トリあえず生

ののあ@各書店で書籍発売中

第1話


 とある居酒屋。

 そこの店主たるオヤジは、少し前から戦々恐々としていた。

 

「なんだありゃあ……」


 オヤジがそう思うのも無理はない。

 店に入ってきた客が、スーツを着た太ったニワトリみたいな姿をしていたら誰だってそうなる。


 暖簾をくぐって早々に「おやじ、空いトリますかい?」とふつーに声がしたものだから、「らっしゃーい、お好きな席に座んな」と返事をしたのも失敗だったかもしれない。そのせいで怪しすぎる客に突っ込む間が消えたから


 今更、「すいやせん、ウチは鳥お断りなんで」なんて言えやしない。まさかカウンターに堂々と座り、ニヒルなおっさん雰囲気全開のイイ声で「トリあえず……ナマ」と告げられた時は笑い殺されそうになった。


「へい、ナマ一丁」


 ジョッキになみなみ注いだナマ(ビール)をカウンターに置くオヤジ。

 太ったニワトリ(にしか見えない客)は、その手羽先でどうやってジョッキを煽るというのか。興味と不安が入り混じりながら見守っていると、なんとニワトリのような客は大変優雅な動きでジョッキの持ち手を手羽先で握り(?)、ジョッキを盛大に煽った。

 

 いい飲みっぷりだった。背景にはふわぁさぁと効果音と煌めく光が見えるぐらいに。


「カーーーーーッッ、じゃなかった。コケーーーーーーーッッ」

(なんで言い直した!!? 今の酒が五臓六腑に染み渡ったときに発するアレだよな?!)


 オヤジは大声でツッコミたくて仕方ない、が、こらえた。

 やっぱりニワトリじゃねえかあああああ!! 酒飲んで朝を告げてんじゃねえぞこらぁ!! と叫びたいのもだ。

 姿と言動がどうあれ客は客。ならば失礼な言葉はなるべく使わないのがオヤジ流。


 一体次はどんな注文が来るのか。少しだけ興味が勝った。


「オヤジ、注文いいコケコッコー?」

「あいよ。何にする」


 もう意味わからん語尾も、オヤジは受け入れつつあった。

 だが次の注文はさすがにスルーしづらかったようで。


「焼き鳥、おすすめの見繕ってくれコケー」





「したり顔で仲間を喰おうとすんじゃねえ!!!」





 オヤジの絶叫が、飲み屋街に響いた。




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