Ep.326 Side.C 軍対個

「――攻めと守りを分けて行く! 守りに長けた前衛は奴の攻撃を凌ぎ、火力が高い者はその隙に叩き込め! 魔術師も支援を怠るな!」

「「「了解!」」」


 そして我らは同時に飛び出した!


 我はさらに指示を矢継ぎ早に飛ばしていく。


「攻撃隊は交代し攻めたてよ! だが即時に広範囲攻撃を仕掛けてくるやもしれん! それを最大限警戒せよ! そして奴に中半かな攻撃は無意味だ。隙を見て全力を叩き込め!」


 我の言葉に応じ、各々の隊がデュエリストの左右正面に展開していく。



「守りなら私に任せなさいっ!」

「ならば私もっ!」


 デュエリストに真っ先に飛び出したのはフェッティとその妹のマルシェだ。


 ゼルシアラ盾剣術の技は前衛向きだ。他の小隊からも防御に適した者が前に出る。

 そこにアスカや支援に長けた者の防御障壁を重ね、強固な防御陣を構築した。



 ――怒るデュエリストが強化魔術を駆使して瞬時に接近してくる!


「行くわよマルシェ! ゼルシアラ盾剣術の真価を見せつける絶好の機会よ!」

「はい姉様っ!」


 フェッティ隊から前に出たフェッティとマルシェは盾を構えデュエリストを見据えると、両足を大地に力強く踏み締める!


 そこにデュエリストの四本腕が襲い来る。


 二人に迫る暴力的な猛撃は、まるで盾に吸い込まれるかのように接触し、そして煌めきが発生した時にはデュエリストは大きく仰け反っていた。


 相手に同等の衝撃を跳ね返す、ゼルシアラ盾剣術の『パリィ』による反撃の一撃だ。四本腕分の衝撃を受けたデュエリストは態勢を整えようとしていた。


 そこに力を溜めたナタク、ラシード、他数名が前へ出る。


「ラシードよ! 某に合わせよ!」

「よっしゃァー!」


 ナタクとラシードはデュエリストを挟むように移動し、デュエリストが態勢を整えるよりも早く、その巨躯に接近していく。


 ナタクは納刀した刀を居合のように構え、ラシードはハルバードを頭上で回転させながら炎を纏わせた。


「――ッ!」

「熱血ラシードスラァァッシュッ!」


 二人の斬撃がデュエリストの間を交差し、同時に奴の体に刃を食い込ませる。

 ナタクの一刀は右上腕を深く斬り裂き、ラシードの斬撃は左下腕に熱傷を刻み込む。


 しかしそれは切断には至らない。

 ……奴め、魔物でありながら強化魔術を使いこなして身を守っているな。


 二人と共に突撃した他の隊員も各々一撃を叩き込み、デュエリストに傷を付けるが、決定打にはなり得ない。



 デュエリストの態勢が整うのを確認すると、ナタク達は飛び退き、支援を受けた防御隊が再び前へ出る。

 その間も魔術師隊員による攻撃は絶えず繰り出されている。それでも動きを阻害出来ない。


 この人数でも火力不足というのか。



 ――ヴォァァアァァアッ!


 デュエリストが怒り狂いながら襲い掛かる! 今度は四本腕を振り上げ、一人を標的に絞っていた。

 その殺気を向けられたのはマルシェだ!


「――くっ……!」


 一つ一つが速く重い4連撃。それを全てパリィで合わせる事は、今のマルシェでも至難の業だろう。


 だか彼女は退くことなく迎え討たんとし、盾が2度煌めき、デュエリストの3撃目の棍棒で盾を弾かれ態勢を崩し、4撃目の槍がマルシェを襲う!


 ――ギィン!


 デュエリストから放たれた槍先は、マルシェの右手が握りしめた、蒼き刀身の剣によって辛うじて防がれていた。


 パリィによる衝撃返しで、4撃目の威力が大きく減衰していた事が幸いしたのだ。


 だがそれは運が味方しただけだ。もし最後の攻撃が槍でなかったら防ぎきれてはいなかった。


 左手を抑えたマルシェはフェッティに庇われて後退する。


 直後、その二人と入れ替わるように二次の攻撃隊が飛び出した!


 数名が決死の覚悟で取り囲むように駆ける。その中で特に凝縮した魔力が多いのは、フェッティ隊のファルクと、我が愛弟子サヤだ。


 攻撃隊の猛攻がデュエリストに炸裂している中、ファルクは高く跳躍し、空中で大剣を下方に突き刺す態勢で敵に向かって落下する。


 サヤはデュエリストの正面で腰を深く落とし刀を抜かんとしていた。その表情は無であり、ナタクとの精神修行の末会得した『無我の境地』の中にあった。


 ――そこにファルクが落下し、デュエリストの背中へ大剣を突き立てた!


「おおぉぉぉーーっ!」


 ファルクが渾身の力でさらに深く大剣を奥へ突き刺すと、デュエリストは痛みでもがき暴れだした!


 それを必死に剣を掴んで振り落とされまいと耐えるファルクだったが、たまらず剣を奴に突き刺したまま振り払われてしまった。


 それでもデュエリストは大剣を体内に収めたまま暴れている。


 ……その瞬間、サヤの刀が抜き放たれ、カチッと音を響かせて即座に鞘に戻った。


 そして遅れて現れた刀の軌跡がデュエリストの胴体を深く斬り裂き、夥しい量の流血をもたらした。

 サヤの斬撃はそれだけに留まらず、さらに遅れて現れた3つの斬撃が連続してデュエリストを斬り刻む!


 異変を察知したデュエリストは咄嗟に防御態勢を取り、左下腕は追い討ち三連の刃によって完全に分断された!

 サヤの斬撃がついにデュエリストの体を切断せしめたのだ!


 ――ヴォァァァァアアアッッ!


 デュエリストが痛みに絶叫を上げて咆哮する。



「ダメっ……倒しきれてない……!」


 サヤは苦虫を噛み潰したように睨み、その場から飛び退く。


「――まだだぜッ! 俺がやる!」


 痛みで暴れるデュエリストの背後で、ラシードがハルバードを地面に突き刺し、右手に膨大な魔力を凝縮させて構えていたのだ。


 あれは……かつてラムザッドとの対峙で繰り出したラシードの全魔力を込めた技か。


 ラシードの糸目が開かれ、素手の状態で猛然と駆け出し、魔力が凝縮された右手が赤々と赫灼する。


「ラシード流槍術! 最終奥義ィーッ!」


 素手の状態でラシードはデュエリストの背に突撃していく。そして喉が張り裂けんばかりに吠えた。


「全身全霊ッ! 完全燃焼けぇぇんッ!」


 そして拳を固めたラシードが飛び上がり、デュエリストの背から突き出る大剣目掛けて右拳を叩きつけた!


 拳が衝突する直前、ラシードの拳から極大の火炎が迸り、大剣が業火の炎に包まれた!


 拳がぶつかると、そこから衝撃が波紋のように広がり、直後凄まじい衝突音と共にデュエリストが体制を崩した!

 そして大剣はデュエリストの奥深くへと押し込まれその体を貫通し、その絶大な威力を叩きつけられた巨体が地面にへこむ。


「――ガァァアアッ!!」


 デュエリストは炎と炎を纏う大剣に貫かれたまま、悶え苦しんでいる!


 これを好機と再び攻撃を仕掛けようと、攻撃隊が一斉にが駆け出していた!



 ――だがその時、我の背筋に強烈な悪寒が走った。


「――っ! 待て! 奴に近づくなッ!」


 しかし、時すでに遅し。デュエリストの兜の奥の目が赤く輝き始めると――!


 ――ヴォォォォォオオオアッ!


 漆黒の瘴気が爆発したように吹き出し、衝撃波となって周辺に襲いかかる!


「ああ……っ! いけませんわ……!」


 瘴気の波動で吹き飛んだ仲間達が吹き飛ばされ、地面が抉れ、土煙が巻き起こり視界が塞がれた。



 ……やがて土煙が晴れ、我は目を見開いた。


「――――なっ……!」


 デュエリストから巻き起こった黒き爆発によって、突撃した攻撃隊のみならず、防御隊の大半が巻き込まれ、地面に倒れ伏していた。その中にはサヤ、ナタク、マルシェ、フェッティ、ファルク、ラシードといった主戦力が含まれていた。


 特に爆発から最も近くにいたラシードは危険な状態だ……!



 ――グォォア……


 そして満身創痍な様相で立つデュエリスト。負ったダメージが深すぎるのか自己回復が上手く機能していない様子だ。


 ……だが前衛は壊滅。後衛は健在だが火力不足だ。接近されれば為す術なくやられるだろう。……マズイな。



 ――ヴォォォォォッ!!


 デュエリストが吠える! 来るぞっ!

 我は咄嗟に杖を向けて魔法障壁を張ろうとしたが、その時――。


 ――――。


 急にデュエリストの動きがピタリと止まったのだ。それだけではない、周囲の魔物が全て同様に動きを止めていた。


 そして一斉に踵を返すと、撤退していく……。


「…………」


 その様子に誰もが唖然とし、何も言うことが出来なかったのだった……。


「――っ! 急ぎ負傷者の救護を! 急げ!」


 我は大声で指示を出しつつ、負傷者達に駆け寄っていった。




 初日の戦闘の結果、多くの戦果を残したものの、両者痛み分けの形で終結したのだった。

 何故突然魔物が退いたのかはわからんが、おそらく指揮官から撤退命令を受けたのだと推測する。


 救護活動の末、重症状態だったラシードも一命を取り留めた。


 黎明軍の戦死者は幸い無く、帝国兵の犠牲も想定よりは少なく済んだが、まだ一日目を凌いだだけだ。これからも戦いは続き、多くの犠牲を払うだろう。


 ――そう考えながら、我は空を見上げたのだった……。

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