Ep.293 精霊暦の魔術
翌日、僕達はドーントレス前哨基地を出立することになった。
既に何部隊かの合同軍の小隊や冒険者パーティが、一足先に亡者平原に向かったらしい。その中にはお世話になった『漣』のメンバーもいるようだ。
……僕はこの時代の魔術師の認識を、ここで再度改める事になった。
「皆さん! よろしくお願いします!」
僕は自分の荷物を背負って元気にアズマ達に挨拶する。
「張り切っているねクサビ。……だが、その荷物を背負っていくのか?」
「え? はい……」
何故か皆が不思議そうな眼差しを僕に、というより僕が背負っている荷物に向けている。
よく見ると皆、荷物の類を持っていない事に気付く。
これから旅立つというにはあまりに身軽な様子だった。
きょとんとする僕にサリアが歩み寄る。
「もしかして……『収納』も伝わってないのでしょうか……」
「しゅう……のう?」
サリアが残念そうな表情をしながら驚く。だがすぐに気を取り直して柔和に微笑むと僕に教えてくれた。
「魔術師にとっては、当たり前に習得している魔術よ。光属性と闇属性の混合魔術に『次元属性』というものがあるの。それでね――」
サリアの収納魔術についての説明によると、魔術で空間に異次元への入口を作り出し、その中に荷物と入れて保管できる、次元属性上級魔術だと言う。
そんな収納方法聞いたこともない。おそらくチギリ師匠すら知らないだろう。……知ってたら絶対使ってるもんな。
僕が思っているより、太陽暦になってからの500年で失われた魔術は多く、魔術界においては大きな損失をもたらしていたようだ。
平和過ぎたが故の衰退なのか……。でもそれでも、平和は何物にも変えられないけれど。
「――というわけで、クサビの荷物も保管してしまいましょうね」
「はい! ありがとうございますっ」
サリアが僕の返事に対して頷いた時には、既に彼女のすぐ横の空間には異次元へのゲートが開いていた。
そして僕から荷物を受け取ると、その中に入れていき空間は何事も無かったように消えていった。
身軽すぎる事に激しい違和感を覚えながら、僕は目の前で起きた光景に感動していた。それと同時に、これが僕の時代でも残っていたらと思うと本当に悔やまれる。そんな思いが交差していた。
「旅に魔術師が居なかったら、クサビみたいに荷物を背負って歩いて行くことになっただろうね。サリア、いつもありがとう」
「ふふふっ。どういたしまして」
アズマが爽やかに礼を言い、それを受けたサリアは淑やかに微笑む。その頬はほのかに紅潮していた。
「サリアならではの技もあるしな。私にとってはそちらの方が特に有難く思っているよ。――サリア、クサビに見せてやるといい」
シェーデがそう告げると、サリアは頷いた。
「私ならではじゃないけど……そうねっ! ……では、皆さんを飛べるようにするわねっ」
そう言ったサリアは杖を僕達の足元に向けて振った。
すると足がふわりと浮かび出した!
「……わわわっ!?」
僕は転んでしまうのではないかと、慌てて手足をバタバタさせる。
……しかし転倒することはなく、僕は宙に浮かんでいた……。
「普通、魔術師は自分で飛ぶ事は出来るけど、私は人を飛ばすことができるの。…………あれ? もしかして、飛ぶのも初めて?」
サリアは僕の様子を見て驚いている。
こっちの時代では僕の反応は普通じゃないらしい……。
周りを見ると、アズマ達はさも当然のように浮かんでいた。僕の反応に苦笑している。
「と、飛ぶのは初めてですよっ……! 僕の時代では……飛んでる人なんて一握りで…………おっとと!」
「それは……難儀な時代なのだな……」
なんとかバランスを取ろうとしている僕を横目に、シェーデが驚愕の声を漏らした。
「クサビの時代では魔術が衰退してしまっているのね……。なんて嘆かわしいのかしら…………」
「平和ボケが人を弱くさせたんだろうよ」
サリアの驚嘆にウルグラムが興味無さげに吐き捨てる。
その間に僕はなんとか、宙でバランスを保つ術を身につけていた。感覚でなんとかなりそうだぞ……!
「お、クサビも慣れてきたみたいだ。じゃあそろそろ行こうか」
「が、頑張ってついて行きます!」
アズマは僕に、ふふっと笑ってギュンと飛び立った。
ウルグラム、シェーデ、デインがそれに続き、サリアは僕の手を取って穏やかに微笑んだ。
「飛び立つイメージを持ってね。慣れるまで私が手を握っているから、行きますよー?」
……まさに聖女の如き笑みだ。
「よ、よろしくお願いします……!」
そうして僕はサリアに手を引かれ、空高くへ飛び立つのであった。
そして上空を凄いスピードで進んでいく。
雲よりも高く上がり、強い風を顔面に受けていた僕は、思わず目を閉じてしまっていた。
「見てごらん? クサビ?」
「…………うぅ?」
恐る恐る目を開けると、目の前には美しい青空が視界いっぱいに広がっていて壮観な景色が飛び込んでくる!
魔族領から離れると、薄暗かった空も青色を取り戻していた。
「うわぁ…………っ!」
空を飛ぶというのはとても気持ちがいいもので、僕はすっかり感動してしまった。
「ふふっ。空からの景色は、とても綺麗でしょう?」
僕が目を輝かせて景色を見ていたら、隣で見ていたサリアが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、そろそろ手を離してみましょうか」
「えっ……、あ……はいっ!」
サリアが手を離すと僕は少しよろめいてバランスが崩れそうになるが、なんとか自分で体を固定した。
「うんっ! ちゃんと出来てるよ!」
「〜〜〜っ!」
僕は慣れないながらも、自分の体を安定させるのに成功していたようだ。
「これなら大丈夫そう。……今は私の魔術で飛べるようにしてるけど、進むのには自分の魔力を使っているの。だから一時間程進んだら、降りて休憩を繰り返すのよ。その調子で着いてきてね?」
「わ、わかりました! 頑張ります!」
そこから僕達は亡者平原までの道のりを飛翔して行くことになった。
始めこそ上手く前に進まず四苦八苦していたが、やがて感覚にも慣れ、皆と同じ速度で飛べるようになった。
少し先を行くアズマ達を追うように、僕と、僕に付き添ってくれるサリアは進む。
歩くよりも何倍も早く移動出来て、しかも身軽……!
この時代の魔術の技術が、本当に凄まじいことを体感していたのだった。
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