Ep.296 精霊に問う

 亡者平原での戦いは、勇者の援軍で各戦線が持ち直した結果優勢に傾き、魔物の大群の大半を駆逐するに至った。


 それにより僕達は後方に下がり、残りは現存する味方の部隊で対応する事になった。

 だが戦の趨勢はこちらに傾いていたが、奇襲に警戒して一日滞在することにした。



 戦いの日の夜、亡者平原方面軍に構えた拠点の幕舎にて、僕達のこれからを話し合う。


「これでこの辺りの当面の危機は脱した。ここから僕達の協力関係が始まるわけだ。……まずはクサビの目標を達成するために、封印の術を探す事にしようか」


 僕はアズマの言葉に頷く。

 そして改めて皆にこれまでの経緯を説明し、封印を成す方法を模索する方針を説明した。


 目的は明確だけどそれに至る方法が見つかっていない。僕達は、退魔の精霊による封印と同等の力を持った別の封印手段を模索しなければならないのだ。


「……だが、それを探すのは容易なことじゃないかもしれないな」

「はい……」


 僕は俯いて言葉を漏らす。

 そう簡単に見つかるとは思えないが、何か手掛かりになりそうなものはないだろうか……。


「魔王を500年もの間縛り付ける程の力を持った封印……それはもう人の域を超えているわ……。私達だって……精霊の力で封印できたに過ぎないのだから」


 サリアが考え込みながら呟く。


「……精霊に聞く」


 そこでボソリと言葉を零したのはデインだ。アズマはそれに頷いて肯定を示した。


「うん。そうだな。精霊の知識が頼りだ。祖精霊にもう一度会ってみよう。ここからだとどの祖精霊が近いだろうか?」

「ふむ……。確か火の祖精霊が北西大陸だった筈だ。ここから最も近いだろう」


 アズマの問いにシェーデが答えた。

 僕は時の祖精霊の他にも祖精霊がいた事を知って驚いた。しかも勇者達は既に祖精霊と会っているようだ。


「祖精霊様に会った事があるんですか!?」


 僕は思わず身を乗り出して問うと、アズマが自身の腰に下げた、この時代の解放の神剣を抜いて掲げて見せた。


「ああ。この剣を打つ為に各祖精霊のもとへ赴いて協力を仰いだのさ」

「その一振の為に世界中を駆けずり回されたがな」


 自慢げに剣を見せるアズマに、ウルグラムが皮肉っぽく言葉を添えると、アズマは苦笑する。


「ははは……。このようにこの剣は心強い皆の協力と、祖精霊達の知恵と力によって誕生したのさ!」


 剣の事を語っている時のアズマは少年のような笑みを浮かべている。この剣に並々ならぬ思い入れがあるのだろう。


「アズマったら、いつのまにか剣自慢になっているわよっ」

「おっと。この剣は僕にとっても特別だから、つい……ね。……まあそんなわけで、祖精霊達とは面識があるんだ。でも時の祖精霊には会ったことはないけどね」


 アズマはサリアの言葉を誤魔化すように頬を掻きながら話を元の路線に戻した。そこにシェーデが口を開いた。


「ならば次の目的地は『オブリム火口』だな。そこは山に囲まれた中心にある火山域だ。耐熱対策を取らねば最奥の祖精霊の場所はおろか入口で燃え尽きる。魔物すら寄り付かぬ灼熱地獄だ。……クサビ、心しておけ」

「……はいっ」


 僕は緊張した面持ちで頷くのだった。


「オブリム地方に向かう前に、帝都に戻って準備をしましょう」

「ああ。……よし、方針は決まったな。では僕達はオブリム火口を目指す為『帝都リムデルタ』に向かおう」

「はい!」


 僕達はそれぞれ了解の意を示した。

 この時代からリムデルタ帝国が存在していたことに、何か感慨深さを感じていた。


「よし! じゃあ今日のところは解散と行こう。すっかり日も暮れているし、食事にしようと思うが、皆一緒にどうだ?」


 アズマの誘いに全員が頷いて、幕舎を後にしたのだった。




 広場にやってくると、他の兵士や冒険者達が各々日を起こして、その日の生を実感していた。


 僕達はその広場の一角で食事を取る。臨時拠点故にちゃんとした施設がないから、多少の配給はあったが、食事は持ち寄った物で賄う事になっていた。


 僕は荷物から布で包んだ固形物を一つ取り出した。僕の時代の……つまりこの時代から500年後に普及している食品だ。

 乾燥した食材を固めたスープに閉じ込め、鍋に水を入れて煮るだけで立派な食事が完成するのだ。

 あっちで旅をしている時は随分お世話になったものだ。



 だが僕はそこで一つ失念していた。


「ねえハクサ、それってどうなってるの?」

「ふむふむ……。煮るだけでスープになるとは……これは興味深い」

「……あ」


 僕の鍋をサリアとシェーデが食い入るように見ていた。


 ――しまった! ここの人達にとってはこれは未来の食品で未知の技術じゃないか!


 あまり未来の事をここの人達に知られるのは良くないかもしれない。すっかりいつもの行動に、ここが過去の時代であるということを意識していなかったのだ。


 勇者達は僕の事情を知っているけど、周りの兵士達や冒険者の目には入らないようにしないと……。


 僕は慌てて周りをキョロキョロとした。突然の行動に挙動不審な僕を見て、二人は察したようだった。そして周りから隠すように僕の鍋の周りにしゃがみ込んだ。


「……ふふっ。そういうことなのね? じゃあ隠しておきましょうっ! それにしてもこれは凄く楽でいいわね……」

「ハクサ、お前は分かりやすいな。もう少し平常を保て……」


 サリアとシェーデは苦笑している。

 ……二人とも察しが良くて助かった…………。


「今度、周りに誰もいない時は皆さんに振る舞いますね。……数は限りがありますけど」

「「えっ」」


 僕がそう答えると、サリア達の顔に期待の表情が呆然に変わる。……どうやら二人共食べる気満々らしい。


「「…………」」

「……えっと」

「「……………………」」



「…………ど、どうぞ」


 サリアとシェーデの無言の圧力に負け、僕はスープ皿を手渡した。

 二人の眼差しはまるで子供のような純粋な輝きに満ちていた。

 ……新たな一面が見られたから、良しとするか。



 そうして食事は皆と楽しく過ごしたのだが、僕は周りの兵士や冒険者の視線を感じていた。


 彼らの話に、そちらを向かずに注意深く耳を立てる……。


「勇者様と一緒にいる、あの青髪の……誰なんだ?」

「わからん。戦場でも隣に立って戦っていたらしいぞ……」


 と言うような声がチラホラと聞こえてくる。そんな彼らは一様に僕に好奇や疑心の目を向けていた。


 そんな僕の様子に、アズマは案の定といった反応を示した。


「僕達は勇者だ。だからとても目立つ。その僕達と行動を共にする君が人に見られる事はこれからも増えるさ。あまり気にせずにな。そのうち慣れるさ」


 アズマはそう言って笑ったが、僕は内心かなり動揺していた。


「……はい」


 勇者パーティは皆、英雄だ。人々からの羨望の眼差しを常に受けている。


 僕も、太陽暦で勇者を継いだんだ。元の時代に戻ったら人々の希望の象徴として誰よりも前に立たなければならないんだ。


 奇しくも僕はその先輩たる勇者アズマの背を見て学ぶことができる。

 今のうちに心構えをしっかりしておかなければ。


 ……僕は自分の立場を認識して気を引き締めるのだった。



 その後、皆は就寝の為各々のテントに戻って行った。僕も自分のテントに戻って横たわる。


 これからの旅を思うと、胸が熱くなる思いが込み上げてくる。


 これから始まる僕の目的の為の旅に思いを馳せていた。

 そして500年後の、僕にとっての現代で待つ仲間達の事を思う。


「サヤ……。僕は頑張るよ。そして必ず君のもとへ………」


 そこで僕の言葉は途切れ、深い微睡みに誘われて行ったのだった……。

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