Ep.313 槌と鉄の都へ

 野営の夜を過ごし辺りに日が差し込み始めた頃、僕達は義手なるものの情報を訊ねる為、槌と鉄の都シュミートブルクに向けて出発した。


 ここからは徒歩での移動となる。僕にとって馴染みの大陸とは言えど、時代が異なれば文化も違う。

 もはやこの大陸は僕には未知となんら変わらなかった。


 シュミートブルクまでは徒歩で一週間は掛かるそうだ。その間様々な部族の領域を横切ることになるという。


 好戦的で野蛮な部族もあるらしくて、無事に通過できればいいんだけど……。



「森林地帯に入るよ。ここからは警戒を強めて行こう。罠なんかもあるかもしれないから、気をつけて」

「俺が前を行く」


 ウルグラムはそう言うと、先頭を歩き始めた。


 ウルグラムは一見人間に見えるが、その実人間と獣人のハーフだ。人間と変わらぬ外見を持ちつつも、獣人の鋭い五感と身体能力を兼ね備えていた。


 その五感は罠を発見し易いし、嗅覚も獣人に比肩するものがあるらしい。


 彼の感覚に任せていれば安心だとアズマも先頭を任せていた。



 僕達は隊列を組んで進んでいく。

 先頭をウルグラム。その後ろにアズマが続き、さらにその後ろをサリアを挟むように僕とデインが。そして最後尾をシェーデがつく。


 森の中には魔物が潜む危険性もあるが、それ以上に罠や人間からの奇襲に警戒しなくてはならない。


 魔物相手なら遠慮は要らないんだけど、人が相手になる可能性があるというのはやはり気が引けるものがある。

 魔族と戦っている時に人間同士で争っている場合ではないのだから。


 ……でもこの大陸には国がないというし、そういうこともあるのかもしれない……。




 鬱蒼とした森の中、辛うじて人が通った跡の道を行く。木々の葉の間から差し込む陽の光が、森の中の道を照らしていた。


 しかも湿度も高く、蒸し暑く感じる。この環境下での旅が、あと何日も続く。


 僕達は森の中を黙々と進み続けていた……。


「――おい、気付いてるか?」


 突然、前を行くウルグラムが落ち着き払った声色で呟く。


「…………囲まれてる」


 デインが前を向いたままそう返した。


 ……全然気づかなかった。周囲を注意深く探ると、確かに複数の視線が僕達に注がれているのに気付いた。


 木々の上にも数人ずつ人がいるようだった……。


「……警戒しているだけ……みたいね」


 緊張した様子でサリアがそう呟いた。


「左の茂みに3人に、右には2人。木の上には2人ずつといったところか」


 シェーデは意識だけを周囲に向けてそう分析する。


 どうやらこちらの様子を窺っているようだ。

 襲い掛かる隙を探っているのか、それとも僕達が敵対する存在であるのかどうかを判断しようとしているのか。


「面倒だ。散らすぞ」

「……わかった。頼むよ、ウル」


 ウルグラムの提案にアズマが頷いた。


「――オイ! 覗いてる奴らよく聞け! 俺らはここを通りてぇだけだ。テメェらに用はない。それでも邪魔するんなら…………肉の塊にしちまうぞッ!」

「――――ッ!?」


 ウルグラムが一喝すると同時に強烈な威圧感を迸らせた!

 その威圧の波動が周囲に放たれ、森がざわめく。


「……ッ!」


 僕も思わず怯んでしまう程の圧迫感だっ! 体にビリビリ来るほどの圧力に思わず身構えてしまった!


 その圧に晒されていた潜む者達から、明らかな恐怖の声が漏れるのが聞こえた。

 そしてそれは僕達に背を向けて逃走を始めたようで気配は一気に散っていった……。



「ハッ! どちらが強いか分からしてやりゃこんなもんだ」


 ウルグラムは獰猛に笑うと、不敵な笑みを口元に湛えて、再び歩き出したのだった……。



 僕らは森をひたすら歩く。


 時折、僕達を見張る者達がいたが、先程潜んでいた者と同部族なのか、僕達に殺気を向けてくる者は居なかった。


 ……この大陸では、強い者が勝ち。弱い者が負け……ということなのだろうか……。


 獣人部族にはそんな考え方の部族が多いと聞いていたが、潜んでいる人達は獣人の部族なのかもしれない。

 いずれにせよ、僕達は無事に通り過ぎる事が出来たしよかった。




 それからひたすら進んで日も暮れてきた。

 森の中は薄暗くなるのが早く、夜になれば視界も悪くなってしまう。

 これ以上進むのは危険と判断した僕達はここで野営することにした。



 深い森の中、部族の目もある環境下での野営は、普段よりもより一層の警戒が必要だ。


 見張りも2人で行い、周囲の警戒に当たることになった。

 そして僕の見張りの順番が来て、周囲の気配を伺っていた。一緒に見張りする相方はサリアだ。



 辺りは闇に包まれており、木々が擦れる音と、虫の音だけが響き渡っている……。


 僕は意識を張り巡らせて周囲の気配を探る。


 何も変わったことはない。

 森は静寂に包まれていて、時折木の葉が風に靡く音くらいしか聞こえない。



 僕は火の近くに戻ると、サリアは微笑んで僕の横に腰を下ろした。


 焚き火の炎を見ていると、残してきた仲間達との思い出が蘇る。

 ……皆、どうしているだろうか。


「……難しい顔をしてるわね」

「えっ? ……そうでしたか。すみません」


 火を見つめていた僕に、不意にサリアがそう言って僕は面食らった。

 どうやら自分でも気付かないうちに思い詰めた顔をしてしまっていたようだ。


「……何か心配事かしら?」

「心配……なのかな。残してきた僕の仲間達が今どうしているかなって思ったんです」


「そう…………」


 サリアは相槌を打ちながら僕を見つめる。

 そして火に視線を移して静かに口を開いた。


「ね、クサビの仲間は、どんな人達なの? ……このくらいなら聞いてもいいでしょう?」


 サリアは微笑みながら僕にそう尋ねる。


 僕はその微笑みに頷いて、皆の顔を思い浮かべながら言葉を紡ぐ。


「そうですね。……えっと、まず猫耳族っていう獣人の魔術師のウィニという子がいて……。それがまた物凄い食いしん坊なんですよ。何度ご飯を奪われたことか……あはは。でも戦闘になるととても頼りになるんです」


 僕が笑うと、サリアも笑顔を見せてくれる。


「それからラシード! 冒険者としての経験もあって色んな話をしてくれる、僕の兄貴みたいな人です。面白い話も沢山知ってて、ラシードが入ってからは旅がもっと楽しくなりました」

「ふふっ! なんだか楽しそうね!」


 僕が語る仲間の話にサリアは頬を緩ませて微笑んでいた。


「あと、マルシェ。自分の中にしっかりとした目標があって、芯の強い人です。パーティの中では一番遅い加入でしたけど、大事な仲間です。冒険に憧れてて、冒険譚を聞く時の顔はいつものクールな彼女も子供みたいになって……はははっ」

「……ふふっ」


 僕は次々と思い出を語って笑う。

 するとサリアも僕の笑顔につられて笑う。


 だが、最後に思い浮かんだ顔に、僕から笑顔が消える。

 

「…………そして、サヤ。僕と同じ故郷で育った幼馴染です。でも今では……僕の一番大切な人です。…………サヤの声が恋しい……」


 サヤの声や表情を思い出し、無性に会いたくなって……。

 でもそれは叶わない僕は拳をぎゅっと握って寂しさを誤魔化した。


「それなら、絶対に帰らないとねっ! 女の子をあまり待たせるもんじゃないわ?」


 サリアは穏やかな笑みで僕を励ましてくれた。


 サリアの言う通りだ。また皆に会うためにも今はがむしゃらに頑張らなきゃ!


「……はいっ!」


 サリアに励まされて僕は力強く頷くのだった。



 それから見張りが交代の時間になり、僕とサリアは交代をする。


 僕はテントの中で横たわって回想する。


 ……そういえば、僕の世界のことを話すのは初めてだったっけ。

 この世界に来たばかりの頃の僕なら、躊躇したかもしれない……。


 この世界で異物である僕は、アズマ達と絆を築けているということなのだろう。


 ……さあ、明日も沢山歩くんだ。もう休もう。

 そうして僕は瞳を閉じて微睡みに身を委ねるのだった。

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