Ep.292 思い知る現実
サリアから解放された僕は、改めて精霊暦の勇者パーティ『赫灼』のメンバーに向き直った。
これから僕はそのパーティに一時的に加入することになる。思えば、精霊暦の勇者と、未熟ながら太陽暦の勇者の僕が邂逅することに、感慨深い思いを抱いた。
僕ももっと強くならなければならないんだ。アズマから色々学んでいこう。
「よし! じゃあ魔王の封印に足る力を探しに行くとするか」
「……はい!」
と僕は気合いを込めて返事をすると、勇者アズマが苦笑した。
「……と、言いたいところではあるんだが、現状、すぐにそれに動き出すのは難しいんだよ……」
「えっ」
「はは、すまない。――クサビには今の現状を説明しておかないと行けないな」
そう言うと、アズマは僕にソファに座るように促し、僕はそれに従った。
アズマ達は、各国の魔王討伐軍や有志の冒険者と共に魔王討伐に向かい、これを封印した。
しかしそこで世界は平和になったと、御伽噺のようにはいかなかった。
統制を失った魔物は破壊衝動のままに周囲に展開する味方部隊を襲い始めた。弱体化したとはいえある程度の知能を有していてその数は多く、十分な脅威であることに変わりない。魔王封印の後人類はその魔物の対応に追われることになったのだ。
勇者達は友軍と共に、ここドーントレス地方の魔物の群れと対峙し、これを撃滅。
僕は転移後、その残党を掃討する為の冒険者パーティの一団に遭遇したという事らしい。
まだ脅威となる魔物の群れは残っている為、それを討伐してからでなければ勇者達も自由に動けないという。
魔物をなんとかしてからじゃないと、僕の目的の為に動くことは出来ないなら、まずは勇者達の力になるべきだ。
「わかりました。……それで、まずはどこに魔物を殲滅しに行くんですか?」
「ここから西に行った先にある、広大な平原だよ。ここは長らく人と魔族の戦いで、多くの死者が出たことから通称『亡者平原』と呼ばれている」
勇者アズマは地図を広げて、そこに記された平原の位置を指さした。
どうやらここは北西大陸の東部、僕の時代でいう、リムデルタ帝国と魔族領の境目に位置しているようだ。
魔族領の位置は変わっていないようだ。500年の間変わらず魔族領はそこにあり、大地を黒く染め上げていたのか。
封印されてもなお、魔王という存在が魔族領を存続し続けたということなのか……。
大地に光を取り戻すには、やはり魔王を討滅しなければ完全な平和は訪れないんだ……。
「僕らは元々、ここの戦線は終息に向かっていると判断し、明日には亡者平原に向かって、そこで戦う部隊に加勢するつもりだった。クサビにはすまないが、そちらを優先させてもらいたいんだ」
アズマが申し訳なさそうに眉尻を下げて告げた。
「そんな! 僕の無理に力を貸してくれるだけでも有難いんですから、そっちを優先するのは当たり前ですよ……! 僕にも是非協力させてくださいっ!」
「……ありがとう。助かるよ」
アズマは涼やかな笑顔を向ける。
「じゃあ、明日は西に向かう事になるからね、その前にクサビの実力を確かめておきたいな」
そう言うとアズマはソファから立ち上がった。すると他の仲間も立ち上がったので僕もそれに倣って腰を上げる。
「ちょっと、行こうか?」
「あ、はい!」
僕はアズマ達と一緒に、ドーントレス前哨基地の外に出て、荒野にやってきた。
周囲には僕達以外の気配はない。
「ここなら大丈夫だろう。……じゃあクサビ、君がどれだけ戦えるのか……未来の勇者の力がどれほどのものか見せてくれ」
「わかりました!」
僕は解放の神剣を抜いて構えた。
「じゃあ、まずはサリア。君が相手してくれるかな?」
「えっ、私? ……わかったわ」
サリアが相手をするのか……。
でもサリアはヒーラー寄りの魔術師で、アスカさんに近いと思う。果たして僕の速度に対応できるだろうか。
……きっとこれは小手調べというやつなんだろう。
いや、油断は出来ない。魔王と対峙した相手だぞ!
僕は気を引き締めて、剣を強く握りしめて相手を見据えた。
「では、行きますよっ!」
「はいっ! いつでもどうぞっ」
僕は強化魔術を解放させて、サリアとの距離を瞬時に詰める!
サリアまでの距離はあと数歩というところ。
そこでサリアが動いた!
「……えい!」
サリアが杖を掲げると同時に地面が隆起し、土の槍が僕の行く手を阻んだのだ!
僕は急停止して飛び退く! そして土槍を飛び越えるように跳躍した!
「――っ!」
いない! 土槍の奥に居たはずのサリアの姿が何処にもないのだ。
僕は空中で周囲を見渡しながら警戒するが、一先ず着地する。
――ズブリ
「うわっ!?」
突然僕の足下に泥濘が発生し、僕の足を完全に飲み込んだ! 泥沼に為す術なく体を飲み込まれ、脱出しようともがいた……!
そこに背後から足音がゆっくりと近づき…………。
「……えいっ」
と、サリアの声と同時に、ぽかっと僕の頭を軽く杖で小突かれた…………。
「…………」
「私の勝ち、ですねっ」
僕は唖然としながら、恐る恐るアズマに視線を移していく。
「ふーむ。スピードは悪くない、かな。ははは」
アズマの乾いた笑いが心に染みる……悔しい……。
その後泥沼から助け出された僕は、サリアから装備についた泥を水魔術で払ってもらっていたのだった。
「汚しちゃってごめんね? クサビ君……」
「いえ、いいんですよ……」
サリアは杖から温風を出して僕の服を乾かしながら頭を下げる。僕は逆に申し訳なくなって首を振った。
まったく歯が立たなかった……。相当に手加減されて手込めにされたような、情けない程の敗北だった。
これでも今まで苦難を乗り越えて強くなったつもりだったが、認識を改めないといけない……! こんな体たらくではアズマ達に見限られてしまう!
僕が意気消沈していると、サリアが慌てて僕を元気づけようと狼狽えて、そこにアズマがやって来て僕の傍に腰掛けた。
「そんなに落ち込まないでくれよ。……ただ正直、クサビが来た500年では、かなりの戦闘の技術が落ちてしまっているのを感じてしまった。この時代の剣士は魔術師相手にこそ慎重だからね」
「どうやらそのようですね……。サリアが突然姿を消したのは驚きましたし、僕の時代の魔術師にそんな芸当が出来る者がどれほどいるか……」
500年の間でここまで差が開いているとは思っていなかった。僕は臍を噛んで歯噛みする。
「でも、クサビ君のスピードには正直焦ったのよ? ……だから、戦える力はあると思うの。こちらの認識を合わせていけばきっと渡り合っていけるはずだわ!」
サリアの優しさが身に染みる。もっと頑張らないと。
そして僕は決意と共に、勇者達を振り返った。
「皆さんを驚かせるつもりで挑んだのですが、逆にこちらが驚かされてしまいましたね……。まだまだ未熟です……。でも、次は必ずご期待に沿えるような働きをします……!」
「うん。僕らもクサビを鍛える為に協力するから、頑張ろう」
アズマが爽やかな笑みを浮かべて僕の肩をポンと叩く。
僕はそれに頷いて答えた。
「――おいクサビ。俺は雑魚には教えん。俺と手合いてぇなら強くなれ」
「……はいっ!」
ウルグラムの眼光に見据えられた僕は、より決意を強める。ウルグラムはきっと僕よりも何倍も強いはずだ。教えを受けられるように頑張らないと!
「ん。もうこんな時間か」
シェーデが空を見上げていた。つられて空を見上げると、徐々に暗がり始めていた。
「おお、そろそろ戻ろうか。明日は出立だし、今日はゆっくり休もう」
皆はそれぞれ返事をすると、前哨基地への帰路に踵を返すのだった。
僕にとって今日という日は、多くの課題を残す事となった……。
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