Ep.323 Side.F 移りゆく戦況
最前線はなんとか持ち堪えていた。
激しい戦闘で血生臭い亡者平原の戦場で、私達はひたすらに剣を振るい押し寄せる魔物を斬り伏せていった。
その間も、私の首に下げた精霊具の言霊返しから、チギリ魔大将への向けた戦況の報告が次々に送られていくのを聞いていた。
「――左翼戦線の立て直しに成功! 中央戦線は膠着状態です! 右翼は二個中隊到着により崩壊を免れました――」
「――了解した。第二支援部隊を右翼へ――」
元々受け持っている黎明軍の一個中隊と、私が任された中隊約40名の加勢で、なんとか右翼戦線の瓦解を防げた。
どうやらこちらに支援部隊が来るようね!
「フェッティ隊! 右翼の戦線も何とか安定してきたわ! このまま押し返していきましょう! ――前へッ!」
疾く駆ける蒼のメンバーのカーラが大声を張り上げる。
彼女の声に呼応するように、私達は更に前に出る。
前線の維持を務めていた帝国兵達は体制を立て直しつつあり、彼らも連携し始めていた。
……それでも、この混迷の戦場では何が起こるか分からない。目の前の敵を屠るしかないこの状況が、いつまでも続くはずがなかった。
「――中央戦線にてデュエリストと接敵! 味方の損害が増加しています! ――」
戦況の報告が言霊返しに届いた。
チギリ魔大将は即座に指示を出す。
「――中央戦線の部隊は守りに徹するのだッ! ……アスカ大隊長! ――」
「――かしこまりましてよ! アスカ隊前進! ――」
中央の戦場に動きがあったのだ。
――デュエリストがもう出てきた!?
敵は、奴を中央に差し向けるつもりだったから、こっちに戦力を動かして来たのね! つまりデュエリストの戦力は、動いてきた敵軍隊に匹敵するということ……っ!
中央戦線に加勢に向かいたいが、今私達がこの戦場を離れる事は出来ない。
この右翼の戦線の戦いも熾烈を極めていた。
両軍が放つ魔術が交差し飛び交う中、前衛は刃を交えている。
こちらの魔術師隊の広範囲の一斉攻撃が炸裂するが、それでも次々と敵は来る。
――その時、私の右側からブレードマンティスが飛び出し、鎌の様な腕の刃を振りかざして来た!
「っ!」
私はその斬撃に盾を構え、接触するタイミングを冷静に見極める。そしてゼルシアラ盾剣術の技であるパリィを重ねた。
魔物の鎌が盾の接触した部分が一瞬煌めくと、ブレードマンティスが大きく仰け反る。
「とりゃーっ!」
私は隙を逃さず頭部に鋭い刺突を放ち、敵を黒塵へと変える。
「――敵の層が変わるぞ! 気をつけろッ!」
ファルクが吠え、私は前方を見渡す。
相手取っているのは既にボブゴブリンではなく、それよりも強力な魔物群に変わり始めていた。
両腕に鋭い鎌を持つカマキリの魔物ブレードマンティス多数に、凶悪な毒を持つ蠍のニュクススコーピオンも混じっている。
強固な岩で覆われた『ロックゴーレム』には剣撃は効きにくい。だけどそれより注意すべきは、ハイゴブリン!
ハイゴブリンは重装鎧で身を固め、手慣れた得物を手に、その巨躯にそぐわぬ速度を有する難敵。
一体ならば私達の相手ではないけれど、それが複数同時に襲いかかってくるとなれば話は変わってくる。
「ミトちゃん! 防御障壁……任せたわ!」
「うん……任せてっ!」
ミトちゃんが周囲の仲間に障壁を張り、私達は前線で敵を押し返すべく仲間達と剣を振る!
そこに、こちらに向かっていた第二支援部隊到着の報告がもたらされた。
「――こちら第二支援部隊です。右翼戦線に到着しました。負傷者の治療に当たります――」
「――了解した。……右翼砦防衛にあたるゾンデ中隊は、後方で控えるマリティア中隊と交代せよ――」
「――ゾンデ隊了解だ! ――」
私達と共に右翼を戦っていたゾンデ隊の交代指示が飛ぶと、砦から交代部隊であるマリティア中隊の面々が出撃した。
「――フェッティ隊の皆! 私達はここで踏ん張るわよ!」
「はいっ!」
「分かりましたっ! 姉様!」
返ってくる返事の中にマルシェの声が聞こえる。その声の様子からしてまだ心は折れていないわね!
「――ゾンデ中隊後退するぞ! ――」
「――マリティア隊、交戦です――」
そして右翼の別箇所で交戦していたゾンデ隊がマリティア隊と入れ替わり、前線が再び勢いづいた。
「――アスカ隊、デュエリストと戦闘状態に突入した模様です! ――」
「――左翼砦のゾフィアーダ中隊出撃し、ナタク中隊と交代せよ。ナタク隊は補給後中央戦線へ! ――」
「――御意にござる――」
迫り来る敵を捌き、斬り伏せる間にも戦況は動く。
中央戦線ではアスカ大隊長とデュエリストが交戦を開始したようだった。
……私達の隊もそろそろ息切れし始めてくる頃かしら……っ。
疲労に苛まれる中、私はひたすらに剣を振るった……。
――その時だ。
一際大きい爆音と共に、戦場の空気が震えるような衝撃が轟く。
それは戦場全体に広がったのか、味方と敵の双方から叫び声があがっていた。
何が起きているのかここからでは分からない。だがその衝撃は地響きとなりこちらにも伝わってきていた。
それは立て続けに起こり、激しい戦闘が繰り広げられている事だけは確かだった。
「うおおおー! 負けてられねえぜっ!」
そんな叫び声と共に大きな衝突音がすぐ近くの戦場で響くと、ロックゴーレムが粉々になって吹き飛んでいき、その巻き添えに複数体の魔物が塵となる。
燃えたぎるハルバードを掲げて吠えているのは、希望の黎明のラシードくんだった。
……そして、彼の気迫でここ一帯の戦場全体の空気が変わったような気もした。
その気迫に応えるように、帝国軍兵士達も雄叫びをあげ、更に激しく剣を振るい、魔術を放ち、戦場を駆けていく。
「……ふふ! さすが勇者パーティだわ!」
私も負けていられないわね!
そこへ希望の黎明のウィニちゃんが風を操ってここまで移動して来てこう言った。
「まるんのおねえさん。わたし、おっきいのやる! だから、防御障壁いっぱいほしい!」
ウィニちゃんの瞳の奥に、覚悟の炎を見た私は即座に頷いた。
「……わかったわ! ぶちかましてちょうだい!」
「ん!」
ウィニちゃんは大きく頷くと、漆黒のように黒い杖を両手で握り魔力を練り始めた。
「鳴動せし嘶き束ね、誕生せし紫電の帝…………」
杖の宝玉が紫色に光り輝き、魔力が杖に集中していく。
やがてその宝玉の周囲に細かな蒼き稲妻が迸り始めた!
「…………天の産声轟き闇色に染まれ……!」
ウィニちゃんの詠唱が紡がれ、蒼き稲妻は紫電へと変貌し、さらに魔力が凝縮されると、それは漆黒へと変わっていった。
「……ふふん。虎のおっちゃんの紫電、もっと強くした……!」
ウィニちゃんが魔術を構築しながら勝ち誇る。
彼女の全力を込めた一撃なんだ。私は肌でそれを感じ取る。
そして――――。
「……行く!」
ウィニちゃんはその場から高く飛び出した!
「――っ! ミトちゃん! ウィニちゃんに防御障壁を多重展開!」
「――は、はいっ!」
空中で静止したウィニちゃんは杖を高く天に掲げていた。
そこに敵の魔術や射出物が襲いかかるが、幾重にも張られた防御障壁によって防がれた。
「――フルミネ……カタストロフィ!」
杖が敵陣に向けられ、杖の先から漆黒の雷光が一直線に放たれた!
轟音が響き渡り、黒き光の束に呑み込まれた魔物の軍勢が姿形も残さず消滅していく。
まるで神罰の如き暴力的な漆黒の光は敵軍を貫通し、背後に控える魔物を蹂躙していく……!
……だがそれだけでは終わらなかった。
「……ぬぬぬぬぬ!」
ウィニちゃんは膨大な魔力を放ちながら、歯を食いしばり力を込めると、ゆっくりと杖を横へと動かしていく……!
まるで亡者平原の戦場をも両断せんとするかのように、戦場を縦横に切り裂いていった!
やがて漆黒の雷光が完全に消え去り、ウィニちゃんの魔力が収まると、彼女はその場に力無く落下して行った。
「ふにゅ〜……」
「おっと」
そんなウィニちゃんを受け止めたのは、ラシードくんだった。
周囲を見れば、今の一撃で右翼戦線の半分以上の魔物が消滅し、既に前線魔物は一目散に逃走をしていた。
「ウィニ猫! 動けなくなるまで魔力込めたのかよ……」
「……ぶい」
ウィニちゃんを抱き止めて呆れた様子のラシードくんは苦笑し、ウィニちゃんは力無い様子でVサインをして見せた。
「……あははっ! さすが勇者パーティだわ……!」
私は先程と同じ言葉をもう一度口にしたのだった。
右翼戦線の敵戦力は一時後退していき、他の戦線は気になるが、消耗した私達は一度砦に戻ることにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます