Ep.332 帰途へ着き、駆け出して
……どれくらいの間気を失っていたのだろうか……。
目を覚ますと見慣れた天井。
僕はテントの中で寝かされていたようだ。
起き上がろうと体を起こすと、体中に痛みが走った。……筋肉痛だ。思い当たる節がありすぎる。
僕は痛む体を押さえながらテントの外に出ると、皆焚火を囲んで談笑していた。
辺りを見るともう日が暮れており、焚火の明かりが辺りを照らしている。
「――おや、起きたかクサビ。立てるのならもう大丈夫そうだな」
「……はい、ご迷惑お掛けしました」
僕の姿に気付いたシェーデが声を掛けてきたので、僕は頷いて応える。
皆が僕の方を振り返り、サリアは立ち上がって駆け寄ってきた。
「……クサビ、気分はどうかしら?」
「あ、はい。大丈夫です。……えっと……どれくらい気を失っていました?」
「うーん……。5時間くらいかしら。魔力枯渇で倒れちゃったもの。でも、地の祖精霊様との契約は成功したわっ」
「いやあ……。あの時は焦ったね。皆で全力で魔力を送らなければ危なかったよ」
アズマが笑いながら肩を竦めた。
……確かにあの時、仲間が居なかったら契約は成功しなかった。
精霊との契約に二度目のチャンスはなく、魔力が足りなければ契約は失敗して僕は死んでいただろう。
僕は改めて仲間の有難みを痛感し、感謝の意を精一杯に込めて皆に深く頭を下げた。
「皆、僕のせいで負担を掛けてしまってごめんなさいっ! ……でも凄く感謝してます。本当にありがとうございますッ!」
僕は言葉を伝えたあと顔を上げて、もう一度深く頭を下げる。
「違いますね、クサビ?」
「……えっ?」
皆がそれぞれ照れくさそうにしたり、そっぽを向いたりと各々の反応をする中、サリアは穏やかな笑みを浮かべたまま首を横に振って僕に間違いを指摘した。
僕は意味が理解出来ず、目を丸くしてサリアを見る。
「僕の『せい』で、じゃないでしょう? クサビは悪くないんだからっ」
「……サリア……」
サリアの優しさに胸が熱くなる。僕は彼女の言葉に胸が締め付けられるような心地になり、言葉を詰まらせた。
そして湧き上がってくる熱い想いを言葉に変える。
「……そうですね。『せい』じゃなくて『おかげ』ですね……。皆のおかげです。ありがとうございますッ!」
僕は再び頭を下げると、アズマは爽やかに笑い、サリアとシェーデは微笑みながら頷く。
「ケッ。ムズ痒い空気にしやがって……」
ウルグラムはそっぽを向きながら悪態を吐くが、僕にはそれが照れ隠しに見えた。
デインは相変わらず無表情だったが、僕に意識を向けると、ほんの僅かだけ口角が上がった……ような気がした。
「……あれ? そういえばジオは居ないんですか?」
僕は周囲を見回してジオの姿が見えない事に気付く。
「ああ。地の祖精霊はクサビとの契約の後、すぐに楽しげに行ってしまったよ。あの性格だからね、どこかで飛び回ってるんじゃないかな」
と、アズマが教えてくれた。
「そうなんですか……」
ジオは不羈奔放な性格で、気まぐれにどこかへ飛んで行ってしまっても不思議ではない。
アグニの時もそうだが、祖精霊と契約する際は僕はもれなく気絶するので、その後ちゃんと『これからもよろしく』と言えていないことが少しだけ気になっていた。
とはいえ、召喚することは出来るからいつでも呼び出せはするんだけども。これは僕の気持ち的な、些細な心残りというやつだ。
ひとまずゼクストさんから頼まれた、高純度の地霊石も手に入ったし、地の祖精霊ジオの協力も得られた。ジオとの鬼ごっこという名の試練には苦労したが、文句なしの成果に僕は顔が綻んだ。
その後僕達は秘境で野営をし、シュミートブルクに帰ることにした。
行きは地の祖精霊ジオに警戒されないように徒歩で向かったが、既にジオが味方である今、山岳地帯は飛翔の魔術で気にせずひとっ飛びできることには、僕にとっては予想外の幸運だった。
それでも山岳地帯と平原の間の森だけは歩くことになるが、街までは総じて1日あれば帰れるだろう。
僕達は秘境を出ると早速サリアから飛翔の魔術を掛けてもらい、シュミートブルクへと飛び立った。
冷や汗をかきながら歩いた岩山の道を横目に悠々と飛んでいると、飛翔の術を他者に付与出来るサリアには、本当に頭が上がらないなあ、としみじみ思った。
それから翌日、特に問題なく僕達はシュミートブルクに帰還した。
まだ空は明るかった為、僕はそのままゼクストさんの工房へ真っ直ぐ向かう事にした。
「このままゼクストさんに地霊石を届けてきますね! 皆はゆっくりしていてください!」
「あっ! ……わかったわ! 気をつけて行くのよ〜っ」
サリアの声を背に、僕は既にゼクストさんの工房がある方の道に走り出していた。
――これで義手を作って貰える! ――
そう思ったら嬉しくて、逸る気持ちを抑えきれなかったのだ。
僕はゼクストさんの工房に着くと、勢いよくドアを開けた!
「――ゼクストさん! 地霊石を届けに来ましたよ! とびきり高純度のものですっ!」
「――ハクサか!? ……ワシは今手が離せん! お主がこっちに来いッ」
工房の奥の部屋からゼクストさんの声が聞こえる。と同時に何かを打つ音が響き渡っていた。
「は、はい! お邪魔します!」
僕は工房に入ると奥の部屋に向かった。
ドアを開けると作業台がいくつもあり、素材やいろんな形の細工が点在していた。ゼクストさんはその中の1つに向かい、金属を打ち続けていた。
部屋の中央に置いてある巨大な炉は赤く燃え盛っており、室内はかなりの暑さだ。
僕は額に汗を浮かべながらゼクストさんに近づく。
集中して作業に没頭しているゼクストさんの気迫すら漂うその姿に、僕は緊張を覚えた。
「……ほれ、さっさと石をよこさんか」
「あっ……はいっ。どうぞ!」
ゼクストさんは作業の手を止めることなく、僕にそう言うので、僕は急いで地霊石をゼクストさんに渡した。
そこでようやく槌を置き、僕の方を向いたゼクストさんは、その老練かつ鋭い目付きで地霊石を手に取り、注意深く観察していた。
やがて無言のままじっくりと地霊石を眺めていたゼクストさんから『ほぉ』と感嘆の声が漏れる。
ゼクストさんは地霊石から僕に目を向けると、ニヤリと笑い、顔半分を覆った立派な白髭が上がる。
「申し分ない純度じゃな。量も事足りる。……よし、こいつを組み込んで、お主専用の腕をこしらえてやるわい!」
ゼクストさんはそう言うと力強く頷き、その言葉に僕は歓喜に打ち震えた。
これで義手に近づける! もうすぐだ……もうすぐ僕の腕を取り戻すことが出来るんだ!
僕は胸の高鳴りを抑え切れない。
だがその歓喜の反面、自分でも自覚出来なかった程、右腕の損失は多大な心の傷となっていたのだと同時に気付いた。
「じゃが完成するまでは多くの試行錯誤を繰り返さねばならんぞ。お主に合わせる必要があるのじゃから当然じゃ」
「……はい!」
僕はゼクストさんの忠告に大きく頷く。
「お主にも手伝ってもらう。明日から毎日ここに来い。良いな!」
「――はいっ!」
僕は興奮を隠しきれない様子で返事をする。
ゼクストさんは満足そうに頷くと、作業を再開して槌を取る。
僕はその後ろ姿に深く一礼して、工房を後にしたのだった。
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