Ep.304 Side.Sa 隻腕の勇者

「クサビッ! クサビッ……!」


 火の祖精霊の試練に挑んだクサビが、爆発によって飛ばされ、私は彼の元へ駆け寄り、彼の名を呼ぶ。


「――――っ!」


 残った魔力を防御に回していたのか、彼の体はそのままの形を留めていた。しかし、クサビに纏っていた魔力は今にも途切れそうになっており、フェンリルの加護の魔力も霧散寸前の状態だ。


 でもそれよりも私は顔を背けたくなったのは、彼の右腕だった…………。



「クサビ! クサビッ……!」


 火の祖精霊の試練に挑んだクサビが、爆発によって飛ばされ、私は彼の元へ駆け寄り、彼の名を呼ぶ。


「――――っ!」


 残った魔力を防御に回していたのか、彼の体はそのままの形を留めていた。しかし、クサビに纏っていた魔力は今にも途切れそうになっており、フェンリルの加護の魔力も霧散寸前の状態だ。



 でもそれよりも私は顔を背けたくなったのは、彼の右腕だった。


 ……まるで炭となったかのような無残な姿になっていたのだ。


 その右腕は既に炭化していて、まるで焼きごてを押し当てられたような痕がそこかしこにあった。


 彼の右腕は使い物にならなくなっている……。

 その事実に私の胸は張り裂けそうな思いになった。


 それでも、ここで死なせる訳には行かないわっ!



「――シェーデ!! 急いでフェンリルを……クサビに加護を……っ!」

「もうやっているッ! フェンリル!」

「分かっている! ……オオーーン!」


 フェンリルの遠吠えと共に光の粒子がクサビの体に降り注ぎ、フェンリルによる守りの力に包まれた。


 すぐさま私はクサビを救う為、回復魔術を全力で行使する。


 クサビの顔色には生気が無く、既に意識を失っている。


「サリア、クサビは助かるのか……!?」


 悲痛な表情で膝を着いてクサビの様子を確認しているアズマが問いかける。


「死なせないわ! この子がここで倒れたら未来が終わってしまう……っ! 絶対に死なせないっ!」


 私は全力でクサビに回復の魔力を注ぎ込み続ける。

 クサビの体は光に包まれて、火傷も傷も徐々に塞がっていき、なんとか命を繋ぎ止める事が出来たと安堵する。

 

 ……しかしクサビの右腕はもう既に死んでいる。死んでしまったものは、魔術ではどうにもならない。


 このまま治療しても炭化した腕のままでは居られない。クサビには辛い事だけれど、生きるためには……切断しなければならない……っ!



 私は意を決し、声を震わせながらアズマに言葉を投げかけた。


「アズマ……っ……お願い。クサビの右腕を…………斬り落として……!」

「クッ…………ッッ」


 アズマは目を見開いて驚愕し、そして唇を噛みしめる。そして決意を宿した瞳で答えた。


「わかった……! サリア! 切断したらすぐに傷を塞いでくれ……! ……クサビ、すまない……っ!」


 アズマはクサビの傍に跪くと、鞘から剣を引き抜き、柄を両手で握りしめた。

 そして静かに息を整え、剣を構えた……。


「……お願い…………っ!」

「……っ!!」


 ――次の瞬間アズマの剣が煌めくと、クサビの右腕が斬られて飛び、私はクサビに全力の回復魔術を行使した。


 止血を施すと、傷口からは血が流れなくなった。


 ……彼が目覚めたら、なんて言えばいいのか。私はただ唇を噛みしめ、彼に魔力を流し続けた。



 そこへ私達の様子を見守っていた火の祖精霊が口を開いた。


「クサビ・ヒモロギは見事試練を乗り越えた。腕を犠牲にする程の覚悟、我は感服したぞ」

「…………っ」


 私はクサビの右腕が無くなった事に涙を流しながらも、火の精霊の言葉を聞き入っていた。

 その言葉でクサビは本当に試練を突破したんだと思い知らされる。


「我はその結果を受け入れ、クサビに力の一部を与えよう。その紅き結晶こそが我が託す力なり」


 そう言って火の祖精霊が指を差す先には、斬り飛ばされて崩れた、炭化した右手の中の赤い結晶があった。


「クサビ……凄いヤツだよ、君は…………」


 アズマはその結晶を拾い、穏やかにクサビに言葉を届け、その左手に結晶を握らせた。


「……今はその者に休息が必要だろう。目覚めし時、また我を訪ねるがよい。その者に伝える事がある故」

「……わかった。ではまた来るよ」

「……うむ」


 火の祖精霊は静かに頷いて、消えていった……。


「「…………」」


 誰もが口を噤んで重苦しい雰囲気に包まれた中、おもむろに近づいたウルグラムがクサビを担ぎ上げる。


 私はその乱暴さに怒りの感情が沸き出る。


「ウル! 怪我人よっ! もっと丁寧に――」

「――ふん。ここは暑すぎる。……早く連れ出すぞ」


 ウルグラムはそう言うとクサビの体を肩に担ぎ、洞窟の外へと向かっていくのだった。


「ウル……」


 彼なりにクサビを気遣っての行動だと気付き、私は心の中で誤解したことを謝罪して、皆とその後を追ったのだった。




 

 私達はオブリム火口から離れた場所で野営してクサビを休ませる。

 本当はベッドのある所で休ませて上げたいけれど、この付近に集落の類はなく、熱気の影響が弱い場所で休ませるのが最良だと、皆と判断しての結果だった。


 私はテントの中で眠るクサビから片時も離れなかった。


 なんとか命を繋げる事には成功したけれど、彼が失った代償は決して小さくなかった。



 ……私は目覚めたクサビになんて声を掛けたらいいのか、未だに分からずにいた。


 私は苦悶の表情で昏睡するクサビの横顔を眺めていた。


 ……アズマと同じ青い髪。まだあどけなさが残るその顔だが、どこか頼もしさも感じ取れた。

 500年という時を越えても尚、アズマの心の強さを受け継ぐ少年……。


 彼がここに至るまで、一体どんな苦難に見舞われて来たのかわからない。それでも生半可なものでは無かったはずだ。


 ……あの場面で自らの右腕を犠牲にする選択を取れるのだから。本人にも分かっていたはずだ。

 彼は右腕を捨てる覚悟で手を伸ばしたんだ。


 彼も紛れもない勇者なんだ……。



「サリア……。代わろうか?」


 一人考え事をしていると、いつの間にかアズマがテントの中を覗き込んでいた。彼もクサビが心配だったのだ。


「大丈夫よアズマ。今日は私がクサビを診ているから」

「……そうか。ならせめて食事を摂るべきだよ。君の分を持ってくるよ」


 アズマは少し残念そうな表情をしたが、すぐに持ち直して私に笑みを向ける。


「うん。ありがとう、アズマ」


 私が返事をすると、アズマは一度頷くとテントから出て行ったのだった。



 私はクサビの眠る寝顔を覗き込みながら、彼のこれからを思う。


 彼の右腕はもう治らない。

 これからのクサビの旅に大きな枷になるだろう。


 私は、生かす為とはいえ独断でクサビを隻腕の勇者にしてしまった事を、必要な事と思いながらも申し訳ない思いを拭え切れずにいた。


 ……彼の腕をなんとか出来ないものか。

 藁をも掴むような事で、旅の中で耳にした噂でしかないけれど、どこかに義手という物があるらしい。それは失った腕の代わりになる物だという。


 だけどその実物を目にしたことがある訳ではなく、あくまで噂だった。


 ……いいえ。……もしかすれば、技巧に秀でたツヴェルク族ならばあるいは……。



「……クサビ」


 私は彼の頬に触れ、そっと名を呼んだ。


 ……彼の旅の遠回りになってしまうかもしれないけれど、彼の腕をなんとかしてあげたい。

 私は決意を固めると、彼の手を握るのだった……。

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