Ep.299 過去の帝都へ

 空での遭遇戦を制した後、帝都リムデルタへと向かった僕達は、順調に目的地までの距離を縮めていた。

 このまま行けば今日の昼頃には帝都に到着する予定だ。



 飛翔を続けて魔力が減ってきた頃合いで、僕達は補給の為に休憩に適した場所を探して地上に降り立った。


 選んだ先は小さな森林地帯。僕は木を背に体を預けて腰掛ける。木陰になっていて傍には小川が流れていて涼しく、休憩には最適な場所だ。


「ふぅ……」


 飛ぶのにも随分慣れてきたがやはり神経は使うもので、僕は水筒で喉を潤しながら一息つく。


 そうしていると、僕はこちらをじっと見つめている気配に気付いた。


「…………」


 盲目で寡黙、小柄な魔術師のデインだ。鮮やかな緑の髪が微風になびいている。

 両目を布で覆っていたが、明らかに僕を見ていた。


「デイン? ……何か……?」

「…………」


 彼の口は開かない。僕は彼の意図を測りきれないでいて、ただ気まずさだけが漂っていく。


「あ、あの…………」

「……精霊」

「え?」


 ようやく口を開いたデインだったが、少年のようなその声だけではやはり意図は見い出せない。

 でも会話をしようとしているのだけは分かったので、僕はさらに引き出そうと試みる。


「精霊が……どうしたんですか?」

「……集まっている」

「何処に?」

「クサビ」


「……僕に精霊が集まっている……?」


 デインは無言で頷いた。やっと彼が伝えたいことを解明できたぞ……。


 僕は思わず周りを見回してみるが、姿も気配も感じられない。魔術師であれば精霊の気配を感じ取れるようになると、仲間のウィニが言ってたっけ。


 ……ウィニ、ちゃんと食べてるかな……。食べてるか。誰よりも。


 僕は白い猫耳族の食いしん坊をふと思い出して、つい目の前のデインを放って思いに耽るところだった。


「わっ……?」


 意識をこちらに戻しながらデインの方に顔を向けると、彼は音もなく僕のすぐ近くまで接近していた。

 僕は小さな驚きの声を出す。


「デイン、何かおかしなことでも……?」

「静かに」


 戸惑う僕の声はデインに静止されてしまった。

 そして僕の顔をすぐ横に顔を向けると、口を開いた。


 彼の言葉は断片的なので、要約すると……『君にアズマのようにたくさんの下位精霊が集まっている。やはり血筋なんだね。だがその中の一人が君に繋がりを感じて、不思議に思っているようだ』と。


「……水の……精霊だ」


 僕と繋がりがある水の精霊に心当たりがあった。


「……もしかして、シズク? あっちの時代で契約した中位精霊がいるんです」

「……なるほど」


 デインは手のひらを受け皿のように広げると、その手に顔を向けてじっと黙ってしまった。

 僕の目にはその手には何もいないが、きっと精霊がいるのではないだろうか。


 きっと彼は精霊と会話しているんだ。

 下位精霊との意思疎通は、世界中何処を探してもデインにしか出来ない事なんだと、以前サリアは言っていた。


 僕はデインに話しかけようとして口を開きかけるが、彼は精霊との会話に集中しているのだろう。邪魔するのも悪い気がしたので発声を自重した。



 しばらくの間そうしていると、デインは手をふわりと優しく放るように動かすと、再び僕の方に向き直った。


 デインは僕に言葉を伝えてくれた。それを繋げて解釈すると『水の下位精霊は君との確かな繋がりを感じるが心当たりがない。どうしてだろうと疑問に思っている。だけど嫌じゃないから着いていく』とのことだ。


「……そっか。それは嬉しいです」


 僕は穏やかな笑顔で呟く。

 そんな僕にデインは頷くと、その場を離れていった。



 ……きっとその水の精霊は、未来のシズクなのだろう。僕との記憶を持たない今のシズクが不思議に思うのは当然だ。それでも僕を気に入ってくれるのは素直に嬉しかった。


 僕は密かに仲間と再開出来たような喜びを感じて、この先に待ち受ける旅への励みとしたのだった。


「よろしく、精霊さん」


 僕は中空に向かって、姿の見えない精霊にささやいた。

 その時、首元が一瞬ひやっと冷たい感覚がした気がした…………。



 その後帝都へ向けて出発した僕達は、日が高くなった頃予定通り、帝都リムデルタに辿り着いたのだった。


 城塞都市と言うだけあって、帝都の壁は高く厚い石壁が築かれていた。

 壁の内側には無数の家々や商店があり、帝都の民達の人口密度も高いことが窺える。


 そして城塞都市であることに加え、魔王軍との戦闘に備える為なのか、壁の至る所にはバリスタなどの多数の投石兵器や防衛用の塔が設置されていた。


「ここが……帝都……」


 壁の外から見たその威容と迫力に思わず声を漏らした。



 そして僕達は帝都の重厚な門までやってきた。

 そこには門番らしき兵士が数名立っており、僕達が近づくのを見て、緊張した面持ちで敬礼の姿勢をとった。


 アズマは彼らに一瞥してから、堂々と歩を進める。


「僕は勇者アズマ。補給の為に立ち寄ったんだ。ここを通ってもいいかな?」

「はっ! もちろんでございます勇者様! ようこそおいでくださいました!」


 兵士は快く僕達を中に招き入れてくれた。


 門を潜って、帝都の中心部に足を踏み入れると、そこは活気に満ちていた。魔王封印を成し遂げて戦勝ムードというのあるのだろう。


 人々が勇者であるアズマ達を遠巻きに見物し、歓声をあげたりしている。

 アズマは慣れたもので、爽やかな笑顔で手を振って答えていた。


「勇者さまー!」

「ゆうしゃたまー」


 そこへ小さな男の子が、さらに小さな女の子の手を引いて、満面の笑みでアズマの元まで駆けてきた。

 アズマは膝をついて目線を合わせると穏やかに微笑んだ。


「やあ。元気そうだね、よかった」

「勇者さま、この前はお父さんを助けてくれてありがとう!」

「あいがとー! これあげる!」


 そう言うと子供達は花束を手渡した。……その中には少し傷んだ花もあったけれど、アズマは子供達に笑顔を向けたまま、受け取った。


「……大事にするよ。ありがとう」


 アズマの返事に子供達は笑顔の花を咲かせて、そのまま母親らしい女性に抱かれて去っていった。


 その光景に僕は微笑ましく思っていると、サリアも同じだったようで微笑んでいた。


「……私達は、あの子達のような笑顔を守りたくて戦っているのよ」

「……そうですねっ」


 僕もそれに同意するように頷くのだった。


「……俺は敵をぶった斬れりゃどうでもいいがな」

「はは……まったく、とんだ戦闘狂だな」


 ウルグラムは目を逸らしながらそう吐き捨て、シェーデは苦笑しながら茶化す。

 そんなやり取りに僕とサリアは思わず笑みを零してしまうのだった。


「待たせたね、さあ行こうか」


 アズマは皆に声を掛けると、帝都の大通りを進んでいくのだった。

 

 帝都の中心に位置する中央広場には多くの市民や冒険者達が行き交い、活気に溢れていた。


 そんな広場で僕達は一旦別行動をすることになった。


「じゃあ僕とサリアは皇帝陛下に挨拶してくるから、物資の補給は頼んでいいかい?」


 アズマは皆に言うと、シェーデがそれに頷き答える。


「わかった。私とデインが必要物資を見繕って調達してこよう。ウルとハクサは荷物持ちを頼んだぞ」

「分かりました!」

「……ちっ」


 ウルグラムは小さく舌打ちをする。どうやら荷物持ちは気が進まないらしい。が、何だかんだで着いてくるつもりではあるようだ。


「それじゃ、また後でねっ」


 サリアが微笑むと僕達にも別れを告げて、アズマと共に宮殿の方へ消えていった。

 僕はシェーデ達と一緒に繁華街の方へと歩を進めるのだった。

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