Ep.320 地霊石の在り処

「……で? ワシに何をさせる気じゃ」


 ゼクストさんは腕を組み、僕を見据えている。


 僕はマントの下から右腕を机の上に乗せ、ゼクストさんに晒す。そして意を決して切り出した。


「噂で、この腕の代わりになる細工を作る事が出来るツヴェルク族の技巧技師がいると聞いて、この街にいるのではとやって来ました……。それで情報を集めたところ、貴方に行き着きました」


 ゼクストさんは、無くなった僕の右腕をじっと見つめる。……彼は何かを考え込むように顎髭を撫でている。

 そしてまた鋭い視線を僕に向ける。


「……そんな眉唾物な噂の為に、わざわざこんな東端まで来たと言うのか。徒労に終わるとは考えんかったのか?」


 僕はゼクストさんの鋭い視線に臆することなく頷く。


「はい。少しでも望みがあるのなら僕はそれに賭けたかったんです」

「……仮にお主の腕、使えるようになるとして。……それは何の為じゃ?」



 ……ゼクストさんは僕を試しているんだ。


 本来、失ってしまったものは戻らない。

 それでも尚、諦め悪く足掻くのは何故か。

 何としても成さねばならないものがあるのか。

 ……それを見極めようとしているのだろう。


「……大切な人達が、世界の為に戦っています。僕はその人達の、皆の力になりたいんです! ……僕の戦いの為には、守る為には片腕だけでは足りないんです……ッ!」


 僕は、元の時代に残してきた仲間達の事を思い浮かべながら、ゼクストさんを真っ直ぐ見つめて想いを言い放った。


 それにこの時代で魔王の封印を解く際に必ず対峙することになる! 英雄である精霊暦の勇者でも倒しきれなかった相手だ。少しでも有利になる為に、取れる手段はなんでもするんだ!


「……世界の為、と? 魔王はそこにおる勇者達が封印して世界の脅威は去ったじゃろうに。……だが、お主の目は本気のようじゃな」


 ゼクストさんの目がギロリと僕を見定める。



「……わかった。手を貸してやろう」

「……ッ!」


 ゼクストさんはそう言うと、不敵な笑みを見せたのだった。


「あ、ありがとうございま――」

「――じゃが」


 感謝の言葉を述べる前に言葉を遮られた僕は口を噤む。


「お主がどういう話を聞きつけて来たかは知らんが、ワシの作る装飾はまだ実験段階じゃ。当然お主には手伝ってもらうぞ」


 ゼクストさんはニヤリと口角を吊り上げた……。


「……はい! よろしくお願いしますっ!」


 僕は思わず立ち上がって、ゼクストさんに深く頭を下げた。


「良かったねハクサ。僕達も手伝うから、頑張ろう」

「そうねっ! 遠慮なく頼ってちょうだいねっ」


 アズマは涼やかな笑顔で僕の肩をぽんと叩き、サリアは満面の笑みを浮かべて励ましてくれた。


「……はい!!」


 その優しい声に胸が熱くなり、僕は力強く頷いたのだった……。




「……して、お主の腕に装着する右腕を作るという事じゃがの」


 ゼクストさんは腕組みをしたまま難しい顔をしていた。


「……以前、一つそう言った類のものを作ってやったことがある。じゃが、如何せん素材が足りん」

「それなら、僕が取りに行きます! どんな素材が必要です――ぶふっ」


 僕は身を乗り出してゼクストさんに尋ねる。それをゼクストさんは鬱陶しそうにして、僕は顔を押しのけられた……。


「ええい! お主やる気になるとグイグイ来よるのうッ! …………ごほんッ! 入手が困難な素材が一つ。それ以外はどうとでもなるわい」


「……す、すみません……少し興奮してしまって……。それで、必要な素材は……」

「地霊石じゃ」


 ゼクストさんは淀みなく即答する。


「地霊石……地属性が多く含まれる場所に生成される鉱石ですね……?」


 サリアが確認するように呟く。



 ……その鉱石には聞き覚えがあった。


 砂漠にある小国、グラド自治領での旅で耳にした記憶がある。確かあの時は地霊石の生成場所にサンドワームが住み着いてしまってその討伐を、僕とサヤ、ウィニ、そしてグラド自治領のウォードさん、リトさん、ミリィさんと果たしたのだ。


 ……懐かしいな…………。



「――そうじゃ。しかも半端な地霊石では駄目じゃ。高純度のものでなければ」

「……それ程に地属性が溜まる場所……か。…………祖精霊の住処か!」


 アズマが何かに気付いたような顔で呟いた。


「ほう。流石勇者じゃのう。ご名答じゃよ。……地の祖精霊が居る場所に生成されるのは例外なく高純度の地霊石。それならば事足りるはずじゃ」


 ゼクストさんの言葉に、アズマとサリアが僕に笑みを向けた。

 祖精霊に会わなければならない本来の旅が同時に進めることができるという、思わぬ僥倖があったからだ。

 僕も二人の笑みの意図を察して笑顔を返した。


 ……あれ、そういえば地の祖精霊の場所は何処なのだろうか?


「……アズマ、地の祖精霊は何処に居るの?」


 僕はアズマに尋ねる。以前、解放の神剣を作製する際に訪れた事があるはずだ。ならば場所も知っていると思ったのだ。


 しかし、アズマは苦笑しながら頬をかく。


「すまないハクサ。地の祖精霊は気まぐれでね。場所をころころと変えてしまうんだよ」

「え、ええ……」


 僕もアズマの言葉に戸惑ったように返すしかなかった。隣ではサリアも言い出せずに目を逸らして申し訳なさそうにしていた。


「じゃから入手が困難じゃと言うたのじゃよ。じゃがお主…………その目は諦めてはおらんようじゃな」

「……はい! 諦められません! 絶対に手に入れてみせますっ!」


 僕は決意を込めて答えた。

 たとえ地の祖精霊がどこにいるか分からないとしても、諦めるつもりはなかったのだ。


「……ハクサと言ったな。若造にしては見込みがある奴じゃ。ならばこちらも腕の原型は作っておく。……地霊石は任せたぞ」


 ゼクストさんはニカッと笑うと席を立ち、早々に作業に取り掛かるのだった。


 

 その後僕とサリアは工房を後にして、地霊石を手に入れる為の手段を講じることになった。


 ちなみにアズマは工房に残って、ゼクストさんが今まで作った試作品を見て回って、あれやこれやと興味津々に聞いていたので置いてきた。


 話をしている最中も気になって仕方がなかったらしい。まるで子供のようにはしゃいでゼクストさんに質問攻めして鬱陶しがられていた。



「まったくアズマったら……ゼクストさんのお邪魔になるのに……」

「そ、そうですね……」

「本当、血は争えないのね……」

「え?」


 そう言って一瞬僕をチラリと見て、サリアは考え込みながら元来た道を歩いていく。


 サリアの言葉に若干の棘を感じたが、今はそれより問題を解決しなければならない。


 ……と、僕は気持ちを切り替えてサリアの後を追うのだった。

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