむように言った。ガリが頷いて、じっと僕を見つめてくる。

「ハカセから連絡してきて思い出したよ。タイムカプセルのこと」

 ガリの言葉にキツネもヒツジも頷いた。中学の頃は動いていたライングループもいつの間にか化石になってしまったかのように動かなくなったし、僕らも会うことが無くなった。だから忘れてしまうのも当然なのかもしれない。さみしいし、薄情だと思うけれど、それが人間なのだから。

「さ、掘り返そうぜ」

 僕は手に持っていたスコップを地面に突き立てて言った。

「どこ埋めたっけ」

「隅っこじゃなかった?」

「目印とかなかったけ?」

「なにもなかった気がする」

 僕らは口々に言い合って、掘っては埋め、掘っては埋めを繰り返していた。その間、スコップの掘削音に溶かすように思い出話をしていた。

「ヒツジ、髪の毛変わったね」

 ガリがしみじみと言う。苦笑いをこぼしながらヒツジがガリに向かって言葉を返す。

「ガリには言われたくないよ。あんなにも華奢だったのに、今はこんなゴツくなりやがって」

 彼らの言葉の押収。会話のテンポ。抑揚。その全てが懐かしくて、美しくて、愛おしく感じた。

 空き地の隅っこ。記憶とは少し違う場所にタイムカプセルは埋まっていた。表面は土にまみれていて、保存状態は最悪だった。中にはいっている物は大丈夫だろうか。

「何入れたっけ?」

 キツネの声に反応して、皆視線を彷徨わせる。僕を含めて。

「覚えてないな」

 僕が言うと、皆頷いた。

「まあ、小学生が埋めたやつだよ? 大層なものは入ってないって」

 ガリがまるで他人事かのように言う。それにさみしさを覚えた。

 いや、もしかしたら過去の僕はきっと僕であって僕でないのかもしれない。

 ガリがタイムカプセルに触れる。ほのかに湿った土が指先についた。霞んだ銀色が僕らの表情を映す。

 過去の僕らは僕らと同じ人間だ。けれど、過去から見たら未来なんてほとんど別人に等しいのかもしれない。何を経験して、何を感じるのか。過去は知らない。未来のみが知っている。

「開けるぞ」

 自然と息が詰まる。独特の緊張感と高揚感が僕ら四人の周りを漂っていた。

 ああ。開けてしまうのか。

 開けてしまったら、僕らはきっと離れ離れだ。僕らは過去を見ている。同じだった頃の、知っていた頃を見ている。その時間が、あと少しで終わる。

 終わったら、待っているのは別人のいる未来だけ。

 そっと、過去が開けられた。

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