Ep.334 Side.A 次なる目標のために

 僕らはクサビの失った腕の為、シュミートブルクに滞在していた。


 義手と呼ばれる不思議な細工を施した装飾品を完成させる為に、ここ数日クサビは毎日ゼクストの工房へ朝早くから夜遅くまで入り浸っている。


 彼の熱意は凄まじく、僕達も彼の頑張りを応援しつつ、この街に滞在して空いた時間に鍛錬や情報収集を行ったり、困っている人の手助けをして過ごしていた。


 クサビの旅はまだ途上だ。彼に出会い境遇を聞き、そして目的を聞いた時、僕は体に電流が走ったような感覚がしたのを覚えている。


 僕と同じ青い髪に緋色の瞳。

 初めて彼を見た時は似ていると思ったものだが、まさか僕の遠い子孫だなんてね。未だ子供を持った事のない僕だが、彼の中に僕の血が受け継がれていると思うと特別な想いに駆られる。


 僕が彼に抱くこの想いの正体がなんなのかよく分からないが、彼の願いを叶える手助けをしたい。そして伸びしろのある彼の成長を見守りたい。

 もしかしたらこれは親心みたいなものなのかもしれないな。



 クサビの話によれば、彼が生きる500年後の未来に、僕らが封印した魔王が復活して、世界は混沌に晒されているのだという。


 未来の人々が苦しめられているのは、この時代で僕らが魔王を討ち倒すことが出来なかったからだ。ならば責任は僕らに在り、クサビに協力するのは当たり前の事だった。


 僕は魔王を討伐出来ず、やむ無く封印に留めてしまった事を、内心ではずっと悔やんできた。


 ……だからクサビが僕に会いに来た時、僕は彼に希望を見出したんだ。これで僕は僕の責任を果たすことができる、と。


 サリアや他の皆も、きっと似たような想いを抱いているだろう。僕らにとってクサビとの旅は、罪滅ぼしの意味も含まれていた。




 クサビが義手に集中している間に、僕らは次の祖精霊への旅に向けた準備を進めておくことにしていた。



 祖精霊の居場所は、以前僕らが出会った時から変わっていない場合なら把握している。

 だが、地の祖精霊のような性格の祖精霊は他には居ないにしても、再度居場所についての情報収集も必要だろう。


 クサビが邂逅しなければならない残りの祖精霊は『水、風、光、闇』の4体の精霊達。そして遠い未来でクサビがすでに邂逅している『時の祖精霊』にも会わねばならない。


 その為の準備もしなければならないし、クサビの為にも旅の資金を稼ぎたいところだった。


 ……勇者パーティなどと言われているけれど、別にお金が湧いて出てくるわけでもないのだ。資金繰りは大切だったりする。



 そう僕らの意見は一致し、クサビがゼクストの工房に通っている間にシュミートブルクの街で活動を開始しることになった。


 先ずは情報の収集から開始し、祖精霊の居場所の確認。それからこの街の依頼を受けて、その報酬を旅の足しにする。


 そして鍛錬も欠かせない。再度訪れるであろう魔王との戦いに向けて、僕らもさらに強くならねばならないからだ。

 クサビにももっと力を付けてもらわないといけないな。腕の件が解決したら、そろそろ本格的に鍛えてやらないとね。



「――それじゃ、手分けして当たるとしようか。まず、祖精霊の情報は精霊に聞くのが一番だ。デイン、頼めるかい?」


 シュミートブルクの一角にある広場に集まっていた僕らは、これからの行動を決めようとしていた。


「…………」


 デインはこくりと頷く。きっと彼なら良い情報を持ち帰ってくれると期待しよう。


「それじゃ残りでこの街の依頼をこなして行こうか」

「ええ。わかったわっ」

「――俺はまっぴらだぜ。んな事してる暇があんなら鍛錬を選ぶぞ」


 僕の提案にサリアは快諾してくれたが、ウルグラムは手で何かを払うような仕草をしてさっさとどこかへ行ってしまった。


「……はは。まあそう言うと思ったさ」

「……仕方ないな。私はウルに着いていこう。街中で暴れられては敵わん。手網を握る者が必要だろう?」


 シェーデはそう言って苦笑し、ウルグラムの後を追って行った。彼女が着いていれば問題は起きないだろう。それにシェーデならウルグラムの鍛錬相手にも最適だろうしね。


 そうしているうちに、気がつけばデインの姿も見当たらなくなっていて、広場には僕とサリアだけが残された。


「……アズマ、私達は資金集めを頑張りましょうかっ! 確か酒場に住民の困り事がまとまってたはずよ」


 この街には冒険者ギルドというものが無い。そう言った所では、ギルドの代わりに領主だったり、自治体が住民の悩みをまとめている場合が多いのだ。ここでは酒場でまとめているようで、それらしい掲示板を以前見かけていた。


「ああ。それじゃ行ってみようか」



 これから僕とサリアは『鉄火亭』という酒場へ向かい、中に入った。

 そして酒場に張り出された住民の依頼を見ると、素材集めの依頼が多かった。


 武具屋や鍛冶屋が点在する街なだけあり、鉱石や魔物の素材など、街の外で調達しなければならない材料の消費が激しいのだろう。


 どこも同じような素材を欲しているようで、僕らは酒場の掲示板に貼られた依頼の中から、同じ素材の納品の依頼を複数を一気に受注して、早速その素材の調達に向かうのだった。




 ……それから数時間後、僕らは依頼に必要な鉱石を入手して、サリアの飛翔の魔術で街への帰路についていた。


 さらにサリアの次元属性の収納魔術によって鉱石の持ち運びも快適だ。サリアは僕らのパーティの要だと言うことを身に染みて感じる。


「――サリア、いつも助かるよ」

「えっ? どうしたの突然?」


 サリアはきょとんとした様子で僕を見た後、照れたように笑った。


「いや、サリアが居なかったら僕らは飛ぶことも出来ないし、重い荷物を背負って旅していたんだよなって思ってね。本当にサリアが居てくれて良かった」


 僕はサリアに微笑みかけて感謝を伝えた。

 するとサリアの顔がみるみるうちに紅潮し始めた。


「ア、アズマはどうしてそんな言葉がサラッと出てくるのかしら……っ。…………でも……うん。どういたしましてっ」


 サリアは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに微笑んだ。



 それから僕とサリアは街を目指した。

 しばらくは特に言葉を交わしていなかったが、不意にサリアの口から言葉が紡がれた。


「……ねぇアズマ。クサビの事なんだけど……」

「なんだい?」


 僕がサリアの方に顔を向けると、彼女の表情は真剣そのもので、僕は彼女の真面目な様子に耳を傾けた。


「クサビは……。彼ってすごく強いと思うの」


 唐突なサリアの言葉に僕は首を傾げる。

 クサビは僕達から見ればまだまだ未熟だし、成長途中と言える。確かに祖精霊と契約した事で、魔力量が増大してはいるが、まだ十分に使いこなせていない状態だ。


 ……だからこそその魔力の御し方を学び、さらなる鍛錬が必要なのだか、サリアが言わんとしているのはそういうことでは無さそうだ。


「私はクサビに心の強さを見たわ。……勇者である貴方よりも彼の中に強く宿る想い……『勇気』というのがしっくりくるかしらね」

「ああ、それには僕も感じていたよ。クサビも500年後の勇者だけはあるね」


 僕はサリアの言葉に同意する。


 クサビは500年後の未来から過去に遡って来た勇者であり、未来の僕の子孫でもある。

 だが血の繋がりとは違った、勇気を受け継いでくれている事に、僕は嬉しく思っていた。


「でも彼はまだ若いわ。それ故に彼の力の原動力である勇気が乱されやすくもあると思うの。……あの子は純粋すぎるもの」

「……そうだね。クサビにはまだ経験が足りない。だからこそ僕らは彼を支えていくべきだ」


 僕の言葉にサリアは頷く。


「……ええ。守ってあげましょうね。私達で」


 サリアの決意のこもった眼差しが僕の目を捉える。僕は彼女をしっかりと見つめ返して頷いた。


 そうしていると、もう街は間近にまで迫っていて、僕とサリアはシュミートブルクに向かうのだった……。

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