Ep.298 首を狩る鳥
翌日が訪れて、僕は昨日のアズマとの稽古で全身筋肉痛になりながらも起床した。
今日は帝都リムデルタに向かう日だ。500年後、つまり僕の生まれた時代でも帝都には行ったことがないから、初めて訪れるのが過去の帝都だというのは、なんとも凄く不思議な気分だ。
僕は体を起こして、解すように腕をぐるぐると回した。
身体中が痛むが、この痛みはきっと成長に繋がっている。そう思うとなんだか嬉しいものに思えて僅かな笑みを浮かべてしまう。
「よしっ! 今日も頑張りますかっ!」
そう意気込んで自分を鼓舞して、僕は身支度を整えてテントを出たのだった。
その後僕達は拠点の兵士や冒険者達に見送られて、帝都リムデルタに向けて出発した。
その時も勇者達に感謝の声が届く中、僕に向けられる彼らの好奇な目に気付かないふりをして、勇者達と共に飛び立った。
さすがにここまで認知されたら僕の存在が噂されるのは時間の問題だ。
勇者や英雄達と行動を共にする謎の人物『ハクサ・ユイ』として。
これからもクサビ・ヒモロギとして広まることだけは阻止しないといけないから、気をつけて行かないと。
帝都リムデルタまでは、帝国領東部である亡者平原からだと、飛翔すれば2日で到着するそうだ。歩いたら3倍は掛かりそうな距離だ。
飛ぶ感覚がまだ覚束無いまま、勇者達について行きながら、改めて飛ぶことの有難さを痛感して、隣を飛ぶサリアにふと視線を移した。
するとその視線に気付いたサリアが僕を見て、にこりと微笑んで、僕の手を取った。
「慣れないうちは気を張りっぱなしになってしまって疲れるでしょう? 少し支えてあげるからね」
「あ、ありがとうございます……」
サリアの手がぎゅっと僕の手を握ると、ちょっとドキっとしてしまう。
「アズマ、うちの聖女様はクサビがお気に入りらしいぞ? いいのか?」
と、前を行くシェーデがその横のアズマに茶化したように言っているのが聞こえた。
「ああ。クサビはいいヤツだからね。……何か変か?」
「いや、いい。なんでもない」
そうシェーデは言うと、溜息を一つ残して速度を上げて前へ出ていった。
そんなやり取りが聞こえていて、僕にもよく分からなかったが、サリアの顔は少し赤くなっていて、握ってくれた手がスっと離れた。
もしかしたら僕の手汗が気になった……のかもしれない。そんなに汗をかいてないはずだけど…………。
そう思って自分の手を見つめると、サリアは慌てたようにな身振りで言う。
「あっ、ほら! 飛ぶのも慣れないといけないから……っ……そう! 特訓よっ」
「……あ、はい」
なんだか誤魔化された気がしたが、僕も集中しないとな!
そう思い直して、僕は前を向いて飛ぶことに集中するのだった。
その後、僕達は何度か飛行と休憩を繰り返して、帝都へと順調に進んでいたのだが……。
最前列を進んでいたウルグラムが急にその場に停止し、後方の僕達に『止まれ』とばかりに片腕を広げた。
それに合わせて僕達も止まる。
「魔物だ。向こうも気づいてるぞ」
ウルグラムが前方を見据えて言った。淡々とした口調だが声色にはどこか歓喜めいた気配があった。
「魔物……? まだ何も……」
僕は目を凝らして前方を見るが、やはり何も見えない。
そこにアズマが隣にやって来て僕に言葉を添えた。
「ウルの両目は魔眼なんだ。金の左目が魔力視覚で、銀の左目が先見の力を宿しているのさ」
珍しい目の色だと思っていたけど、まさか両目とも魔眼だったとは。魔力の流れや大きさ、危険度を視ることが出来る目と、数秒先の行動を視る先見の魔眼だという。
それを戦闘に活かせばウルグラムの強さにも納得だ。
そういえば僕の仲間のマルシェも確か、桃髪に隠れた方の目は魔眼だったっけ。元気にしているといいが……。
「――おい、俺の事をベラベラと喋るな。……来たぞ」
するとウルグラムが少し前方の地平線を指さした。
その指が示した先から、徐々に黒い点がぽつぽつと見え始めてきた。
「……あれは……!」
次第に黒い点はその輪郭をはっきりとさせていく。
大きな翼を羽ばたかせてこちらに接近してくる。僕はその顔にゾッとした。
なぜなら……。
「な、なんですか……なんなんですかあれは!?」
「……あの魔物は何度見ても虫唾が走る」
僕はその姿に狼狽えるように叫び、シェーデが眉を潜めて嫌悪を露わにする。
そのおぞましい存在は、鳥の様な姿に虚ろな目をした生気のない、人の顔だったのだ……。
その一つ一つが違う顔をしている。
……まさか、この顔は全て奴らの犠牲になった、本物の人の顔なのか……!?
おぞましさに思わず身が震えるが、僕はすぐに気を取り直して剣を抜いた!
「あれは『首狩り鳥』だ。人を襲って自分の顔に付け替える忌むべき魔物だよ。……遺体が多い亡者平原には特に多いだろうね……!」
「奴ら、俺らを次の新しい頭にする気だぜ。……纏めてぶった斬ってやるッ」
アズマも剣を抜くと、ウルの言葉に同意するように頷く。
僕も剣の切っ先を首狩り鳥達に向けた。
そこにサリアが僕の横で杖を構えて言う。
「クサビ。空に慣れていない貴方には荷が重い相手かもしれないわ。だから私の傍を離れないでっ」
「は、はいっ……!」
僕はサリアの指示に従うように頷く。
やがて首狩り鳥の数を完全に把握できる程の距離まで迫っていた。その数30体はいる。
向こうは完全に僕達を標的に捉え、真っ直ぐこちらに向かってきている!
僕は緊迫しながら剣を構えていた。
「――待て。俺にやらせろ」
と、そこでウルグラムが口を開いた。
そして僕達の前で一人前に出たかと思うと、ウルグラムが二刀の剣を抜き放って闘気をさらけ出した。
「おいクサビ。お前が目指す高みがどういうものか、その目で見ておけ」
「……っ!」
ウルグラムの戦意に満ちた背中が僕に語り掛けた。
その瞬間、ウルグラムは急加速して飛翔し、首狩り鳥の群れのど真ん中に突っ込んだ!
「来いよッ! 新鮮な首がここにあるぞッ」
ウルグラムからこちらまで身震いするような殺気が放たれて、それを受けた首狩り鳥は一斉にウルグラムの方へ方向を変えて飛んで行った!
――ウルグラムと首狩り鳥は空中で激突する!
ウルグラムは両手に持った剣を振り抜くと同時に、その剣先から無数の斬撃が飛び散った!
首狩り鳥はそれに晒されて次々に細切れにされていく!
――早すぎて見えない……!
僕は目を見開いたまま呆気に取られていた。
ウルグラムは僅かな時間で、首狩り鳥達はその斬撃で瞬く間にバラバラになったのだ。
……ウルグラムにとって、このくらいは朝飯前ということなんだ。道理でアズマ達が静止しないわけだ。
ウルグラムの剣閃で大半の首狩り鳥が微塵斬りになり、遅れていた二体だけが残っていた。
そのうちの一体も突進したが、ウルグラムの左の剣で串刺しに迎撃され、もう一体は剣を収めた右手で首根っこを掴まれていた。……その時のウルグラムは獰猛な笑みを浮かべていた。
その笑みが消え、視線が僕を射抜く。
「――ほらよクサビ。殺ってみろ」
そう言って僕の方に首狩り鳥を乱暴に投げつけてきた!
「――――ッ!」
僕は剣を構え直す!
無念そうな表情の老婆の顔の首狩り鳥が迫ってくる……!
そして体の自由を取り戻した首狩り鳥が僕を標的に定めてきた!
「――ウルグラムっ!」
「何もするなよサリア。ここで死ぬようならソイツはその程度だ。勇者なんて聞いて呆れるってもんだ」
「…………くっ!」
サリアが歯噛みして唸ったのが聞こえたが、今の僕はそれどころでは無かった。
……目の前の敵に対しての怒りに満ちていたからだ。
人を殺して首だけを奪うなど……!
こんなの人の死に方じゃないッ! この魔物は野放しには出来ない……!
それに僕だって人々に希望を与える勇者としてその名を継いだんだっ!
もっと強くならないといけないんだっ!
首狩り鳥が急制動で方向を変え、僕の側面でその片翼を揃えた!
するとその翼は鋭い刃のようになり黒光りする。そしてその体を捻って僕の首を的確に狙ってきた!
……そうか。お前はそうやってこのお婆さんの首を……!
許せない!
――ギィン!
僕はそれを剣で受けて弾く。だが宙に浮いた状態では体制を保てず思うように反撃に移れない。
立て続けに執拗に首元を狙って来る首狩り鳥の攻撃を、弾かれながら辛うじて受け止める。何度も受けるうちに、肩や腕に裂傷が付き血が流れた。
飛ぶことにも完全に慣れていない体で、空を制する魔物と対峙することの無謀さをその痛みで身をもって知る。
しかも足に強化魔術を溜めても、強く蹴れる大地がない。僕のスピードを活かした戦法が完全に封じられた状態だ。
「クサビっ! 今――」
「――来ないでくださいッ! コイツは……僕がッ」
「……っ!」
サリアが回復の為にこちらに飛んでこようとしたが、僕はそれを制止する。
このままじゃいけない……! 助けられてばかりじゃダメなんだっ!
僕は飛来する首狩り鳥を見据える。
何度も打ち合って分かった。奴はフェイントは掛けても狙ってくるのは一貫して首元だ。攻めてくる場所が分かっていればっ!
――首狩り鳥は真っ直ぐ突っ込みながら横回転して、さながら刃と化したように飛んできた!
そこで僕はハッとする。
……そうだ。それだ! 僕の得意な技があるじゃないか!
僕はその攻撃を、剣を上段に構えて待ち受けた。
そして僕に肉薄する直前、剣を振り下ろした!
しかしそれだけでは終わらない!
僕は全身に強化魔術を溜め、振り下ろすと同時に解放。僕の体は縦回転にぐるぐると回り、高速に回転する刃と化した!
僕にとって馴染みのある技だ。名前のない、がむしゃらに編み出した僕の……。
僕は高速で回転しながら、首狩り鳥に襲いかかった!
首狩り鳥の刃を弾き、そのままの勢いで胴体を斬り裂いた!
真っ二つになった首狩り鳥はそのまま地面に落ちて行く……。
回転を止めた僕は、よたよたと空中制御をしながら落ちていった先を見下ろした。
「…………」
もう見えなくなってしまったが、僕は犠牲になった人達の為に、黙祷する。
どうか安らかであれ、と。
「クサビ、無事でよかった……。動かないで……」
そこへサリアが来て治癒を施してくれた。
肩や腕の傷が塞がっていく。サリアに感謝を伝えていると、そこへアズマがほっと一息ついた様子でやってきた。
「クサビ。よく不利な状態で討ち取ったね。よくやったよ! ……だろ? ウル」
「……フン」
ウルグラムはそっぽを向いて返事をせず、そのまま去ってしまった。
僕の方を向いたアズマは苦笑して頭を掻く。
「はは……ごめんよ。ウルはああいう性格なんだ」
「……いえ…………」
今ならわかる。ウルグラムは僕に戦い方を教えてくれているんだ。そして機会を与えてくれたんだ。
訓練ではなく実戦で、命を賭けとする事で強くなれと。
「……ありがとうございます…………」
僕は小さく呟く。
僕の感謝の言葉に応じるかのように、空の青が澄んでいくのを感じながら――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます