Ep.318 小人の国

 僕達がシュミートブルクへ到着した時は既に夕方近くだった。


「止まれー! 何用だー!」


 門の上から弓をつがえたツヴェルク族の門番が僕達に高い声を張り上げる。……門の奥から他の人の気配もする。警戒しているというのは本当のようだ。


 ユアさんが手を振って門番に見上げ、ダリスさんに認めて貰った証の書状を見せる。


「ナッツさんー! リップル部族のユアですーっ! これは、族長よりこちらの方々の紹介状ですっ」

「……ん、ユアじゃないか! 久しぶりだなあ! そっちに行くから待ってろー」


 門番は嬉しそうに笑うと、姿が見えなくなり、やがて門が開いてその奥から門番さんがトコトコと走ってくる。


 よくよく考えればここはツヴェルク族の街だから、皆子供の様な見た目なんだよな。なんかほっこりする。


 門番さんは書状に目を通して、何度も僕達と書状を交互に見ていた。するとアズマ達の素性を理解したのか、門番は目をぱちくりとして、徐々に驚きの顔へと変わっていった。


「はわわ……! ゆ、勇者しゃま……様でしたかっ! ど、どうぞお通り下さいっ!」


 門番さんは敬礼をすると僕達を通してくれる。

 族長からの紹介状があったことで通行は問題無く許可されたようだ。門の上の他の門番達から、勇者の来訪にざわめく声が聞こえた。

 さすがの僕もこの反応はそろそろ慣れてきた。



「ユア! ここにはのんびりして行くのか?」

「ううん、私は勇者様方の案内に来ただけだから、すぐ帰らないといけないわ。ごめんね、ナッツさん」


 ユアさんの言葉に門番さんことナッツさんは寂しそうに眉尻を下げるが、すぐに笑顔になった。


「……ユア、もうすぐ日が暮れる。今日はここで1泊した方がいいと思うが……」


 シェーデが少し心配そうにユアさんを見る。


「そうだよユア! 俺はこれから、勇者様達が来られたことを族長に報告しないといけない。君達の分の宿も手配してもらおう!」


 ナッツさんはユアさんの手を握り、笑顔でそう言い放った。


 ……確かにナッツさんの言う通り、この時間帯からまた里へ帰ってしまうのも危険な気がする。


「お嬢、ここはお言葉に甘えよう」

「里が心配なのは分かるが……」


 エノケさんの言葉にイーアスさんも頷く。

 ユアさんは少し考える仕草を見せていたが、やがて頷いた。


「……わかったわ。そうしましょう。……では勇者様方、もう少しだけご一緒致しますねっ」

「それがいいわ。……ではナッツさんでしたね、族長様のところへご挨拶に行きたいので案内をお願いできますか?」

「はい! もちろんです聖女様! ……ではこちらへどうぞ!」


 ナッツさんは元気に応じると僕達を街の中へ迎え入れてくれたのだった。



 シュミートブルクの街は想像以上に活気があった。


 夕暮れに染まる街中は多くの人が行き交い、皆子供のようだから、まるで子供達が遊んでいるかのような錯覚を覚える。


 石造りの建物が立ち並び、煙突からは常に白煙が立ち上っていた。そしてカンカンと槌を打つ音が至る所から聞こえてくる。


「俺達ツヴェルク族は世界随一の製鉄技術を誇ります! 鍛冶師達は日夜腕を競い、精魂込めて武具を作り上げているのです!」


 ナッツさんが歩きながら街の自慢を語りかけてくる。


「ほう……」


 武具というワードに反応したウルグラムが興味を示していた。二本の長剣を腰に、背中には槍を背負う彼の武器への興味は並大抵ではない。


「もしや、勇者様方はここの武具をお求めに来られたのですか?」

「武器にも興味はあるんだが、ここでしか作られていない、特別な道具があると噂を聞きつけて来たんだ」


 アズマが答えると、ナッツさんは顎に手を当てて首を傾げる。


「特別……ですか。……特別かは分かりませんが、変わった物を発明している方なら居ますね――」

「――本当ですか!? その人は何処に行けば会えるんですか!」


 僕は思わずナッツさんに詰め寄る勢いでそう尋ねた。

 ナッツさんは少し面食らった様子だったが、すぐに気を取り直して説明してくれた。


 ナッツさんが言うには、この街の中でも鍛冶師の数が膨大で、工房もかなりあるのだが、その中でも飛び抜けた腕前の持ち主が一人いるらしいのだ。


 今の街にある鍛冶屋のほとんどがその人の弟子にあたる人達だそうだが、彼は既に武具作りからは一線を退いているのだとか。


 そして今は変わった細工や道具を作って、自分の工房に篭っているそうだ。


「ここシュミートブルクに生きる全ての鍛冶屋の憧れ。それが『ゼクスト・レグニッツ』さんです!」


 ナッツさんが拳を握って力説した。

 鍛冶師とは関わりのない、門番のナッツさんも尊敬する程の凄い人なんだろうな。


「ゼクストさんの工房は、街の外れにありますからすぐ分かりますよ! ……ただ、少し気難しい方ですので会ってくれるかはわかりませんが……」


 ナッツさんは少し苦笑を浮かべてそう告げたのだった。



 そして僕らはナッツさんに導かれてツヴェルク族の族長に面会することになった。


 ナッツさんがノックもなしに族長がいる部屋のドアを開く。


 勢いよく開かれたドアの先では、まるで玉座のような豪華な装飾が施された椅子に座り、種族ならではの子供のような容姿に、口髭をたくわえた壮年の男性がそこに座っていた。



 この南東大陸には厳密に言えば国はない。

 しかし逆にそれは部族それぞれが一つの国であるとも言えた。

 ここ、槌と鉄の都シュミートブルクも一つの国なのだ。目の前で鎮座する族長はこの街では王となんら変わらない。



「――族長! この街に勇者様方がお越しになりましたー!」

「ハァーー!?」


 ナッツさんの入室するや否やの報告に、族長が驚きの声と共に椅子から転げ落ちた……。


 ……王と言ったのは、あれは例えということにしておこう……。



「いてて……失敬。まさかかの有名な勇者様方がこのような東端に来られるとは」


 族長は腰を擦りながら座り直し、改めて僕達を見据える。そしてナッツさんから受け取ったダリス族長の書状に目を通した。


「……なるほど。経緯は理解しましたぞ。私はツヴェルク族を束ねております『ガイン・ツヴェルク』と申します。歓迎致しますぞ!」


 族長のガインさんは書状の内容を確認すると、満足げに頷いて僕達に頭を下げた。


「大した饗しはできませんが、宿を用意させましょうぞ。……ユアと衛士達よ、お前達にも用意させよう。今日は旅の疲れを癒すんだぞ」

「ガインさん、ありがとう」

「はい! ガイン様、お心遣いに感謝致しますっ!」


 僕達はそれぞれガインさんに感謝の意を示して頭を下げ、その部屋を後にしたのだった。



 その後ナッツさんは門番の仕事に戻って行った。

 外は既に暗くなっていて、ユアさんに宿に案内された僕達は食事を摂り各々休むことにした。


 明日は精霊具の祖とも言える人物、ゼクストさんに会いに行く。そして義手を作ってもらえるようにお願いするんだ。


 ……僕は胸の高鳴りと不安を抱きながら、ベッドに横になると、瞳を閉じるのだった……。

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