Ep.319 ゼクストの工房

 翌朝僕達は宿の前で、ユアさん達が里に帰るのを見送っていた。


 ユアさんは名残惜しそうに僕達を見やる。


「皆様、短い間でしたが本当にありがとうございましたっ! 我々はここ一帯地域を転々とする部族ですが、またお会い出来る日を楽しみにしております……!」

「ああ。貴重な経験もさせてもらった。また会おう」


 アズマがそう言うとユアさんは頷き、笑顔を見せた後、イーアスさんとエノケさんを引き連れて里へと帰って行った。


 僕達はそれを見送ったあと、皆で円を作るように向かい合った。


「さて、それじゃゼクストという人の工房へ行こうか」

「はい!」


「俺は自由にさせてもらうぜ」


 アズマの言葉に僕は意気込んだが、ウルグラムはぶっきらぼうに吐き捨てて、一人先に歩き出してしまった。


 僅かな寂寞を覚えながらもウルグラムの背を見送る。

 ……確かに、これは僕の問題だから全員で行く必要はないことだよね。


「皆も他に行きたい所があるなら、是非見てきてくださいね」


 僕は皆に向かって、努めて何気なく言葉を添える。気を遣って欲しくなかったからだ。


「ふむ……。ならば私はウルグラムを追う。……あの男には手網は必要だろう?」

「…………」


 シェーデが冗談交じりに言い、デインは無言のまま、行きたい方角を指差す。彼が差した先は田畑などが広がっている場所だった。……そこで落ち着きたいのかもしれない。


「わかりました。何か面白いものあったら僕にも教えてくださいね!」

「ああ。助けがいる時は遠慮なく呼んでくれ」


 シェーデは僕に微笑むと、ウルグラムの後を追い、デインは頷いて歩いていってしまった。


「もうっ! 皆自由なんだからっ」


 と、サリアは少しむくれて言う。


「いいんですよ。むしろアズマとサリアは観光しなくていいんですか?」


 僕がそう言うと、二人は顔を見合わせ互いに微笑み合った。


「はは! 僕はゼクスト氏が造る、変わった物というのがどんなものか興味があるんだよ。……もちろんハクサの力になりたいというのもあるけどね」

「私もよ? 腕を失ったのは私がそう判断した結果だもの。力にならせて。ね?」


 二人はそう言うと穏やかな眼差しを僕に向ける。その眼差しに心が温かくなっていくのを感じていた。


「……ありがとう二人とも。凄く心強いよ!」


 僕は二人に笑顔を向けて言うと、二人は微笑み返してくれたのだった。



 こうして僕は、アズマとサリアと一緒に街外れへの道を歩く。

 広大な街を高い壁が囲んでいるようだが、思ったよりも何倍もこの街は大きかった。規模だけなら僕がいた時代の都市、聖都マリスハイムよりも大きい。


 僕は街の風景に心を躍らせながら、アズマとサリアと共に歩いていくのだった。



 そして程なくして道の先にポツンと立つ小さな建物が見えてきた。


 他の工房に比べると随分と小さいが、年季を感じる古めかしい様子にはそれでも立派な工房だと感じられた。


 ふと、僕は歩いてきた道を振り返る。

 後ろから聞こえていた槌を打つ音はいつしか聞こえなくなり、僕達が宿泊した宿も並び立っていた建物群が小さく見えた。結構な距離を歩いてきたのだと実感する。


「――おーい、ハクサ! どうしたんだい? 行こうか」

「あ、はい!」


 アズマとサリアは既に工房の前までたどり着き、僕を促す。僕は急いで二人の元へ駆け寄り、改めて工房に目をやった。


 工房の外観は古めかしいがしっかりとした造りのようだ。

 壁には煤で汚れていて、煙突からは今も白煙がモクモクと立ち昇っていた。


 この工房の主人は中にいるようだ。


「ここがゼクストさんがいる工房ですね!」

「どうやらそうみたいだね。……でも静かだなあ」

「……そうね。槌の音も聞こえないし……」


 三人は工房に一歩踏み出し、ドアをノックした。

 

「――開いてるぞ。……誰だ」


 中からくぐもった声が聞こえる。


「…………っ」


 僕は勇気を振り絞り、声を掛けた。


「ゼクスト・レグニッツ様でいらっしゃいますか? ……僕はハクサ・ユイと申しますっ! 是非お会いしたくて伺いましたっ!」


 僕が名乗りを上げると、中で動く気配がして、ゆっくりとドアが開かれる。



 そこから姿を現した人物はツヴェルク族の老人だった。

 だがその体付きは逞しく、二の腕太く小さな体躯相まって筋肉の塊のような体をしている。


 頭の上には白い髪を綺麗に撫でつけ、髭をたくわえており、鋭い目付きをした老人だった。


 老人は眼光鋭く僕と左右に立つアズマとサリアを見上げて一瞥して口を開いた。


「……なんじゃ若造。人族がなんの用じゃ」


 その声は低く重々しいもので、威圧感を感じずにはいられなかった。……あまり歓迎されている雰囲気ではない。


「突然の訪問をすまないね。僕はアズマ・ヒモロギ。こっちはサリア・コリンドル。縁あってハクサの旅の手伝いをしている者だよ」

「アズマに、サリアだと? ……ふん。かの勇者か。こんな辺鄙な場所のワシにわざわざ来たと? ……騙すならもっと考える事じゃのう!」


 老人はフンっと鼻を鳴らすと、踵を返そうとしてしまう。


 ……だめだ! このまま帰されては……!


「――偽りではないよ。貴方ならこの剣を見ればわかるのではないか?」


 アズマは手にしていた解放の神剣を鞘から抜き放ち、老人に見せた。


 ……僕はとっさに自分の解放の神剣をマントの下に隠す。見つかったら唯一無二のこの神剣が矛盾してしまうからね……。

 というか失念していた。


 アズマの剣を見た途端、老人の目に輝きが灯るのが見えた。


「……ぬ? ………………ぬおおおおぉぉぉっ!?」


 老人……ゼクストさんの目がカッと見開かれ、驚愕の叫び声を上げた!


 そして目にも追えぬ程の速さでアズマから剣を奪い取り、その剣を掲げて刀身に目を凝らして眺めている。


 ……勇者から剣を奪うって、敵意がなかったにしてもなかなか凄いことしたような気がしたが、あまり深く考えないことにした。


「こ、この剣に使われた素材は……なんじゃ! 見た事がないッ!」

「それはそのはずさ。それは光と地の精霊の力が注がれて生まれた鉱石だからね」

「……なんじゃと!?」


 ゼクストさんの声に更に驚きが加わる。

 すると彼はそのまま剣を抱きかかえるように持ち上げると、工房の中へと消えていった……。


 僕とアズマは顔を見合わせ、サリアは少し困った表情をしていた。



 やがてゼクストさんが剣を持って戻ってきて、落ち着き払った雰囲気でアズマに剣を返した。


「……本当に勇者アズマと解放の神剣とはな。……信じよう」


 僕達はほっと安堵の息を吐いた。

 それからゼクストさんは僕の方へと向き直る。


「して、ハクサとやら。お主がワシに用だと言ったな。……話を聞いてやる。お前達、まず入ってこっちに座れ。言っとくが茶なぞ出んぞ」

「はいっ。お邪魔します」


 僕達はゼクストさんの言葉に従い、彼の後に続いた。



 工房の中はそれ程広くなく、体の小さいツヴェルク族にとってはこのくらいでも問題ないのかも知れない。


 壁や天井には彼の作品だろうか、見たこともない一見ガラクタのような装飾品や細工が掛けられている。


 そして中央には大きな机と椅子が置かれている。

 僕達はゼクストさんの指示通り椅子に腰かけて、ゼクストさんに向き合うのだった。

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