Ep.325 Side.C 荒れ狂う暴力
……眼下に見えるのは、漆黒の暴風に翻弄され吹き飛ばされ倒れる者達。
アスカはその者達を守るように、杖を構えてデュエリストと対峙していた。
アスカの隊は半壊状態だったが、デュエリストの追撃を辛うじて防いでいたのだ。
無傷では済まなかったか、ボロボロになってはいるがまだ生きている。
我は上空から近付きながらデュエリストに巨大な氷塊を叩き付ける。
それに気付いたデュエリストは棍棒と戦斧の腕で氷塊を殴り砕いて吠える。
そして我はアスカの隣に着地して杖を構えた。
「……不甲斐ないですわっ。総大将の貴女を来させてしまうなんて。……でも、助かりましたわ」
アスカはデュエリストを睨みながら、我の登場に悔しげに言葉を漏らした。だが安堵の色も混じっていたように感じられる。
「ふっ。気にするな。元々我は指揮など不向き。敵を屠る事こそが冒険者の本懐なのだからな」
我はアスカの言葉にニヤリと笑って答える。
「今の……他の者の前で口走らないようにお願いしますわよ?」
「善処するさ。……アスカ、君は負傷者と自身の治療を」
「分かりましたわ。でも支援は勝手にさせて頂きますわよ、チギリ?」
「ふふ。歓迎する」
我は頷くとアスカは後方に下がり、我は杖をデュエリストに向けて構えた。
我の出現に警戒しているのか、デュエリストは我を睨み付けて殺気を放っている。咆哮と共に瘴気の嵐を巻き起こした後から、奴の体から瘴気が漏れ出ている。
これがデュエリストの全盛の姿か、それとも魔王にでも新たな力を授かったか……?
いや、思考を馳せる暇はない。目の前の脅威を排除せねば。
「我が同胞を痛めつけてくれたようだな魔物よ!」
どうせ意思疎通など取れぬが、我は戦意を高めながら啖呵を切る。
デュエリストの殺意が膨れ上がり咆哮した瞬間、我は前進しつつ氷結魔術を繰り出した!
我とデュエリストの間に分厚い氷の壁が立ちふさがる。
それをデュエリストは戦斧を振り下ろし砕き氷の破片を散らすが、その時には我は既に接近しており、デュエリストの懐に入っていた!
氷の破片に紛れてデュエリストに肉薄した我は、杖先に発生させた風の刃の乱気流『タービュランスブレード』を突き出した!
射程距離を代償に絶大な破壊力を杖先に纏わせる、上級の風属性魔術だ。魔術師だからと接近戦が不得手という訳では無いのだ。
それを咄嗟に腕を交差して防御に転じたデュエリストに風の刃が食い込み、徐々に細切れにしていき、デュエリストの血が噴き出す。
それに反応したデュエリストが大きく飛び退いた。
……ふん。もう少し反応が遅ければ腕一本を斬り飛ばせていたのだがな。
タービュランスブレードによって喪失した腕の一部は、黒いもやのような物がまとわりついて、瞬く間に再生してしまった。
……恐るべき回復力だ。自己で瘴気を放出を可能とするうえに、その瘴気で回復もしてみせるのか。
我一人で討滅するには、瞬間火力が不足していると判断する他ない。
救援に駆け付けても、アスカと同じく時を稼ぐ以外の術を持たない己を内心鼻で笑う。
だが、今ここには我の部隊と、左翼からナタクが、右翼からフェッティの部隊がそれぞれ向かっているはずだ。
彼らの戦力で3個中隊規模となる。さらにアスカの部隊が立ち直れば合計4個中隊。
戦場に響く喧噪は未だに止んでいない。各戦場では未だ戦闘は続いているのだ。
デュエリストは戦線を容易く崩壊させる力を持っている。ここで何としても討ち取らなければならない。
――そう睨み付けたその時、相手からの殺気が強まるのを感じた。
そしてデュエリストが地を踏み締め疾走したと同時に、我は風の魔術で空中に身を踊らせた!
四本腕を駆使した暴力が我を襲う。
左上腕の戦斧が我の首を狙い回転しながら横薙ぎに振られ、その勢いのまま右上下腕の大剣と棍棒が同方向から追撃してくる。
さらに我の姿を追いながら左上腕、戦斧を再び駆使し振り下ろしつつ、残った左下腕の槍の刺突を繰り出してきた!
我は横薙ぎを下がる事で回避し、追撃の大剣と棍棒を奴の頭上に飛び上がってやり過ごす。
そしてさらなる追撃の戦斧を空中で体を捻る事で紙一重で難を逃れたが、最後の狙い済ました槍は確実に我の心臓に狙いを定めていた!
咄嗟に我は防御障壁を幾重にも重ねて刺突を弾いたが、その反動で後方に大きく弾き飛ばされた。
それを好機とデュエリストが脚に強化魔術を溜め込み猛追。我は後方に飛ばされながらも奴から目を離さなかった。
そして後方への勢いを風魔術で抑えつつ、我は杖を相手に向ける。
「くっ……! ――『エクスプロード』!」
杖の先から極大の火の塊が放たれた!
爆音と共に爆炎が、迫りくるデュエリストを飲み込んだ!
そして爆発と共に土煙が舞い上がったが、そこには四本腕で防御態勢を取る、無傷のデュエリストが姿を現していた。
いや、動きが止まっているあたりダメージは受けたのだろうが、それは既に治癒されているようだ。
……ジリ貧か。
「――チギリ魔大将! ご無事ですかッ」
その時戦場に我の直属部隊が追い付き、全員が武器を構え、副官役を務める『シン・ウォーロード』が叫ぶ。
「お前達はまだ手を出すな! 援軍を待つ為時間を稼ぐ! 防御に徹し、周囲を守れ!」
「……了解ッ」
デュエリストは我に殺気を向けている。このまま我が囮になり、奴を引き付け続け、ナタクとフェッティの部隊を待つ。
そして彼らと共に一気に攻め立て、奴を討つ!
我はそう決意すると、杖を前に構えて再び対峙するのだった。
そして我は弾かれたようにデュエリストに飛び込みつつ杖を振るう。
直後、デュエリストの直上より雷雲が立ち込め、雨が如く稲妻が降り注いだ!
この程度で傷が付くとは到底思えないが、雷に撃たれる衝撃には動きも鈍るだろう。これを期待しての選択だ。
そして同時に接近したのは、後方の味方に敵意を向けさせぬ為だ。
案の定デュエリストは四本の腕を交差して防ごうとし、その間に接近に成功した我に対し、右上腕の大剣で斬りかかってきた!
我はそれを奴を回り込むようにして回避し背後を取る。そして魔術を行使する。
「エンシャウディングミスト」
杖先が青く輝くと、濃霧が立ち込めてデュエリストを包む。水属性派生の霧属性魔術。これだけではただ視界を遮るだけだが……!
「グローミングフリーズ!」
我は続けて魔術を放つ。絶対零度の冷気が、濃霧を急激に凍りつかせ、その中のデュエリストも氷結させた!
これには流石のデュエリストも直ぐには脱出出来ないでいるようだ。だが中で蠢き足掻く様子を見るに、長くは持たないだろう。もって数分稼げれば良い方だ。
その様子を窺っていた魔物達が総じて狼狽えながら判断に迷っていた。何らかの命令を受けているのだろうが、士気は低下している。
――ここでまた襲い掛かられては面倒だ。
我はすかさず魔物の最前列の目の前に雷撃を落とし、前進を躊躇させ、味方部隊合流の時間を稼いだ。
そして――。
「チギリ殿! すまぬ、遅参した」
「ナタク、助かるぞ」
中隊を率いたナタクが合流したのだ。さらにその直ぐに、フェッティ隊の面々の姿が現れる。
「フェッティ中隊参戦するわ!」
「助かるぞ。……希望の黎明も無事だな?」
「はいっ! 師匠もご無事で何よりです!」
「わたしは、疲れたしおなかすいた……」
フェッティ隊の中には我が弟子達の姿もある。
そちらに目を向けた我に、サヤが戦意を高めながら返答し、裏腹にウィニはその隣で猫耳を畳んで呟いた。おそらく魔力が回復し切れていないのだ。
「チギリ。わたくし達も立て直せましたわ。感謝致します。……ここからは共に参りますわ!」
そしてアスカの隊が加わり、我は頷いて答える。
……舞台は整った。
デュエリストを覆う氷塊には、既に細かなヒビが走っていた。それは次第に深く刻まれていく。
「皆構えよ! 動くぞ!」
我の言葉に応じ、皆が臨戦態勢に入る。
4つの中隊、総勢役80名の黎明軍と、デュエリストとの戦いは、氷が砕ける音と共に開幕した!
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