Ep.333 その背を目指して
ついに義手の製作が開始され、その日から僕は毎日ゼクストさんの工房へと足を運んでいた。
ゼクストさんの指示のもと、素材の買い出しのおつかいをしたり、様々な金属の加工を手伝ったり、義手の形状を決める為に型を作ってもらったり、他にも細かい指示を受けるなど、多岐に渡る仕事があった。
最初は僕も慣れない作業に戸惑ったが、慣れてくると楽しくなり、作業に没頭していった。
義手を作る為の部品の製作に取り掛かっている時、ゼクストさんが僕に見せてくれた物は、銀色の外骨格のようなものだった。
その外骨格には、腕全体を覆う装甲を装備することになりそうだ。
この装甲には軽くて丈夫な金属であるミスリルが採用された。ある程度の衝撃にも耐えるらしく、いざと言う時の盾代わりにもなるそうだ。
装甲の内側にはワイヤーと呼ばれる神経状の細い金属が仕込まれていて、義手の動きに反応する仕組みになっているらしい。それらを操って手のように動かすことが出来るという。
ゼクストさんの説明によれば、僕の魔力で稼働する仕組みらしく、動かすためには外部から魔力を送り込まねばならないということだった。そしてその魔力の伝達を義手全体に行き渡らせるのを助け、魔力消費を激減させる為に、高純度の地霊石が必要だったのだ。
これでも十分凄いが、僕の時代の精霊具のように、魔力を注げばずっと稼働してくれるような代物ではなく、定期的に地霊石への魔力充填が必要不可欠になってくるだろう。とゼクストさんは語る。
……それでも今の僕には夢のような話だった。
説明でなんとなく仕組みは分かったが、実際に見てみると何処がどうなっているのかさっぱりだった。
ゼクストさん自身、何度も試行錯誤を重ねながら、少しずつ義手の製作は進められていった。
「……また失敗じゃ! ――ハクサよ、市場に行って素材を買ってこい。何を書くかはここに書いておく。……それとついでじゃ。これでなんか食ってこい」
「――はいっ! ありがとうございます!」
ぶっきらぼうな様子のゼクストさんから、必要素材が書かれたメモとお金、そして不器用な優しさと一緒にそれは手渡された。
義手の製作は難航していたが、僕とゼクストさんの努力の甲斐もあり、少しずつ完成に近づいていった。
しかし、何度やっても上手くいかない時はあるもので、その日もまた義手の試作品の稼働が上手くいかず、ゼクストさんは苛立った様子で僕に市場に買い物へ行かせるように指示を出したのだった。
僕はゼクストさんの書いたリストを持って工房を出た。
ツヴェルク族で賑わう街並みの中を歩いていき、多くの鍛冶屋が営む『黒鉄通り』を進む。そこに数々の素材を取り扱っている市場があるからだ。
あちこちからカンカンと槌を打つ音が耳心地よく賑わっている。
そして目的の市場が見えると、僕はその中に足を踏み入れ、必要な素材を購入していった。
必要なものを買い揃えた僕は空を見上げて、ふと世間はお昼時である事に気が付いた。
ゼクストさんにも言われたし、どこかで昼食を摂ろうかな。
そう思い、市場から出て近くの飲食店に向かった。
お店のドアを開いて中に入るとすぐに、僕はある人物に目がいった。
小さなツヴェルク族の店主やお客に混じって椅子に座っていればそりゃ目立つというものだ。彼は一人で食事をしていた。
僕は少し躊躇ったが彼の隣に座る。そして声を掛けた。
「奇遇ですね、ウルグラム」
「……あぁ? なんだテメェか」
鋭い目付きを横目に僕を見たウルグラムは、興味なさげに吐き捨てた。
「……隣、いいですか?」
「もう座ってんだろ……。好きにしろよ」
ウルグラムは面倒くさそうに言い放つと食事を再開させる。彼の目の前の料理を見ると、香ばしく焼き上げたお肉がたくさん積み上げられていた。
……その肉ばかりの光景に、なんかウィニが頭を過ぎった。
僕は店員さんを呼び注文をした後、彼に話しかけた。
「美味しそうですね! それ」
「やらねェぞ」
「…………」
…………ぐっ。なんとか話を広げようと試みて見たけど少し気まずい。
「……今日は一人なんですか?」
「悪ぃかよ。テメェの腕のおかげで何日もここに滞在する羽目になって退屈してんだよ」
「す、すみません……」
不機嫌そうにしているが、僕を無視することもせずちゃんと返してくれるあたり、ウルグラムの一握りの優しさが垣間見えた。
僕はそんな彼を信頼している。
ウルグラムは口は悪いけれど、決して仲間を裏切る事は無いと確信しているからだ。
「……なんだ。じっと見やがってよ」
ウルグラムが訝しげな顔で僕を見てくる。つい彼を凝視してしまっていたみたいだ。
僕は慌てて視線を別に向けた。
そこにちょうど注文した料理が運ばれて来た。
僕は料理を受け取りお礼を言う。ウルグラムは変わらず食事に戻っていた。
ウルグラムは肉汁滴るお肉を豪快にかっ食らっている。僕も手を合わせてから料理を口に運んでいく。
「……そういえば、ウルグラムと二人で食事するの初めてですよね!」
「……テメェが勝手に来たんだろうが。一緒に食いに来たみたいに言うんじゃねぇよ」
ウルグラムは顔をしかめるが、食べながら僕を視界に入れていることから、会話には付き合ってくれるようだった。
「…………」
しかし、返ってはくるものの会話がまったく続かない。意を決して隣に座ったのは失敗だったかな……。
心の中で溜息を吐いた僕だったが、ウルグラムが口を開いた。
「ところで、最近鍛錬の方が疎かになってんじゃねえか?」
「……うっ!?」
指摘されて僕はドキッとした。ここ数日は義手の製作で忙しかったこともあり、鍛錬をあまりしていなかったのだ。
僕は苦笑しながらこくりと頷くと、ウルグラムから明らかな怒気が漂ったのを感じ取る。
「……そんなんで魔王とやり合うつもりかよ。ヤツはテメェが思ってる程甘くねェぞ」
「…………」
静かな威圧を放つウルグラム。
その言葉は厳しいが、彼の言うことは尤もなのだ。僕は言い返す言葉が見当たらず黙り込んでしまった。
「……ヤツは化け物だ」
ウルグラムは目を合わせることなく、険しい表情をしてそう静かに言葉を零す。
圧倒的な強さを誇るウルグラムが、はっきりと断言するのだ。魔王の強さは僕が思っている以上だと。
「俺はアズマらと魔王とやり合った時不覚を取った。……この俺が膝を折るなんざあっちゃならねェ……!」
虚空を睨み、憎々しげなウルグラムの表情を見る。そんな彼の姿を見るのは初めてだった。
ウルグラムは雪辱を晴らしたがっているのだ。人の身でありながら、獣人特有の武力至上の気質を持つ彼にとって、敗北こそ最大の屈辱なのだろう。
それ故に彼は強さに固執し、周囲もそうあるべきと信じているのだ……。
「クサビ。……ああ、ここじゃハクサか? どうでもいいが。……テメェは魔王を殺るんだろ。だったら常に強さを求めろ。さもなければ、テメェの周りの誰かから死んでいくだけだ」
「…………っ」
僕はウルグラムの言葉に息を呑む。
魔王を倒す。その言葉はずっと心に誓ってきたことだった。
…………ウルグラムの言うことは正しい。
――――魔王から人々を守る為に僕はこの時代に来たんじゃないか。僕が守られていてはいけないんだ……!
……甘えていたっ! いつのまにか、僕よりもずっと強く頼もしい仲間に囲まれて安心していた……! それは僕自身が強くなった訳では無いというのにッ! ――――
僕は眉間に皺を寄せて俯き、拳を固く握る。誰かに言われなければ、いつの間にか弛んでしまう自分が憎らしかった。
だがまた仲間によって決意の火が灯された。
今度こそ消えることの無く燃えたぎらせると誓って、僕はウルグラムに頭を下げた。
「ウルグラム、ありがとうございます。また大事な事を忘れてしまうところでした。……強さを求め続けていきます。……どうか見ていてください!」
「……ふん」
ウルグラムは鼻を鳴らすと、食事も途中に席を立った。
そしてすれ違いざま、僕の肩に手を置いて――――。
「――頑張れよ」
と聞こえた気がした…………。
僕は彼の言葉が一瞬信じられず、彼が出ていったドアを呆然と見つめてしまう。
そして理解が追い付いてくると、徐々に湧き上がってくる熱い想いに突き動かされるように、僕は彼のように料理をかっ食らったのだった。
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