Ep.312 危険地帯

「――皆、陸が見えてきたぞ! もう少しだ!」

「…………っ!」


 僕達は飛翔の魔術で空を移動していた。


 帝都リムデルタを出発した後、陸続きに飛んで降りて休憩を繰り返してきた。

 北西大陸を北東に沿って進み、帝国領を越えてさらに東進。魔族領を迂回して北東大陸へ。シェーデの故郷がある大陸だ。


 北東大陸を統治していた王国は、既に魔族によって滅んでおり無統治地帯となっていたが、魔族に抵抗する、亡国の兵士や貴族らの義勇軍により、辛うじて街は運営されていた。


 出発してから数日を要して僕達はその街で補給して、ここから南下して南東大陸への上陸を目指した。

 

 ここから先は地続きではない。大陸を隔てる海を越える必要があり、飛翔する際は休憩を取れないのだ。

 一度飛び立てば休憩なしで陸地に辿り着かなければ、魔力枯渇で落下し海で溺れて一巻の終わりである――――。



 そして飛翔を始めて5時間後、遠くに陸地が姿を現し、アズマが叫んだ。

 皆もそれを視認したのか、安堵の吐息が零れていた。


 ……だが僕は魔力枯渇寸前でそれどころではなく、ただ必死に飛翔を維持し、意識を保つことだけを考えていた…………。



 そして地に足が着いた瞬間、僕は転がりながら倒れた。

 そのまま仰向けになって倒れこむ僕に、サリアがふわりと着地して、僕の頭に手を添えた。


 そして優しく微笑んだ……。


「お疲れ様……。よく頑張ったわねクサビ……」

「はぁっ……はぁっ……」


 ――――まさしく聖女だ……ッ!


 心の中ではそう感動しながらも、僕はお礼も言えない程に消耗していて、呼吸を整えるので精一杯だった……。


 頭がぼうっとする……。どうやら、皆無事に着地したようだ……。


 やはり勇者達は凄い……。

 あの長距離を休憩無しで飛んできたのに、膝を着く程度で済んでいるのだから。


 僕はしばらく動けそうにない…………。


「よし、ここでしばらく休憩したら、野営の準備をしよう」


 僕の様子を見て取ったアズマの掛け声に皆も頷き、僕は気が抜けた途端、そのまま意識を手放した……。




 それからしばらく経ち、僕の意識が舞い戻ってきた時、僕は頭に妙な温かさを感じた。

 そして目を開くと、そこには美しい青空が広がっていた……。


 ああ……そうだ。僕は結局魔力枯渇で気を失ってしまったんだ。


「――起きたか、クサビ」

「はい……。って、えっ?」


 僕の視界に映り込み、こちらを覗き込んでいたのは、シェーデだった。

 僕はシェーデに膝枕をされていたのだ……!


「あ、あのっ……?」


 狼狽する僕にシェーデは目を細めて微笑むと、優しく頭を撫でてきた……!


「ふっ。意外か? ……そうかもしれないな」


 彼女の緑色の瞳が穏やかに僕を見つめていた。そしてまるで慈しむように優しく頭を撫でてくれる。

 いつも凛々しく強い彼女がこんな風に振る舞うのは新鮮だ……。


「私にも感傷的になることはあるという事さ。…………私には弟がいたんだ。生きていれば君と同じくらいだっただろう」

「…………」


 彼女は懐かしむような目をしながら言葉を続ける。

「先程北東大陸に立ち寄っただろう? あの大陸は私の故郷でな。……故郷の地を踏むと、やはり思い出してしまってな……」

「……そう、なんですね…………」


 僕はそれしか言えず力無く呟いた。


 故郷の地へ帰った彼女の中で思い出されるのは、故郷を焼き払った魔族に対する怒りか……。それとも、かつて暮らしていた家族達の姿か……。


 どんなに強くて気高い彼女にも、弱く脆い一面はあるのだろう……。


「弟は泣き虫で甘えん坊でな。よくこうして頭をなでてやっていたものだよ。……懐かしいな…………」

「…………」


 僕はただその瞳を見つめた。

 ……彼女は僕に弟の事を重ねているのだろう。


 僕はただ黙って彼女の瞳を見つめていた……。


 やがてシェーデは表情を元に戻すと、僕の頭を撫でる手を止めて口を開いた。


「過去は変えられない。それは自然の摂理だ。……だが君は違う。出会うはずの無い君の感触を確かに感じるのだから。……君は君の望みを果たすまで、諦めるなよ」


「…………はい……!」


 僕は力強く答えた。

 その声に彼女はまた目を細めると、僕の頭をポンポンと軽く叩いて起き上がる。


「ほら、もう起きれるくらいには回復しただろう? ……それとも、まだ甘えていたいかな?」


 シェーデは僕の上体を起こし、揶揄い気味な口調で茶化した。


「……い、いえ……。大丈夫です!」


 僕は少し気恥ずかしく思いながらも返事を返し、野営の支度を進めている皆のところへ合流したのだった。



 そしてその夜、アズマ達を火を囲んでこれからの事を確認する。


「僕達は今、南東大陸の端のこの辺りだ。ここからシュミートブルクまではまだ距離がある。だけど、ここから先は飛翔ではなく歩いていく」


 アズマは地図に指を走らせながら説明していく。


「どうしてですか? 飛んで行った方が早いんじゃ……?」


 僕の問いにアズマは首を左右に振った。


「この辺りを支配している部族は好戦的な部族でね。下手に飛行していると撃ち落とされかねないんだ」

「なるほど……」


 ここからは森林地帯が続く。空から地上の敵を補足するのは困難で、下からは格好の的となる。

 この大陸において、敵は魔物や魔族だけでは無い、ということか……。


「ここからは慎重に索敵しながら目指していこう」

「出くわしても俺らの敵じゃねぇが、油断はするなよ」


 アズマの後にウルグラムがそう言うと、皆も同意するように頷いた。


 ここから先は今までのように魔物と戦うだけではない、人間との戦いになる。

 その事実を再確認すると、僕は少し緊張を覚えていた……。

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