Ep.321 Side.S 黎明、馳せ参じて

 私達黎明軍本隊は進軍を続け、亡者平原の戦場へと辿り着いていた。


 先行した斥候隊のお陰で、本隊は交戦する事無く、亡者平原に展開していた帝国軍の前線に合流できたのだ。


 前線基地には帝国軍兵士も居り、私達を快く迎え入れてくれた。


 到着すると生き抜く暇もなく中隊長以上で軍議が開かれる。今回編成され、私達の中隊を指揮することになったフェッティさんが、チギリ師匠達が集う陣幕に向かって行った。

 私達希望の黎明は、冒険者としての経験が豊富で、リーダーシップに溢れたフェッティさんの指揮下に就いていた。


 私達はその間駐留の準備を進める。


 前線基地に先に到着した、ノクトさんの斥候隊2個小隊、ラムザッドさんとナタクさんのそれぞれ一個中隊。

 そして師匠が総大将に、アスカさんが大隊長を務める黎明軍本隊と支援専門の部隊で、総勢200名が援軍として馳せ参じ、各々キャンプを設置していった。


 規模としてはあまりに少ない。1パーティを小隊と見なす黎明軍は、帝国兵士の小隊や中隊と規模はまったく違うものだろう。


 でも私達は冒険者で、魔物との戦闘においては、国防を主とする兵士達よりも知識がある。ここに参陣した黎明軍は例外無く精鋭なのだ。


 何万の魔物がいようと、蹴散らしてみせる。




 そして軍議から戻ってきたフェッティさんが私達を集め、中隊に所属する4つのパーティが集合した。


 軍議の内容は、亡者平原での魔族の動向を偵察して得た情報や、現在の戦線について、それを基に作戦立案や前線の状況把握、各部隊の配置確認等があったようだ。

 

「皆! 軍議での情報を伝えるから良く聞いてね!」


 切迫した前線基地の中にあっても笑顔を絶やさないフェッティさんは、伝え聞いてきた事を説明していく。


「まず前線の状況だけど、帝国軍の援軍もあって各戦線はなんとか持ちこたえているようね! でも決して油断は出来ないわ!」


 それを聞いて少し安堵の表情を浮かべるマルシェだったが、フェッティさんは表情を厳しいものに変えた。


「……到着後、さっそく偵察に出た斥候隊から送られてきた情報では、魔物の大軍の後方に魔族を確認したそうなの。つまり、今攻め込んできている魔物はやはり指揮されて行動していると思っていいでしょうね! 普段と違う行動をしてくる可能性がある事を念頭に入れてちょうだい!」


「あのぅ。フェッティさん……魔族の特徴は、何かあるの?」


 と、手を挙げて質問したのは、フェッティさんのパーティ、夜の杯メンバーのミトさんだ。


「斥候隊長ノクト・ニュクサール剣少尉の隠密偵察で得られた魔族の特徴は、全身が黒い人型、背中に大きな蝙蝠型の羽根、長く鋭い爪……との事よ! 言葉を発するのを確認しているから魔族に間違いないそうよ!」


 魔族と聞いて私は、以前対峙した魔族の姿を思い浮かべた。……あの三日月型に歪んだおぞましい笑い顔が脳裏を過ぎる。


「……敵の数は?」


 その場にいた他の小隊長さんが声を投げかけた。確か『疾く駆ける蒼』という5人組パーティのリーダーさんだ。


 フェッティさんはその質問に、軍議で聞いた内容をそのまま口にした。


「……斥候隊が確認しただけでも、数千を超える魔物の軍勢……と報告を受けているわ……。戦場はまるで黒の海、との事よ」


 その返答を聞いた冒険者達は息を呑んだ。

 続けてフェッティさんから言葉が紡がれる。


「さらに、指揮官と思しき魔族の傍には、討伐指定対象としてギルドがマークしていた、通称『デュエリスト』の姿も確認されている、との事よ! 四本腕の大柄な人型の魔物を見かけたら、注意すること!」


 その言葉に冒険者達がざわつく。


 討伐指定対象……。以前クサビがトドメを刺した、グリーン・ソーサリアという強大な力を持ったゴブリンを思い出す。危険故にギルドが動向を監視している異名付きの魔物だ。


「デュエリストって……確かファーザニアの方で見張っていたはずだろう。魔族が呼び寄せたってのか?」


 同じ中隊のパーティ『朝露団』のリーダーが驚愕を声に乗せて言った。


 確かギルドの資料で目にした事がある。全長3メートルを超す筋骨隆々の体躯と、四本の腕にそれぞれ携えた剣や鉄の棍棒で、今まで多くの冒険者を死に至らしめた危険な魔物だ。その実力はAランク冒険者が複数いても苦戦するという。


 ……そんな奴が戦場で暴れたら、甚大な被害は免れないわ……っ!


 背筋に寒気を感じていたが、それを振り払ってフェッティさんの言葉を待った。


「……帝国軍の兵力はどうなってるんだ?」


 ラシードが緊張した面持ちで口を開く。

 フェッティさんはその言葉に少し逡巡してから答えた。


「帝国軍の開戦時の総戦力は一万程度と聞いているわ。そこから各砦に割り振ってだから、一つの戦線では3000弱程度でしょうね。……そこから今は被害でさらに減っているはずよ」


 それを聞いて一同絶句し静まり返る。

 だけどその絶望的な数字を前に、フェッティさんの声は朗々と響く。


「……でも! 今ここにいる黎明軍の総勢は200名! 兵力差を覆す力量を持ち合わせた仲間達よ! 小隊ごとに背中を預けあった絆がある分、連携してきた練度が違うわ!」


 フェッティさんはそう言うと、私達に向かって力強く笑いかけた。

 私はその言葉に、僅かに渦巻いていた恐れが掻き消える。


「……大丈夫。いつも通りよ! 仕事を終えて美味しいお酒を皆で飲みましょう!」


 フェッティさんはそう言って皆に活力を与える。

 私はそれに答えるように頷き返した。


 フェッティさんの笑顔に中隊の士気が高まる。そんな中私はマルシェに、こっそりと小声で囁いた。


「マルシェのお姉さん、素敵な人ねっ」


 すると、マルシェは目を細め、唇に弧を描く。

 いつもクールな様子からは一変した、可愛らしい笑顔だった。


「はいっ! 私の自慢の姉様ですからっ」


 私達は顔を見合わせ笑い合った。



「――あ、それとね! 明日の配置だけど、私達の中隊は遊撃よ! 他の隊が各戦線を支えて押し返すから、私達は状況に応じて臨機応変に動くわよ!」


 フェッティさんの言葉に、小隊長であるパーティのリーダー達が頷く。


 そしてフェッティさんは最後に私達の方を向いて告げた。


「……皆、明日はよろしくね! 以上よっ!」

「「「はいっ!」」」


 こうしてフェッティ中隊の軍議は終わり、私達は敬礼をして解散となった。

 私は間近に迫る熾烈な戦闘に闘志を燃やしていく。


 …………クサビ。私は絶対に生き残るわ。

 だから、早く帰ってきてよね…………。


 そう心の中で呟いて、見上げた星空に祈りを捧げるのだった――――。

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