Ep.294 Side.C 蜂起演説

 クサビを過去へと見送り、サヤ達を伴って帝国へ戻ってきた。


 我らが成すべき指標。それは勇者が帝国に居ると誤認させる為、自らを囮と化し激戦の渦に飛び込むこと。

 我らが死力を尽くして、魔族の軍勢をこちらへ集中させるのだ。

 勇者が力を宿し再臨するまで、悪戯に大地が瘴気に呑まれるのを黙しているわけにはいかない。


 同時に新たに発足させる『黎明軍』を指揮し、世界中の主要都市の防衛や前線での作戦行動を展開する。

 各国が保有する軍戦力と共闘して魔族の侵攻を阻止するべく各地へと部隊を派遣することになるだろう。


 冒険者達を束ねる事ができるのは、長命種にして冒険者だある我しかいない。昔日の栄光を現代で活用できるのならば、我は喜んでその栄光を利用しよう。


 ……これよりは命を賭した激戦の連続となるだろう。

 勇者クサビが戻るこの世界を守る為、我らは戦い抜くと誓う。


 ――たとえ、誰が戦に散ろうとも。




「チギリ、もうすぐ時間ですわよ」


 帝都リムデルタの宮殿内の一室で、心中で決意を固めていた我のもとにアスカがサヤを伴って来た。

 窓から外を眺めていた我は振り返る。


「師匠、緊張しているんですか?」

「いいや。ようやく始まるのだと、少し感慨深くなっていただけさ」


 我を案じるサヤの方が緊張で表情を固くしている。

 我は口角を上げて弟子を安心させるように返答した。



 共に帝国に戻ってから2日後、黎明軍の発足と、蜂起演説の準備が迅速に進められ、ついにその当日を迎えていた。


 世界主要都市の冒険者ギルドに、投影の精霊具と拡声の精霊具を準備し、ほぼ全ての冒険者の耳に届くよう、皆が尽力してくれたお陰だ。

 その準備に帝国も、転移の精霊具を惜しみなく消費したのだろう。我々冒険者はその報いを戦場で返すのみだ。


「もう既に皆様集合しておりますわ、わたくし達も参りましょう〜」

「私達は横で見守ってますね! 師匠、頑張ってくださいっ!」

「ああ。……では、行こうか」


 我は二人に頷いて、共にその部屋を後にした。



 黎明軍発足を公表は玉座の間で行われる。

 玉座の間に入ると皇帝の側近や宰相、今回の発表の重要人物が揃っていた。

 そして皇帝の玉座を中心に捉えるように投影の精霊具を向けていた。


 玉座を挟んで左右にも投影の精霊具が設置され、そこに神聖王国国王ルドワイズ・サリアと、共和国大統領リリィベル・ウィンセスが映し出される手筈となっている。

 東方部族連合の3人はヴァレンド・リムデルタ皇帝の隣に並ぶ。

 その様子を言霊返しと拡声の精霊具で世界中に声と映像を届ける。


 このような大掛かりな準備を数日足らずで成した事に驚愕を禁じえず、我はそこに人類の底力を感じた。


 我は投影範囲の外で控える。

 間もなく全ての精霊具が起動し、世界中の冒険者は耳を傾けることだろう。



 そして玉座に座る皇帝が合図し、精霊具を起動させる為の人員が魔力を送り始めた。


 設置された全ての精霊具が起動し、玉座の両隣に国王と大統領の顔が投影されると、皇帝は立ち上がり、東方部族連合の3族長はその肩に並んだ。


 そして皇帝は口を開き、厳かな語り口で演説は開始された。


「――全世界の冒険者よ! 儂はリムデルタ帝国皇帝、ヴァレンド・リムデルタである。声が聞こえる者は耳を傾けよ!」


「そして余こそサリア神聖王国、国王ルドワイズ・サリアである」

「ファーザニア共和国大統領、リリィベル・ウィンセスでございます」


 三国の首脳が名乗りを上げ、東方部族連合の3人がそれに続く。


「わたくしは東方部族連合、アスカ・エルフィーネですわ」

「同じく、ラムザッド・アーガイル」

「ナタク・ホオズキでござる」


 それぞれ名乗りを上げると、皇帝は言葉を続ける。


「冒険者諸君らも、日々魔族と相対している事であろう。しかし、魔族は日に日に領土を侵し、人の生きる地は追いやられているのが現状だ。……そこに我ら4大陸の首脳陣は、かつて英雄的な働きを成した冒険者によって提案を受けた」


 そう告げた皇帝は我に目配せをする。玉座への段差の横で控えていた我は前へと進み、投影の範囲内へと足を踏み出す。

 そして各国首脳陣の前で立ち止まり、彼らが目を向ける投影の精霊具の方に振り返った。


「奔放の魔術師……冒険者ならばその名を知らぬ者は居らぬだろう。この者こそがまさしくその奔放の魔術師、チギリ・ヤブサメである! ――チギリよ、其方がもたらした提案を述べよ」

「――はっ。……冒険者の諸君、我はチギリ・ヤブサメだ」


 我は静かに頭を垂れたまま、拡声の精霊具に向けて語り掛けるように話し始めた。


「我の提案とは、今現在の魔族に抵抗し、その領土の侵食を食い止める事を目的とする、冒険者による対魔族勢力『黎明軍』の結成だ」


 我は言葉を紡いでいく。


「帝国、共和国が保有する軍による領土防衛は熾烈を極め、奮戦虚しくも徐々に領土を侵略されている。昨今、魔族幹部の出現により甚大な被害を受けたのは記憶に新しいだろう……」


 そこで我は大きく息を吸って言葉を切る。

 そして今度はゆっくりと、だが力強い言葉で冒険者に呼びかける。


「……冒険者の諸君! このままでは大陸は瘴気に浸食され、やがて人は根絶やしにされてしまうだろう! 今こそ我ら冒険者は各国軍と連携し、一つの軍として立ち上がる時だ! ……我はここに『黎明軍』を発起する! 各国の首脳陣は加入を希望する諸君らの後ろ盾となることを約束している!」


 我はさらに声を張り上げた!


「黎明軍には、聖都より誕生した勇者クサビが率いる、希望の黎明も加わっている! 我らは勇者の意志を同じくする同志である! 共に世界に光を取り戻すのだッ! ――諸君ら冒険者に問う!」


 我は両手を広げ、力強く叫んだ!


「我らは救世軍……勇者と共に征く者だ! 栄光を求める者、失い難きものがある者、魔族に報いようとする者よ、参集し共に立て!」


 我は手を掲げながら、最後に声を発した。


「我は奔放の魔術師チギリ・ヤブサメ! ――我は『黎明軍』を束ねるものなりッ!」

「「おおーーっ!」」


 玉座の間に雄叫びが響き渡る。

 我の背後の首脳陣は皆一様に声を上げ、横に控えていたサヤ達希望の黎明も大声を張り上げていた。


「うむ! では冒険者諸君! 黎明軍に参加する者は直ちに最寄りギルドに表明せよ!」


 皇帝の号令で締めくくられ、投影の精霊具は停止されるのだった。




「チギリよ、良い演説であったな」

「有難う御座います」


 蜂起演説を終えて、皇帝が一声すると、その場の皆は一息ついた。

 これにより、各地の冒険者ギルドでは、冒険者が黎明軍加入の為に殺到しているだろう。そう願う。


「お疲れ様でしたわ、チギリ。わたくしも胸を打たれましたよ」

「ふふ。やはり慣れぬ事ではあったがな」


 アスカが我のところまで歩み寄り労う。我は苦笑して肩を竦めた。


 加入した冒険者のこれからの行動はギルドの方に通達している。街の防衛に就く者や、前線に赴く者と、部隊単位で動き出すことになる。

 その管理もしなければならないが、やってのけねばならない。


「……ここからだ。そちらはどうだ……クサビよ……」


 我は、遥か過去へ消えた弟子に向けて思いを零すのであった――――。

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