Ep.305 喪失と希望
「…………ぅ」
……重い瞼に抗うように目を開ける。
辺りはすっかり暗くなっていた。
その天井は随分見慣れたものだった。
……僕のテントの中だ。
「クサビ……。目が覚めたのねっ」
「……サリア……」
僕の顔を覗き込んだのは、心配そうに瞳を揺らめかせるサリアだった。
僕は自分が今どういう状態なのかを理解していた。
体全体に痛みが響いていたからだ。特に右腕からは激痛が走っていた……。
「うぐっ……!」
思わず呻きが漏れてしまう程に痛みがある。僕は左手で右腕を押さえるように手を乗せる。
……事はできなかった。
「ああ……っ! ああああっ!」
右腕が無い……! 肘から先が無い……!
僕は必死に押さえつけるが、その感覚は返ってこなかった……!
気が動転しそうになる!
僕は恐ろしいものを見るように、あるはずのものが無く、ただ空虚を掴んだ。
「クサビ……っ! ごめんなさいっ! ……私……私がっ……っ! ごめんなさい…………っ」
サリアは僕の頭を胸に抱き寄せて涙を零しながら謝った。……彼女の声が、右腕の痛みに紛れて耳に届いた気がした。
……僕は、自分の身に何が起きたのか、全てを思い出した。
……そうだ……。火の祖精霊の試練を受けて、僕は……。
この光景は、自分が選んだ結果だった。僕はあの時こうなることを覚悟したんだ……。
「……サリア……」
僕は痛みを我慢して左手を上げ、サリアの頭をそっと撫でた。
「いいんです……。こうなることを覚悟していたんだ……。むしろ、サリアは助けてくれた。謝ることなんか一つもないです……」
「……クサビ…………」
サリアは嗚咽を漏らしながら、抱きしめる腕の力を強める。
サリアの回復がなければここに僕はいない。責める事なんてあろうはずも無い。
右腕の喪失感は計り知れなかったが、これが僕が選んだ道なのだ。……受け入れるしかない…………!
受け入れる…………しか……ない……っ!
僕は歯を食いしばって溢れてくる涙を必死に堪えていた。だがその抵抗は虚しく零れ落ち、サリアの服を濡らしてしまう。
「……ごめん……なさい……っ…………こんなつもりじゃ……!」
「……いいの……。いいのよ……」
僕はしばらくの間、涙を流しながらサリアに抱きしめられていたのだった……。
そしてようやく落ち着きを取り戻した僕は、サリアからそっと離れた。
……泣き顔を見せたくなかったからというのもあったけど、僕は意を決して自分の右腕の無くなった部分を改めて見た。
…………これは僕が選んだ結果なんだ。
必要な犠牲だったんだ……。
「……もう、大丈夫……?」
サリアが僕に気遣うように尋ねる。
「はい……。見苦しいところを見せちゃいましたね……」
サリアは伏見がちに首を振った。
「そんなのお互い様よ……私も情けないところを見せちゃったし……」
そう言うと、僕達は力無く笑いあった。
そしてサリアは僕の手を取って、真剣な眼差しで僕を真っ直ぐ見つめてくる。
「……クサビ。腕の事について……もしかしたらどうにかできるかもしれないわ」
「えっ……?」
僕はサリアの言葉に目を瞬かせた。その反応にサリアは俯きがちに言葉を続けた。
「過度に期待させてごめんなさいっ。……噂で聞いただけの話で、確証はないの……。でもそれがもし本当だったら、もしかしたら……」
「…………」
僕は無言でサリアを見つめた。
サリアはまだ負い目を感じているようだ。……サリアのせいではないのに……。
……本音を言えば、失った腕をなんとかできるのなら……出来ることならそうしたい。
だけど僕には使命がある。解放の神剣に退魔の精霊を取り戻して元の時代に帰らないといけない。
自分の腕の為に寄り道をしている場合では……ない。
僕は使命と希の狭間で揺れていた。
「……ね。探してみよう?」
「でも、僕には使命が――」
僕が言葉を返す前に、テントの外からの声がそれを制止させた。
「――探しに行こうよ。その腕をどうにか出来る噂の真相をさ」
「っ! ……アズマ……」
僕が声の主に顔を向けると、そこには優しい笑みを浮かべたアズマがいたのだった。
「あっ、アズマ!」
「ごめんよ。盗み聞きするつもりじゃ無かったんだが……。……クサビ、サリアの言う噂に賭けてみるのはどうかな?」
アズマの穏やかな眼差しとサリアの真剣な表情が、僕の迷いを希望の方へと導き掛ける。
「それに、こう考えたらどうかな。失った戦力を補う為……ってね」
「……アズマ……」
確かに片腕では今までのようには戦えない。それは戦力減ではあるけど……。
……いいのだろうか。僕は世界を救うためにこの身を捧げるべき勇者なのに。そんな自分が、自分の為に時間を割いても……。
「ここまで君を見てきてわかった。……クサビは僕なんかよりもずっと正義感に溢れている。自分よりも他人を優先してしまうんだろう。……だからこそ、僕らから提案するんだよ。君が世界のために尽力するために必要なことさ」
「……っ!」
僕が自分のことで悩んでいたことに気付いているようだった。
「それに両腕があっても抱えきれないものを、片腕だけでなんてカッコつかないだろう?」
アズマはそう言って悪戯っぽく笑い、僕はこみ上げてくる熱い感情を抑える為に涙を零した。
「……少し寄り道をしましょう? ……ね」
「……はい」
僕は小さく返事をすると、サリアとアズマは笑顔を見せてくれた。
「それじゃあ、今日はゆっくり休んで、明日はまた火の祖精霊の所へ行こう。その後腕の事に付いて調べようじゃないか」
「……はい!」
僕はアズマとサリアに背中を押されて決意して、強く頷いた。
その後アズマとサリアは僕のテントを後にして、僕は一人でぼんやりと天井を眺めながら思いに耽っていた。
……また僕はいつの間にか使命のためにと、それだけを追い求めて自分を蔑ろにしていたんだ。その事に気づかせてくれるのは、いつだって仲間の存在だった。
僕の時代での仲間達を、少し待たせてしまう事になるかもしれないけれど、万全の状態で元の世界に戻れるように頑張るから……。
「待っていてくれ、皆。…………サヤ」
そう決心すると、僕に急激に眠気が襲ってきては、深い微睡みの中へと落ちていった…………。
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