Ep.317 流されて、絶叫
次の日、早朝に僕達はユアさんの案内でシュミートブルクへと向かうことになった。
案内には昨日行動を共にしたユアさんの護衛の二人、イーアスさんとエノケさんも同行する。
……それにしてもここから3日はかかる距離を、1日で辿り着ける道が本当にあるのかと思いながらユアさんに着いていくと、やがて小さな川が流れる場所に出た。
森の中を人知れず流れている川だ。川幅も広くは無い。
ユアさんは川の前で立ち止まると周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。そして……。
「……大丈夫そうですね。イーアス、エノケ」
「ああ、待っていてくれ」
ユアさんに何かの指示を受けた衛士の二人は、草の茂みをガサゴソと漁っている。
そして何かを引っ張りだし、僕達の方へと向けてきた。
「……これはっ!」
思わず僕が声を上げたのは仕方のない事だと思う。
そこにあったものは船だったからだ。
船と行ってもただの船ではない。
ここの皆がやっと乗れるくらいの大きさの小舟だが、随分と重厚な装飾を施してある船だった。
船体の左右には湾曲した鉄の装甲で守られ、船の中には見たことの無い装飾具が取り付けられている。
川を渡る船にしては、あまりに大袈裟な装備のように思えた。
「この船は、シュミートブルクの方々が我々に作って下さった特別製なんですよっ! この船に取り付けられた鉄の細工に魔力を注ぐと、なんと漕がずとも前身するのです!」
「えっ!?」
驚く僕の横でユアさんは意気揚々と説明する。
「ほぉ……。一体どんな仕組みなんだろうな。そんな細工聞いた事もないよ」
アズマが顎に手を当てて首を傾げている。他の面々も似たような反応だ。
……だけど僕には心当たりがあった。
これは精霊具ではなかろうか。
つい今しがたアズマが言うように、この時代では精霊具という技術はまだ発展していないはずだ。
……これは精霊具発展の先駆けではないか。
そしてそれをシュミートブルクの人達が作ったとするならば……!
……僕が追い求める義手もおそらく精霊具の類い。
……いるのか。精霊具を生み出すことができる技巧技師が、あの街に!
「……どうですか? 驚かれましたか? ふふふっ!」
ユアさんは誇らしげに胸を張った。
確かに驚きはしたが、それ以上に期待が高まるばかりだった。
この船があれば、すぐにシュミートブルクに辿り着けそうだ……!
「さあ皆様! お乗り下さいっ」
僕達は言われるままにユアさんの後に続き、小舟へと乗り込むのだった。
「……本当に動くのか?」
所狭しと腰を下ろしたシェーデが怪訝な様子でユアさんに尋ねた。
「はい。この船を動かす為の仕掛けはこの辺りにありましてね……」
ユアさんは船の側面に備え付けられている細工の一つに触れ魔力を注ぐと、小さな光の粒が浮き上がってきた。
すると小舟は静かに動き始め、徐々に速度を上げて川を進み出した。
「……これはなんと珍妙な……。驚いたな……っ」
シェーデが目を丸くしてそう言った。
他の仲間達もシェーデが言うように驚くが、アズマが誰よりも興奮していた。
あれこれと仕組みを聞いていたが、ユアさん達にもツヴェルク族の技術は理解できないらしく、説明できないとのことだ。
「ハクサ! シュミートブルクにはまだまだこのような細工が沢山あるかもしれないぞ! きっと君の腕の代わりも見つかるさ!」
アズマは僕に期待を寄せているようで、満面の笑みを向けてくる。アズマの言葉に僕も期待が高まる。
「そうですね! 楽しみだなあ!」
「ふふっ! 子供みたいにはしゃいじゃって」
僕とアズマの様子にサリアが頬を緩ませながら笑った。
小舟は中々な速度で川を渡っていた。歩くよりも早く、そして楽だ。
――そんな時、ユアさんが僕達に振り返った。何やら妙な笑みを浮かべている。
「え〜……皆様、もうすぐこの川は洞窟の中に入っていきますぅ」
「……え?」
ユアさんのやや引き攣った笑顔に嫌な予感を感じて、僕達は身構えた。
「……それでですねっ! ここからちょっと……いや、かな〜りの速度が出ますので――」
と、ポンと手を合わせたユアさんが言ったところで辺りが急に暗くなった。いつの間にか洞窟の中に突入していたのだ。よく見るとかなりの速度が出ている事に気がついた――――
「――――捕まっててくださぁぁぁいっ!」
ユアさんの叫び声が響くのと同時に、小舟は凄まじい勢いで加速し始めた!
「――うわああああ!?」
あまりの急加速に僕は思わず声を上げる。
洞窟の壁には等間隔で灯りが設置されており、それが物凄いスピードで視界を流れていく!
この洞窟事態が、この舟で移動するためだけに作られたかのような様相だ。
「うぉぉっ……!」
「なんだこの……っ胸にゾワゾワとした……浮遊感はっ!」
「…………助けて」
ウルグラムすらも声を漏らし、シェーデは必死に耐えようとし、デインはボソリと助けを求めていた。
「あ、アズマっ! 絶対離さないでね……っっ! 〜〜〜〜っ!」
「ははははっ! これは爽快だなっ! はははは!」
サリアはアズマにしがみつきながら叫んでいて、アズマは満面の笑みで初めての体験を楽しんでいた。
洞窟は元凄いスピードのままカーブしていく! 船体に付けられた湾曲した装甲が壁に当たり、凄まじい音を響かせながら滑っていく!
そしてまた一直線になってスピードは更に上昇してゆく! そんな情景が何度も繰り返された……!
僕は船が壊れるのでないかと気が気ではなく、ユアさん達を見る。
「――いいいぃやぁぁぁぁ!」
「お嬢ーーっ!」
「これがあるから本当は来たくねえんだよォー!?」
――アンタらもかーいッ!!
心の中でそうツッコミながら、僕は不安の中、胸に押し寄せる圧迫感と浮遊感に耐えるのだった……。
「ぜぇ……、ぜぇ…………」
あれからどのくらいの時間が経っただろうか……。
いつしか洞窟を抜け、小舟の速度は緩やかになっていた。
アズマを除いた全員がぐったりしている。
「ど……どうでしょうか……っ。……ひぃ……今のが、リップルと……ふぅ……、ツヴェルクの族長達が……ぜぇっ……作った娯楽……『流星船』ですぅ…………」
ユアさんは息も絶え絶えな様子でそう言った。
娯楽…………なのか? 僕にとっては拷問だったんだけど…………。危うく小舟が棺桶になるかと思った……。
……でも、サヤは喜びそうだな……いやわかんないけど。
アズマだけがキラキラした表情で目を輝かせている。……もうこの人も大概だった。
それから2時間程川を進み、調子を戻しているうちに小舟は岸へと辿り着き、僕達は地に足をつける。
景色は森の中と変わらない光景だったが、かなりの距離を移動した事は間違いなかった。
イーアスさんとエノケさんが小舟を茂みに隠し、ユアさんが振り返る。
「船での移動はここまでになりますっ! もうツヴェルク族の縄張りの中です。……この先シュミートブルクまで少し歩きますが、ご案内いたしますっ!」
「よし、目的地はあと少しだ。行こうか」
アズマの言葉に僕達は頷いた。
それから数時間歩き続けると、視界が開けてきた。
長かった森林地帯の切れ間である。
広大な草原が僕の視界に飛び込んでくる。そしてその景色の奥には……巨大な城塞都市が見えてきた。
高い壁に囲まれ、それよりも高く聳える建物の煙突からは煙が立ち登っていて、青空に煙が映える。石造りなのか、街並みも全体的に灰色だ。
その重厚感すら漂う様子は、帝都の威風堂々たる雰囲気にも引けを取らない程だった。
遠くから見てもこんなに壮観なんだ。近づいたらどんなに立派な街なんだろう。
僕が街並みに見惚れていると、ユアさんが腕を街の方へ向けて快活に声を発して微笑んだ。
「あれこそ槌と鉄の都シュミートブルクですっ! さあ皆さんあと少しです! 参りましょうっ」
「本当に今日のうちに着いてしまうわねっ! 皆、行きましょう!」
「ああ。行こう」
サリアが微笑んで僕達に声をかけた。
こうして僕達はシュミートブルクを目指して足を進めるのだった。
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