Ep.324 Side.C デュエリスト

 亡者平原の戦いは、黎明軍の参戦によって戦況は好転し始めていた。


 開戦当初に帝国軍が地属性魔術によって構築した、平原を覆う程の防壁と3つの砦を陣として防衛戦を敷いていた。


 広大な平原で魔族の進行を阻むには妥当な対応だ。


 そしてその構築技術は、魔族領の隣接する大国リムデルタ帝国の知識の結晶であり、冒険者にはこれほど精巧な防衛拠点を魔術で創造する者は少ないだろう。


 だがこの太陽暦の時代で平和になった国軍の戦闘力に関しては、防衛に長ける反面、攻撃面は徐々に退化してきた。


 帝国軍がこれまで持ち堪えたのは、防衛技術の賜物であるものの外敵を撃退する術が乏しいというのは、我らにとって不幸中の幸いでもあり、致命的な問題でもあった。



 そして現在。各戦場の状況が我のもとに次々と伝達され、我は戦場を俯瞰しつつ情報を分析し指揮していた。


 右翼戦線、宙空より放たれた黒の閃光が確認された直後、一個中隊を率いるフェッティ・ゼルシアラ剣少尉より、その詳細な情報がもたらされた。


 勇者クサビの意志を継ぐ、今や勇者パーティである希望の黎明、そして我が弟子のウィニによる、フルミネカタストロフィによるものだった。


 同時に魔力枯渇により戦闘不能という報告も受けたが。

 ウィニめ、後先考えず全魔力を込めて放ったな……。

 本来の紫の稲妻をさらに強化し、漆黒へと変貌した魔術だ。身体中の魔術を込めたに違いない。


 結果、右翼戦線に進行していた魔族軍は潰走した。大戦果ではあろうが、敵が撤退していなかったらどうするつもりだ、まったく。


 だがあの一撃は魔族軍側に甚大な被害をもたらした。魔族はその異常な力に脅威を持っただろう。

 我の使命である勇者の囮となるに十分な戦果を、よもや弟子に取られるとは。

 ……これは後で説教が必要だな、ふふ。



 そして左翼の戦場では、ラムザッドとナタクの部隊約40名の精鋭が確実に魔物の数を減らしていった。


 冒険者の部隊はパーティをそのまま小隊として扱っている。小隊で連携して戦えば、たとえ4、5人の人員であろうとも一騎当千の戦果をもたらす事が可能な精鋭を選出してきた。


 過言やもしれんが、1小隊で帝国兵500人分の戦闘力はあると踏んでいる。


 左翼戦線は8つの小隊がそれぞれ活躍し、さらに後方の砦にもう1中隊が交代要員で待機していた。このまま敵に動きが無ければ防衛しきるはずだ。



 そして我が今最も注視しているのは中央戦線だ。


 敵陣後方、指揮官の横に佇んでいた難敵デュエリストが出てきたのだ。


 我はその対処を大隊長を務めるアスカの隊に対処を命じた。

 同時にデュエリストの出現に、我は即座に防御に徹するよう指示する。


 デュエリストが前線に到達すると、攻め立てていた周囲の魔物が下がっていく。

 だがそれは撤退ではない。デュエリストの猛撃の巻き添えになるのを恐れてのものだった。


 デュエリストの四本の腕にはそれぞれ異なる武器を携えている。左上腕の戦斧、下腕に槍。右上腕の大剣と、下腕の鉄棍棒。

 それらを軽々と操りながら猛然と帝国軍に襲い掛かったのだ。


 巨体が跳躍し、我が同胞や帝国兵に襲いかかる。その破壊的な威力で叩きつけられた攻撃は、防御に徹した彼らの防御障壁を破り衝撃で吹き飛ばした。


 一度に10名は吹き飛んだのが見える。黎明軍の犠牲者は辛うじて出ていなかったが、1小隊分が戦闘不能になり、帝国兵の数名の命が散華した。



 そこにアスカの直属部隊である一個中隊、人員にして4小隊分が駆け付け、デュエリストと交戦状態に突入した。


 アスカは回復や支援のスペシャリストであり、攻撃面も一流だ。

 これまで仲間として、友としてその実力を隣で見てきたのだ。アスカならば遅れは取らないと信じている。


 だがデュエリストは決して油断ならない相手だ。場合によっては我が加勢に向かうつもりでいた。



 敵同様にアスカが引き連れた中隊以外の周囲の味方は距離を取って戦況を見守る。


 アスカが何か叫んで部隊員に指示をする様子が見え、そして杖をかざして守りの障壁を皆に分け与えていた。


 前衛に襲いかかるデュエリストの攻撃から、アスカの強固な防御障壁で防いで行手を阻み、他の部隊員が攻撃を仕掛ける。


 デュエリストは巧みな四本の腕でそれら全てをいなしたが、他の小隊による波状攻撃までは防ぎきれず、着実にダメージを与えていった。


 だがデュエリストも決して簡単にやられる相手ではなかった。


 4本の腕を巧みに操り、襲い掛かる攻撃を弾き返しながら猛然と反撃に転じる。


 戦斧による振り下ろしや、棍棒での薙ぎ払い、槍の刺突や大剣の斬撃が同時に繰り出され、隊員達が次々と吹き飛ばされる。


 アスカはその命を守りながら、魔術でデュエリストに攻撃していった。


 アスカが選択した魔術は主に相手の行動を阻害するものだった。


 相手の周囲を音もなく氷結させる我のグローミングフリーズと同種の氷の魔術で動きを鈍らせ、さらに地面を凍りつかせる。


 凍った地面の上で足を踏み出す度に滑って姿勢を崩している間に、アスカや他の部隊員が傷を負った者達を治療しているのだ。



 デュエリストとアスカ、双方が攻めあぐねている。

 そう判断した我は言霊返しに魔力を送る。


「ナタク隊! 行けるか!」

「――直ちに参る――」


 ナタクから返答があり、左翼の砦の門が開き、ナタクの中隊が中央戦線へ移動を開始した。


「――こちらフェッティ隊! 私達も加勢に向かうわ!――」

「了解した!」


 右翼戦線は戦闘解除状態にあり、補給に下がっていたフェッティ剣少尉の遊撃隊からの連絡が届き、我は了承する。


 中央のアスカ隊のもとに、左右からナタク、フェッティの中隊が加勢に向かう構図となっていた。



 そしてアスカの方では、デュエリストはアスカの支援や妨害で敵意を募らせており、執拗にアスカを狙い出していた。


 強化魔術を用いて襲い掛かるデュエリストの猛撃を、風魔術で飛翔してひらりと躱し距離を取る。我々の言霊返しによる通信を聞き、時間を稼ぐような動きをアスカは徹底していた。

 その間にも隙を突いて魔術を叩き込んでいく。



 そんな攻防が数分繰り広げられ、アスカへの殺意が最高潮に達した時、デュエリストの兜の奥の目が赤く輝き――。



 ――ヴォォォアアアアァァッ!!



 怒りの咆哮と共にデュエリストの周りに瘴気を孕んだ黒い渦が嵐となって巻き起こる!


 アスカ含めその場の敵味方がその轟音と衝撃で動けないでいた。


 吠え続けるデュエリストを中心に暴風が荒れ狂い、地面が隆起し、衝撃で周辺の敵味方ごと吹き飛ばした……!


 そしてデュエリストは素早く後方に距離を取ると、次の攻撃に移ろうとしていた!


 ――マズイ!


 我はすかさず言霊返しに魔力を通して叫んだ。


「アスカ下がれッ!」


 アスカからの応答はない。我は叫びながら砦の物見から駆け出して、そのまま飛び出した!


「――我が隊も前へ出る! 我は先行する! 行くぞ!」

「チギリ魔大将!?」


 我の指示に戸惑う声が後ろから聞こえたが、構っている余裕はなかった。

 我は砦から飛翔し、空を交差する魔術を掻い潜りながらアスカのもとへ急行した!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る