Ep.295 勇者の背中

 サリアによる飛翔魔術を繰り返して半日後、僕達は亡者平原と呼ばれる戦地へと赴いていた。


 戦況はやや優勢ではあるが、敵は如何せん数が多く、突然戦術的な行動を取ってくるとも限らない。

 そこに勇者アズマ一行が援軍としてやってきたのだ。


 この亡者平原の戦いが収束すれば、魔物の大群はあらかた落ち着くはずだという。

 この時代の戦況が落ち着けば、僕の目的の為に手伝ってくれる。ここでは僕も何か役に立たないと。



 亡者平原戦線の司令部にて、戦況を確認する。

 そして僕達は戦場へ向かった。


 広大な戦場で味方の部隊は横に広く展開していた。

 それにより防衛線が薄くなっている為、何処かが突破されるとそこから食い潰されてしまいかねない。


 僕達は散開して、苦戦している戦域を立て直すことになった。


「デインとシェーデは右側の戦域を頼む。ウルは左を。サリアは被害が大きい戦線を回復支援して回ってくれ。……クサ……おっと、ハクサは僕と中央へ行く。――さあ、行こう!」

「承知した」

「……了解」


 口数が少ない右側担当の二人は頷き、戦地へ移動して行った。デインがシェーデに飛翔を付与して飛び立っていった。……デインも飛翔付与できるみたいだ。


「獲物は残さんが構わんよな? わかった。サリア、頼む」

「任せて。ウル、行きましょうっ! ハクサ、無理しちゃダメよ」

「はい! お二人も気をつけて!」


 サリアが微笑むと、ウルグラムに飛翔を付与して飛び去っていく。

 さあ、僕達も行かなければ!


「ハクサ、背中は任せたよ」


 アズマは笑みを僕に向けて言った。僕と同じ緋色の瞳の奥の眼差しは、不思議と僕の心を落ち着かせてくれる。


「はい! 任せてくださいっ!」


 ……僕はアズマと肩を並べて戦域へと駆け出した。



 戦場に入ると、既に多くの魔物の群れが味方の兵士や冒険者に攻撃を仕掛けていた。このままでは乱戦になるのも時間の問題だ。


 僕はすぐさま解放の神剣を引き抜き、彼らの前に躍り出て、魔物を次々と薙ぎ払いながら駆け抜ける!


「はっ!」


 アズマの神剣の刀身が煌めき軌跡を描く度、周囲の魔物はいとも容易く斬り伏せられていく。

 たった一度の動作に見えた一太刀に、複数回の攻撃がなされていた。


 ギリギリ見えたが、今の僕にはとても真似出来ない芸当だ。

 ……これが勇者の剣技……! 僕が目指し、追い越すべき境地か――――。


「――ッ!」


 その時、僕の目の前を大型の魔物が猛烈な勢いで突っ込んできた!

 その魔物は体躯が大きく、筋骨隆々とした体を持つ、ハイゴブリンに近い容姿の魔物だ。棘がついた鎧を身に纏い大斧を振り上げてくる!

 

 僕は怯まず半身を傾けて斧を紙一重で躱し、すれ違いざまに魔物の右腕を断ち斬る!


 魔物は絶叫と共に残った左手に大斧を持ち替え僕に横薙ぎに振り払う!

 それを僕は跳躍して凶刃を空振りさせ、首元の鎧の隙間を狙って突きを繰り出した!


「――ガァッ…………」


 僕の剣は魔物の首に深々と突き刺さった。

 すると魔物は動きを止め、そのまま地に倒れ伏して動かなくなる。


 手強いが、僕でも対処できる……!だが今倒した魔物は、僕の時代ではボスクラスの強さだ。……こんなのがわんさかいるなんて……!


 僕は剣を握る手を強めて危機感に飲み込まれまいと首を振って霧散させ、アズマの後を追った。


 勇者の戦いぶりを目の当たりにした、周囲の味方の兵や冒険者達が声を上げ志気を上げている。


「勇者様だ! 勇者様が来てくれたぞっ!」

「おおーー!」


 勇者という存在は希望の象徴だ。魔物に剣を振るアズマはそれを背中で語っていた。

 僕の胸も周りに触発されて熱くなる!


 僕は足の強化魔術を発動させて、アズマの隣の魔物に突貫する。


「やはり早いな! そっち側を頼んだ!」

「分かりました!」


 アズマは勇猛果敢に魔物深くに斬り込み、次々と敵を討ち滅ぼしていく。僕はその背を守るように複数の魔物と対峙した。

 前線からは志気を高めた味方の咆哮がこちらに迫ってきているのを感じる。勢いは完全にこちらが掴んでいた。


 ……これが勇者の力……!


 僕は迫りくる敵と相対しながら、勇者アズマの勇姿を目の当たりにしていた。


 そして僕に向かって同時に魔物が襲いかかる。


 先程のハイゴブリンのような魔物に、僕の時代にもいたシャドウヴォアの大型種が、カサカサと素早く接近してくる!


 シャドウヴォア……。ラシードの頼みでダンジョンに行った時遭遇した、あの黒光りする尖った虫のような……僕の軽いトラウマだ。

 だが怯みはしない! 僕も勇者なんだっ!


「熱剣で……一気に片付けてやる!」


 僕は深く集中して剣に魔力を送り、赤い軌跡を宿した刀身を翻す。


 僕の体感は低速となり、迫る虫型の魔物に剣を横方向に薙いだ一閃で両断し、続けて大柄な魔物に対しては跳躍して足下を斬りつける!


 大きな魔物がゆっくりとした動きで絶叫を上げようとしている。

 僕は更に続けざまに斬り上げて集中を解く。すると体勢を崩した魔物は仰向けに転倒し、間髪入れず脳天に向けて剣を振り下ろした!

 

 大柄な魔物は断末魔を上げながら倒れ込む。


「それは僕の技かな? ……君がどうして……」

「この剣が……剣の記憶によるものだと、退魔の精霊が言っていました」


 アズマは戦いの最中、僕の熱剣を見て目を見開いて驚きの声を発した。だがその声色は何処か嬉々とした様子だ。


「そうか……! そういう継承もあるんだな……!」

「はい! ……早く取り戻してやらないと」



 そして勇者は再び、勇壮に敵を斬り伏せていった。僕はそれに続き、アズマの背中を守り続けた。

 やがて勢い付いた味方の波が押し寄せ、魔物の波を押し返していく。


 遠くの戦線ではとてつもない爆炎が巻き起こっていた。

 デインとシェーデが向かった方だ。

 ウルグラムが向かった反対側では絶えず魔物の絶叫が鳴り止まなかった。

 サリアは戦場と飛び回り、味方を回復と防御障壁で守り、それは戦線の維持に繋がった。



 この日の亡者平原の戦闘は勇者達の活躍が功を奏し、人類側は勝利の色を濃くし、魔物の亡者の山ができた。

 こうしてこの戦線は終息に向かっていったのだった。


 この戦闘で僕がどれだけ活躍したのかというと……。


 ……実はあまり活躍はしていなかった。

 というのも、僕よりアズマの活躍の方が凄まじかったのだ。


 僕は常に勇者アズマの隣にいる事がほとんどだったのだが、彼の周囲で魔物が倒される頻度は僕の倍はあった。

 それにアズマは、手を抜いていたわけではないだろうけど、本気を出してはいなかったように思う。


 ……僕ではアズマに付いて行けるレベルには達していないのだ。

 僕はまだ未熟なのだと痛感する。

 だが、それでも僕なりに魔物を倒すことには成功していた。人を救い、僕も命を繋いでいる。今はそれでいい。


 アズマから学ぶことは山ほどある。

 僕はもっと成長していかなければいけない……。


 一面魔物の屍が横たわる戦場で、僕は決意を改めていた。

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