Ep.303 勇気を示す

 僕は目を閉じて深く集中する。

 そして目を開くと、辺りの時間の流れがゆっくりに感じるのだった。


 ……僕にとっての切り札だ。

 この状態は魔力を激しく消耗する。だから長くこの状態を続ければ魔力切れを起こして敗北は必至だ。


 ……短期決戦用の、僕の奥義ともいえる手段だった。



 既に炎の精霊は僕の姿を捉え、火球をこちらに差し向けていた。

 僕はゆっくりと動く火球を掻い潜りながら炎の精霊へと浸走る!


 炎の精霊からすれば、僕が急に高速で移動しているように見えるのだろう、放ってくる追尾弾は僕の動きに対応し切れていない。

 このまま間合いに入って、熱剣による攻撃力を叩き込めば倒せるかもしれない……!


 火球の弾幕の隙間を掻い潜り、僕は炎の精霊に肉薄し剣を両手で強く握って、上段から斬る構えで相手を捉える!


 既に剣には赤い軌跡が宿っていた!


「うおおおーーっ!」


 僕は気合一閃、炎の精霊の中心に輝く結晶へと剣を振り下ろした!


 ――――キィィンッ!

「――ッ!?」


 炎の精霊の結晶に剣が届く瞬間、甲高い音と共に振り下ろした剣が強力な障壁のようなもので弾かれていた……!


 剣を弾かれた僕は、その腕ごと跳ね返されて隙だらけの態勢になっていた。

 その瞬間、炎の精霊の体を纏う炎が急激に火力を増して噴出するように燃え上がり、僕を包んだ!


「――ぐあああああぁぁぁーーッ!?」


 全身に走るあまりの熱と痛みに僕は堪らず絶叫を上げ、生存本能のままに発火の範囲から飛び退いた!

 着地もままならずゴロゴロと転がり視界は上下へ何度も入れ替わる。


 それでも手放さなかった剣を大地に突き立てて、それを支えに体を起こして相手を見据えた。



 ……フェンリルの加護が無かったら消し炭だった。近づいても、僕の最大火力技である熱剣は通用しない。


 ……僕は攻め手を見失っていた。



「クサビっ……!」


 サリアの心配の声が耳に届く。その声に反応する余裕はもはや無かった。


 ……残り魔力はおよそ半分。熱剣は通じず水魔術は弱すぎて話にならない。


 炎の精霊は僕の隙を窺うように静観している。


「未来より出でし勇者クサビよ、それで終わりなのか?」


 火の祖精霊が僕に静かな口調で問いかける。まるで僕を見定めるように……。


 ――どうすれば……!

 炎の精霊を倒すのが目的ではないのか!?


 試練が始まる前、火の祖精霊はなんと言っていた?


 ――――我が課す試練は至極単純ぞ。汝一人でそやつと相対すのだ! 勇者の本懐を示せ! ――――



「…………っ」


 その時、不意に祖精霊の言葉が思い出される!

 僕はハッとする。


――僕の試練は……祖精霊の試練は……勇者の本懐を示す事……。

 それはつまり、炎の精霊を倒せる手段を問われているのではないのだ……!


 勇者の本懐……それを示せと言っているだけだ。だが勇者の本懐とは……。



 ――僕が追い求める勇者とは、人々に希望を与える存在だ。

 希望を灯す為には、どんな恐ろしい存在にも勇気を持って立ち向かわねばならない。

 決して恐れず諦めない。それを体現出来る者こそが勇者だ!



 ……その時、僕はたった一つだけ活路を見出していた。

 しかしそれは大きな賭けだった。


 その読みが外れていた場合、僕の命はここで尽きることになるだろう。


 ……僕はゆっくりと深呼吸をする。


 そして覚悟を決めると、剣の切っ先を相手に向けた。


「……目に輝きが戻ったな。汝の勇者たるやを見せてみよ!」


 火の祖精霊の声が号令であったかのように、同時に炎の精霊が攻撃を再開した。


 変わらず火球の弾幕が僕に襲いかかる! 僕は右に迂回するように走りながら炎の精霊への接近を試みる。


 炎の精霊の火球の乱打が絶え間なく僕を狙い、立ち止まることは許されない。

 阻むように飛んでくる火球が行く手を阻むように着弾し爆発した爆風に、この身を炙られながらも怯まず、駆けながら心を研ぎ澄ませる!


 この程度の痛みは今は無視だ。

 僕は全神経を研ぎ澄ませただ一点、超えるべき相手だけを見つめて疾駆する!


 迫り来る火球は次々と地面や岩に当たると、大きな破壊音や炎を撒き散らして大地を焦がし、煙を巻き上げる。


 視界を塞ぐ煙を僕は強引に掻き分け、その先に居る炎の精霊の姿を捉え続ける……!


「――今だっ!」


 炎の精霊に辿り着く。それだけを考えていた僕は、集中の深度の底に意識を置く。

 炎の精霊に辿り着く為の、二度目の切り札を切ったのだ!



 魔力が急激に消費されていく感覚と同時に、飛来する火球が低速になる!


「それを使っては、魔力が尽きるぞクサビ!」

「まさか……捨て身を……っ!?」


 アズマとサリアの声が聞こえる。

 だが僕はもう引き返す事はできない!


 僕は炎の精霊が繰り出す弾幕を掻い潜りながら、再び肉薄した!


 そして、剣を握る左手ではなく、右手を突き出したッ!


「うおおおーーっ!」


 僕は残った魔力の全てを使って、全身に防御の為に魔力を纏いながら、炎の精霊の中心で輝く結晶に右手を突っ込み、それを掴んだ!


 炎の中に突っ込んだ右手が激痛を訴える!


 だが僕は結晶を握り締める事を止めない。そして渾身の力を込めて引きずり出すように引っ張った!


「――――!?」


 炎の精霊が動揺したように体中の炎を震わせて、その直後、拒むように激しく燃え上がらせ、その炎は容赦なく僕を呑み込んだ……!


 僕は炎の中、フェンリルの加護と自分の残り少ない魔力で自身を守りつつ、炎の精霊のコアとも呼べる結晶に力を込め続けていた。


 それでも全身を焼く痛みからは逃れられない! でも僕は逃げない……ッ!



 ――――僕は勇者の本懐を示すのだ!

 勇気を持って苦難に立ち向かう、その心根を試されているのだと、それに賭けた!


 たとえ痛みに苛まれようともこの炎から逃げないこと。この場で示せる勇気はそれしかないのだから――――



「うわアアアアアーーーッ!!」


 叫び声を上げ、喉をも焼きながらもコアを引く!


 炎の精霊は、中から徐々に引き摺り出されていくコアに、抗うように燃え盛る炎が火力を増していく!


 ――コアを引き抜くのが先か、僕が炭となるのが先か!


「――――ッッ!!」


 もはや声にもならない叫びを上げながら、僕は最後の力を振り絞って――――!




 ――――ついに結晶を引き抜いた!!



 その瞬間、炎の精霊の炎が一際強く燃え上がり、爆発が起きた!


「――…………っ」


 僕は爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。


 地面に叩きつけられ、更にその衝撃でゴロゴロと転がり、そして地面に仰向けになって倒れてしまった。



「…………! …………ッ!」


 ……鼓膜もやられたみたいで、誰かが何かを叫んでいるようだったがよく聞こえなかった。もう痛みも感じない。


 誰かが駆け寄ってくる気配がする。朦朧とした意識で辛うじてそれを感じ取っていた。



 ……ということは、火の祖精霊が作り出した結界は消えたのか……。僕は……試練…………越えられたかな…………。



 僕は薄れていく意識に身を任せるように、瞳を閉じたのだった。その右手には赤く輝く結晶がしっかりと握られていた…………。

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