Ep.322 Side.S 交戦

 ――明朝、出陣の時が来た。


 私達は魔族と対峙すべく亡者平原の戦線に足を踏み入れた。


 その戦いは激戦の様相を見せている。


 夜半には攻めの力を引いていた魔物の軍勢だったが、辿り着いた時には既に開戦していた。

 この亡者平原で何度目かの地響を立てて、黒い波のように押し寄せて来ていたのだ。


 そしてその戦線の両端を抑えるように、帝国の兵が防衛陣を展開している。

 地属性魔術で防壁を構築し、簡易的な砦を模して魔物の行く手を阻む。これが中央と左右の3つ配置されていた。


 その砦を守る数はおよそ1000名ほどしかいない。

 精鋭軍とはいえ、戦況としては帝国軍は既に限界だ。


 戦線が辛うじて持ちこたえられているのは、帝国軍の援軍のお陰だった。



 亡者平原に着陣した黎明軍は、直ちに各戦線へと割り振られる。私達が所属しているフェッティ中隊は遊撃として、前線よりやや後方の本陣の傍らで戦場を俯瞰する。


 ……亡者平原は広大な平原が広がり、非常に見晴らしが良かった。草木も生えず、側面に伏兵を配置して奇襲するというような戦法も取れない。

 前線は、正面からの力の押し合いとなっており、純粋に力負けしていた。


 左翼戦線の被害が深刻化しているという報告を受けて、総大将であるチギリ師匠は、軍議で配置決定された2個中隊に加え、回復や防御支援が得意な冒険者で構成された、第一支援部隊を追加で派遣させた。


 左翼の戦線に、ラムザッドさんとナタクさんが向かった。ヨルムンガンドとの戦いで死線を共にくぐり抜けた彼らの武運を祈る……。



 前線からは既に金属同士のぶつかる鈍い音や、叫び声が響き渡る音が聞こえる。


 私は戦況に緊張し、マルシェやウィニ、ラシードと共にフェッティさんを見守った。


 ――すると戦場を睨んでいた師匠からの指示が飛ぶ。


「――フェッティ剣少尉! 敵軍、中央より右翼側に戦力の移動を確認した。右翼の部隊の支援に向かい給え!」


 フェッティさんは師匠の指示を受けると、すぐさま私達に号令をかける。


「はっ! ……フェッティ隊! 右翼の部隊と合流するわよ! ――前進っ!」

「「「はっ!」」」


 フェッティさんが駆け出し、それに続くように私達は右翼の陣へと向けて走り出したのだった。



……前方から轟音が轟き渡る。

 時折大きな雷撃や爆発が巻き起こり、その度に魔物の残骸が宙に舞う。

 広範囲に強力な魔術を放ち、数を減らしているのだろう。

 それでも敵の軍勢はまるで無限のよう。倒したそばから次々と魔物が襲いかかってくる。

 帝国軍はそれを受け止め続けていたんだ……。早く辿り着かなければ!



「……絶対に生き残る……。このゼルシアラの盾に誓って……っ」


 並走するマルシェの決意が聞こえ、彼女が携える蒼剣リルの刀身が煌き、盾をぎゅっと握っていた。きっと彼女は今自分の中で戦場に身を投じる恐怖を跳ね除けようとしているのだろう……。


 その様子を見た私は、他の仲間の様子が気になってラシードに視線を移す。


 ラシードはハルバードを低く構えながら、ただ前を向いて駆けていた。その横顔からは静かに燃える闘志が窺える。


 そしてウィニに目を移す。

 ウィニは師匠に貰った宵闇の杖を両手で握りしめ、器用に風を操って浮遊して進んでいる。いつもの表情だったが、力を込めて杖を握る様子に、ウィニも覚悟を決めているのだと感じ取った。


 ……クサビ。私は、私達は戦い抜いてみせるわ。

 貴方にもう一度会うまでは死ぬ訳には行かない。


 

 フェッティさんは駆けながら指示を飛ばす。


「いい? 必ず小隊で行動して絶対に孤立しないように! 戦場では何が起こるか分からない。仲間の位置に常に気を配るのよ!」

「「「了解ですっ!」」」


「もうすぐ戦闘区域に入るわ! 皆、パーティで集まって! ……抜剣!」


 フェッティさんの号令で、私達は走りながらそれぞれ武器を抜く。前線の味方がもう目の前に迫っていた。


「帝国軍の皆! 黎明軍が加勢に来たわ! 通してちょうだい!」


 フェッティさんは剣を掲げながら叫ぶ。

 帝国軍兵士の一人がこちらに気付き、フェッティさんに返事が届く。そして開けられた道を私達は駆け抜けた!


 ……私は腕に強化魔術を練り上げていく。


「……フェッティ隊、交戦開始するわ!」


 フェッティさんが言霊返しに向けて発言すると、師匠の声で『了解』と言霊返し越しに返ってきた。


 そして視界に敵を捉えた私は、溜めていた強化魔術を発動させながら刀を水平に振り抜いた!


「――はあっ!」


 魔力を圧縮した斬撃は目の前の魔物、鉄鎧を着込んだホブゴブリン数体を纏めて葬ると、ラシード、マルシェが続けて斬り込んで来て、魔物の数を減らす。


 そこに間髪入れずウィニの開幕からのイレクトディザスターが、蒼き稲妻が閃光となって多数の魔物を消し炭に変える。それは奥の列の魔物にも被害をもたらした。


 そうして前線に空いた穴に私達はさらに斬り込んでいき、フェッティ中隊のメンバーがそれに続いて戦線を押し上げんとする。


「やるわね! こっちも負けてられないわよ!」

「おう!」


 フェッティさんも抜身の剣を振るい魔物を斬り伏せていき、パーティメンバーのファルクさん、ミトさん、ロシュさんが続く。


 突然勢い付いた前線の様子に、魔物の最前列に動揺が広がっていくのが分かる。


 ここからが黎明軍の真価が問われる時だ。


 奥の列に押され、怯みながらも押し寄せてくる魔物の群れは絶えず向かってくる。


 最前列はホブゴブリンなどの大した相手ではないが、奥には侮れない魔物が散見される。ここで力を使い果たす訳には行かない為大技は出せない。


 私は強化魔術を行使しつつ、ひたすらに魔物の首を刎ね、斬り伏せていく。私とラシードが最前列で魔物を打ち倒し、ウィニの魔術が私達の背を狙う魔物を倒す。マルシェがそんなウィニを守るように戦い続けた。


 同じく前線で戦う中隊メンバーの、疾く駆ける蒼と朝露団の面々も流石の実力を発揮している。


 フェッティさん率いる夜の杯のメンバーも気勢高く次々に魔物を葬っていた。


 ファルクさんの大剣が縦横無尽に翩り広範囲を薙ぎ払い、ロシュさんの氷の魔術が地面から連続でせり上がり、魔物の進行を阻むと同時に相手を串刺しにする。

 ミトさんは仲間に防御障壁を張りながら、周りの帝国兵の治療にも気を配っていた。


 フェッティさんはゼルシアラ盾剣術のパリィで敵の攻撃を次々に跳ね返し、確実にその命を削ぎ落としていた。


 ……さすが経験豊富な冒険者なだけはある。私達も修羅場をくぐってはきたけれど、彼女達の熟練度はそれ以上だった。



 私達の猛攻により戦線を押し上げ、帝国軍が構築した戦線をなんとか繋ぎ止める事に成功し、初戦は順調な運び出しとなったのだった。


 しかし、本当の戦場の厳しさはここからだと言うことを、誰もが肌で感じ取っていた――――。

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