Ep.311 Side.C 亡者平原へ
「――では陛下、我々黎明軍はこれより、亡者平原へと出陣致します」
「うむ。其方らの武運長久を祈ろう」
ヴァレンス皇帝への挨拶を終えた我は、帝都リムデルタの門を潜り外へ出た。
そこには既に黎明軍の部隊が待機していた。
戦力にして、先行したラムザッドとナタクが率いる部隊と斥候隊で計二個中隊と、こちらの本隊に一個大隊の人員が集まった。
もちろんパーティの実力によって選抜しての部隊選定だ。ランクの低い冒険者パーティは主に防衛や支援を担ってもらう。
勇者クサビの意志を宿すパーティ『希望の黎明』を始めとするA級パーティは複数参加している。
その中にはマルシェの姉も居たな。『夜の杯』も精鋭に数えられるだろう。活躍に期待したいところだ。
先行した二個中隊の中隊指揮官はナタクと、ラムザッドに任命している。
斥候部隊の指揮官は、ノクト・ニュクサールという男だったか。どうやら神聖王国からの参加者で、サヤ達と共闘した経歴があるようだ。
討伐指定対象の追跡を主に活動していたらしく、斥候として優秀だ。
そしてこちらの大隊を統括する大隊長はアスカに任せ、我は部隊全体を指揮するこの黎明軍の総大将だ。
各中隊長は能力により選定し、小隊長は元々のパーティリーダーが継続している。
このような大部隊を率いるなど今日まで経験はないことだが、やってみせねばならん。
「……チギリ魔大将。進発の準備は整っておりますわ」
我の下にやってきたアスカは、部隊の様子を伺い報告する。……いよいよだ。
「了解した。――黎明軍の同志よ! いざ、進軍っ!」
我は部隊全体に呼びかけるように叫ぶ!
――おおーーー!
我が号令に同志達の声が轟き、黎明軍は帝都リムデルタを後にして、帝国軍と魔族がしのぎを削る亡者平原へと進軍を開始したのだった。
我々黎明軍は広大な平原を進軍する。
移動は主に馬車で行い敵を発見次第対応して行く。
帝国領から魔族領に接近するにつれ、大地は草木も生えぬ不毛の地と変わり果てるが、この周辺はまだその影響は薄い。
魔族領は瘴気が充満する地。人の身で踏み入れようものならば異形の魔物に変貌し、人類に牙を向く魔族の尖兵と成り果てる。
……勇者のみがその因果を断ち切るとされ、我々の奮戦は勇者が戻るまでの足止めにしかならないと理解している。
……だがそれが世界には必要なのだ。例えこの身が滅びようとも、世界に散らばる脅威の目をここに釘付けにせねばならん。
黎明軍の存在を、魔族が脅威と認識する事。それが我の目的である。
「ふっ……。おいそれと言うに能わず、それを示すは体現して見せる他なし……か」
我は進軍のさなか、そう独りごちた。
魔族領への道程は順調に進んでいる。
先日から偵察部隊と共に斥候しているラムザッド達からの情報もあり、今のところ戦闘もない。
だが亡者平原の帝国軍による前線の戦況報告はこちらにも共有され、進軍中も精霊具『言霊返し』によって即座に情報が伝達されていた。
……言霊返しを用いる事が無かった場合、情報を受け取るのに幾ばくの時を要するか想像に余りある。
アスカはとんでもないものを発明してくれたものだ。我が友ながら感謝せねばな……。
帝国軍から受信される情報は逐一アスカが分析を行い、その報告を各部隊に伝える役割を担う。
それによって我が部隊は即応性が高い。
また各中隊も部隊内の連携も強化されつつあった。
そして行軍は順調に進み、一日目の野営予定地に到着した。
歩を止め野営の支度に取り掛かるが、そこは流石の冒険者達だ。手際よく野営の準備が進んでいく。
我は野営の準備を進める部隊を見届けると、アスカから戦況の報告を聞くことにした。
「……チギリ。戦況は芳しくありませんわ」
アスカの顔色は優れず、苦々しい表情を浮かべていた。
「そうか……。それで戦況はどうなっている?」
我は先を促す。
「……帝国軍は亡者平原一帯に陣地を構築しており、現在魔族軍との交戦中ですわ。……ただ、戦線自体は膠着状態であり、どちらも攻めきれないようですわね。……ですが……」
「……だが?」
アスカは沈痛な面持ちで答えた。
「……前線の報告では、戦死者の増加が著しい模様ですわ……。わたくし達が到着するまで前線が保つかどうか……」
「……そうか……」
我は言葉を飲み込んだ。
そこにアスカはさらに言葉を紡ぐ。その表情はいつもの朗らかさは微塵もない。
「帝国側も、各地の貴族から援軍を募っているようですわ……。ですが現状の状況で、その数を補えるとは……」
「……ふむ……。分かった。我らも可能な限り速やかに亡者平原に到着し、戦線に加わらねばならんな……」
「……ええ……」
アスカも重たい空気を感じ取り、頷くのだった……。
その後我とアスカは、陣容を見渡しながらサヤ達のパーティが野営している区画へ向かった。
その後我とアスカは、陣容を見渡しながらサヤ達のパーティが野営している区画へ向かった。
すでに準備も終わっており、サヤ達4人が焚火を囲んで談笑していた。
……必要以上に気負っていないようだな。ならば良い。
「師匠、アスカさん! ……あっ。――チギリ魔大将! アスカ魔大将っ! お疲れ様ですっ!」
サヤが言い直しながら、我らに敬礼をして迎えたが、我はそれを手で制す。
「……気にするなサヤ。今は共に戦う同志だろう?」
「……わたくしも構いませんわ! 今は堅苦しいのは不要ですわよ〜」
我に続いてアスカも微笑む。
「はいっ」
サヤも嬉しそうに応えて、我らを焚火の前へと招く。
腰掛けて皆と火を囲むと、聖都マリスハイムで過ごした日々を思い出して、張り詰めた我の心を溶かす。
あの時はクサビも共に居たが、彼は今、ここでは無い遠い時代にいる。
「ししょお。……おやつ食べていい?」
と、ウィニが我に引っ付き顔を覗き込んでくる。
……まったく。この弟子は…………。
「おいおい、さっきたらふく食ってただろうよ……」
「おやつは、別腹」
ウィニが勝ち誇った表情でニヤリと笑う。
ラシードはため息をつき、マルシェは苦笑している。……しかしこのやり取りを見ていると心が和むな。
「ウィニ! これは冒険じゃないのよっ? 全体の士気に関わるわ」
サヤがウィニを諌める。これも見慣れた光景だな。
「む……。……おやつ、我慢する」
ウィニはしゅんと肩を落としてしまったが、我はそっとウィニの前に菓子を差し出してやる。
「……おやつ、我慢しない!」
ウィニはぱあっと顔を輝かせて菓子を頬張る。ご機嫌に猫耳と尻尾が揺れる。
「あらあら、弟子には甘いですわねチギリは〜? うふふふっ」
我はウィニに菓子を渡すと、横からアスカが顔を覗き込んで笑う。
「気まぐれだよ。我にもそんな時があってもいいだろう?」
そう答えると、アスカは楽しそうに笑って頷いた。
「……なんだか久しぶりですね、こういうの」
マルシェが懐かしそうに呟いた。
サヤがそれに頷く。
「……うん。私もなんか嬉しいかも」
皆の顔を見ると、サヤ達も笑顔を見せてくれたので、我の口角も自然と上がっていた。
我は来たる苛烈な戦を前に、火を囲んで笑う弟子達の顔を、鮮明に目に焼き付けたのだった。
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