Ep.331 ジオ

 地の祖精霊による鬼ごっこは続く!


 僕の強化魔術なしでは即死しそうなハンマー攻撃を必死で回避し続けた。


 地の祖精霊は遊んでいるようでいて容赦がなかった。

 ハンマーを振り回す動きも、決して無駄がなく、常に僕の死角を突いて的確に狙ってくる。


 その様子は僕にとってはもはや、命を刈り取りにくる、もはやそれはごっこなどではなく、本当の鬼のようだった。



 僕は必死になって避け続けた。

 時間の経過と共に地の祖精霊の ハンマーのスピードは更に上がっていき、強化魔術を使い続けなければ対応できない。


 それは即ち、ハンマーにやられても終わりであり、魔力が尽きても終わりという事だ。


 僕の奥の手である、深い集中状態に入れば見える動きはゆっくりになり回避は容易くなる。しかしそれは魔力を多く消費するうえ、いつ終わるかもわからないこの状況下ではむしろ自殺行為……。


 地の祖精霊は本当に遊んでいるつもりだろうが、僕にとってこの鬼ごっこは、己の限界と向き合う試練そのものと化していた。


「そこだぁ〜〜! それっ!」


 ――楽しそうな声で地の祖精霊が瞬時に僕の行く手を阻むように回り込んで来る。そしてその時にはハンマーを叩き付けようとしていた!


 僕は咄嗟に右側へ体を投げ出した!

 そして受身を取るために右腕を伸ばし――


「――しまった!」


 伸ばしたはずの右腕はそこに無く、バランスを崩し僕は顔面から転倒してしまった!

 顔を地面にぶつけた痛みよりも、その場からすぐに移動しなければやられる。僕は痛みを無視して転がる!


 するとハンマーは僕が居た位置を粉砕して、地面を砕く音が鳴り響いていた!


 それと同時に襲い来る衝撃波で吹き飛ばされ、秘境の壁際に激突してしまった。


 何とか立て直そうと足に力を入れた時、僕の背後から影が差した。



 …………振り返ると地の祖精霊がハンマーを構えていて、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「――――っ」


 僕は祖精霊を見上げながら息を呑む事しか出来ない。


 ――あ……。これ、終わった……。

 僕はぎゅっと目をつぶり、顔を逸らした――




 ――ピコッ!


「…………っ?」


 凄まじい衝撃を覚悟していた僕に届いたのは、小突かれる程度の痛みと可愛らしい音だった……。


 恐る恐る目を開けると地の祖精霊がハンマーを僕の頭部に当ててニコニコと笑ってこちらを見ていた。


 恐る恐る目を開けると地の祖精霊がハンマーを僕の頭部に当ててニコニコと快活な声を上げる。


「――はい! 今度は君が鬼だよ〜!」

「……へっ?」


 予想外の展開に目を白黒させる僕。


 ……無事だった事は喜ばしいんだけど、また続くの!?



 僕は地の祖精霊にハンマーを押し付けられ困惑しながらも、その玩具を受け取る。


 ――その瞬間、ハンマーを持った僕の左手がグンと地面に持っていかれた。

 ハンマーの重量がとんでもないことに気付く。


「お……重っ……!」

 

 僕はハンマーを支えきれず膝を着いてしまうと、その重さにそぐわない可愛らしい音が鳴る。


「さあクサビくん〜! 早くボクを追っかけてきてよ〜!」


 地の祖精霊はそう楽しそうに言うと空に舞い上がった!

 僕は愕然としながらそれを見てから、地面に転がっているハンマーに目を移した。


 ……こんなの、どうやって持てばいいんだっ! 両手でならまだしも、片手でなんて……!?



 と、内心でぼやきながら、僕はハンマーを持ち上げようと必死に力を込める!

 しかし持ち上がらないどころか、指先がプルプルと震えてしまう。


 ……仕方ない……!


「ぐぬぬぬぬ〜〜っ!」


 僕は強化魔術を左腕に集中させ、力を込める。同時に体を支えるために、全身に強化魔術を張り巡らせて踏ん張った!


 ハンマーは少しずつ持ち上がり始める……!


「……くっ……! うう〜〜っ!」


 僕は思い切り腕を振り上げ、ハンマーの棒の部分を肩に乗せる。ズシリとかかる重量感に膝が折れてしまいそうになるが、なんとか耐え忍ぶ。

 ……僕に残っている魔力の相当数を強化魔術に割いている。今も魔力をどんどん消費していくのが肌で感じていた。

 

 全身の、どの部分の強化魔術が少しでも切れても僕は立っていられないだろう。


 僕は歯を食いしばりながら地の祖精霊を見据え、重すぎる一歩を踏み出す。

 風のように俊敏な地の祖精霊に追いつけるような気は全くしなかったが、それでも僕は進まねばならないと思っていた。


 それにしても逃げるよりも、こっちの方がしんどい。

 試練というより、これじゃ修行だ……!


「ほらほら! こっちだぞ〜い!」


 地の祖精霊は楽しそうにクルクルと宙を舞って僕から逃げ回っている。


 僕は負けるものかと相手を見据え、ハンマーを担いだまま、全力で地を蹴る!


 強化魔術のおかげでなんとか進むが、負荷は相当に大きく、地に足が着いたらそれだけでハンマーの重みが襲いかかり、反動で体勢を崩してしまう。


 片手で扱うには今の僕では無理がある。それでも僕はやけくそに叫びながら追いかけた。




 ……その数分後。


「――待てええええ! うおおおお……! ……ぉ……ぉぉぉ…………」


 気合を入れた僕の叫びは、魔力枯渇の到来により虚空の彼方へと消えていき、糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちるのだった…………。



 

 ……どれくらいの時間が経ったのだろうか。僕はぼんやりと意識を取り戻すと、誰かの気配を感じ目を開ける。

 ぼんやりとした視界の中で、サリアの優しい顔が僕の顔を覗き込んでいた。


 後頭部には温かくて柔らかい感触がして、覚醒してきた意識が、今僕はサリアに膝枕されていることを理解させた。


 ……僕の顔が熱くなっていくのを感じつつも、平静を装いながら体を起こす。



「クサビ、大丈夫? もう少し横になっていてもいいのよ?」

「い、いえ、もう大丈夫ですっ! ありがとう、サリア」


 僕はサリアに礼を言って立ち上がると、自分の状態を確認する。……魔力は底をついているものの、体に異常は無い。

 サリアの回復魔術で治療してもらったようだ。



「あ! クサビ起きたんだ! いやーごめんごめん!」

「だからあれは人が扱える物じゃないのさ。ましてや片手でなんてね」


 地の祖精霊は反省しているのかしていないのか微妙な表情で謝りつつアズマがたしなめている。

 アズマも以前経験したのかもしれない。口振りがそれを物語っていた。


「でも久し振りに人間と遊べて楽しかった! 約束通りボクも力を貸すよ〜」

「あ、ありがとうございますっ!」


 僕は地の祖精霊に深くお辞儀をすると、地の祖精霊はニコニコしながら僕の周りを飛び回る。


 そしてその手が光り輝くと、手のひら程の大きさの黄色の結晶が現れて、僕に差し出した。


 その結晶からは魔力を感じる。火の祖精霊アグニから貰った赤い結晶の地属性版だ。


 魔王を封印する剣を生み出す際の触媒だと、アグニは言っていた。

 紅の結晶を火の結晶とするなら、これは地の結晶、と言ったところだろうか。


 僕は地の結晶を受け取ると、深々と頭を下げた。


「良かったわねっ! クサビ」

「うん。良く頑張ったね、あれは僕らでもしんどかったろうな」


 サリアの表情に花が咲き、アズマが何か思い出したのか、苦笑しながら労ってくれた。


「だが、あれはいい修行になったんじゃないかな? クサビ?」

「……ハッ。違ぇねぇ」


 シェーデが僕を労いつつも揶揄う。

 少し遠くで聞いていたウルグラムは微妙に笑みを見せたが、僕に向ける眼差しは笑っていない。……何か思いついたかのような目をしていた。

 ちなみにデインは僕の方を向いて無反応だ。



「――さあ! んじゃ契約しよっか! ボクカッコイイ名前がいいな! 始めるよ〜?」

「――え!? ちょっと……まだ魔力が全然っ――」


 地の結晶を渡した事で満足したのか、地の祖精霊は勝手に話を進め始め、僕は慌てる静止しようとするが時すでに遅し。


 地の祖精霊が光り輝き、僕の中に入り込む!


「――いかん! 皆、魔力をクサビに送るぞ!」


 シェーデが慌てた様子で叫ぶと、手をこちらに翳し、ウルグラムやデインも含め、皆が手を伸ばす。


「――チッ! 煩わせやがるッ!」

「…………っ」


 僕の中に地の祖精霊の魔力が混ざり合っていくのを感じる。


「さあ! ボクに名前を付けておくれよ!」


 せっかちな精霊様だなあ……!


 もう既に契約の工程の魔力消費は始まっている。早く名付けないと契約が失敗してしまう!


 僕は徐々に、回復し切れていない自分の魔力が地の祖精霊の魔力に食い尽くされ始めているのを感じながら、必死に頭から名前を捻り出す!


「――『ジオ』!」


「いいね! 気に入ったよ! ボクはジオ! 時代を越えてやってきた君と共に行くよ!」


 ジオの嬉しそうな声色が響くと、輝きは更に増し、その瞬間僕は脱力して膝を着く。


 僕の魔力はあっという間に食い尽くされ、仲間達からの魔力供給でなんとか意識を繋いでいる状態だったのだ。


 ……僕は薄れゆく意識の中で、全力で魔力を送る仲間達を眺める。

 そして冷や汗を流した彼らの真剣な表情を見たところで、僕の意識は完全に途絶えてしまったのだった……。

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