Ep.291 Side.S 中央孤島を離れて

 ……私は拠点の自分の部屋で目を覚ました。

 魔力枯渇の影響か、それとも最愛の人が遠くへ行ってしまったことの喪失感か、私の頭の中に靄がかかっているようにぼんやりとしていた。


「クサビ…………」


 魔力枯渇で気を失う直前に見た彼の後ろ姿を思い出す。

 この世界の人々の希望となったその背中には計り知れない程の期待が重くのしかかっていたのだろう。


 それでも彼は怯むこと無く過去へのゲートに飛び込んで行った。



 私はいつの間にか流れていた涙に気付いて、腕で目を覆ってせき止める。


 分かっている。めそめそしている場合じゃない。

 この時にもクサビは一人遠い過去で懸命に使命を全うしようとしているのだから。


 私はクサビが帰ってくるこの場所を、この世界を守らなければ……!


 私は寂寞の思いを振り払い、体を起こした。



 部屋を出て拠点の広場へ向かう。

 そこには既に皆が集まっていた。どうやら最後に目覚めたのは私だったみたい。


「あ……。サヤ、目覚めたんですね」

「おはよう、マルシェ。皆も」

「おう。もう大丈夫そうだな」

「さぁや、おはよ」


 リーダーを欠いた希望の黎明の仲間達が微笑んでくれる。

 傍にはチギリ師匠達もいて、朝食を取っているようだった。

 魔力枯渇から目覚めて本調子じゃないのか、辺りの騎士達もどこか活気がなかった。

 皆の傍に腰掛けると、チギリ師匠が私に朝食を持ってきてくれた。


「サヤ、魔力は回復したようだね、ほら、これを食べるといい」

「師匠、ありがとうございます」


 スクランブルエッグとバターが乗ったパンだ。

 私はパンを一口サイズにちぎって口へ運ぶ。


 心做しか皆会話が少ない気がする。

 他愛のない会話をぽつぽつとしているくらいだ。

 やっぱりクサビがいない朝は、いつもと違う調子だからかしら……。


 時間の転移だから、もしかしたら過去に跳んだクサビが、直ぐに逞しくなった姿で帰ってくるかもと、頭の中のどこかでは期待していたけれど、やはりそうはならないみたいだ。


 結局その日の朝食は、そんな調子で静かに済ますことになったのだった。



 朝食の後、私達はチギリ師匠達と、アランさんと今後について話し合うことになった。


「我々の任務は完遂致しました。よって第5騎士団は聖都に帰還することになりますが、勇者殿のパーティの方々は、この後如何なさるおつもりですかな?」


 アランさんが私達に訊ねる。

 この後のことを考えていなかったわね……。


「そういえば、考えていませんでした……。皆、どうしよう?」

「うーむ……。そうだな……」

「わたしは、皆についてく」

「……こういう時、いつもクサビが決めてくれていたんですよね……」


 私達は改めてクサビが、今まで私達を引っ張ってくれていたのだと実感する。


「ふむ……。ならば我らと共に来るか? 戦力は少しでも欲しい」


 皆で悩んでいると、それに見かねた師匠が私達に道を提示してくれた。


 私達の目的は、過去へ行くことだった。クサビがそれを果たした今、私達の次の指針は何も無い状態だ。

 ならば師匠に協力し、間もなく発足される新勢力に参加するのがいいと思う。


 私達は相談の末そう結論付けた。師匠の提案を受けることにしたのだ。


「はい。私達も帝国へ行きます」

「宜しいんですのね? わたくし達の征く道は危険ですわよ……?」


 私達の決意を示すと、アスカさんがその決意に偽りがないか、是非を問う。

 私は皆を代表して強く頷いた。


「百も承知です! クサビも過去で頑張っているんですから、私達も力にならないと……!」

「……分かりましたわ。共に参りましょう!」


 私達とチギリ師匠達は向かい合って決意を同じくした。

 その様子を見守っていたアランさんが言葉を紡ぐ。


「……了解致しました。では勇者パーティの方々も転移で帝国へ向かわれるのですな。では支度が出来ましたら我が艦へ参りましょう」

「はい! アサヒを置いては行けませんからね……っ」


 話は一度区切りとなり、私達は師匠達と共に、一度その場を後にした。



 広場に戻った私達とチギリ師匠達は、今後について話をすることになった。

 師匠達と行動を共にするという事は、これから魔族の侵攻を食い止めるための戦いに身を投じるという事。

 クサビが目的を果たして帰還するまで、もともと止まる気はない。私はクサビの意志を代行するだけよ。

 私だって希望の黎明の一員なのだから。


「諸君、我々はこれから帝国に戻り、新勢力発足を全世界の都市に公表する予定だが、既に裏で手回しし、我ら『黎明軍』に参加するため各地の実力ある冒険者が動き出している」


 黎明軍……。それが師匠達が発足する勢力の名前なのね。私達と志を共にする、いい名前だ。


「世界中に公表すれば、その他の冒険者も集まるだろう。これから忙しくなる。希望の黎明の諸君が力を貸してくれるならば有難い」

「もちろんです! 皆も同じ気持ちですから、これからもよろしくお願いしますっ」


 私達は師匠達に頭を下げる。

 そこにアスカさんが歩み寄ってきて、私の肩に手を添えた。


「水臭いですわよ! わたくし達は既に同志。力を合わせて参りましょう〜!」

「共に参ろうぞ」


 ナタクさんも微笑みながら頷いた。


「よっしゃ! やってやろうぜ!」

「はい。魔族にこれ以上大地を侵させませんっ」

「おなかすいた!」


 私達は一斉にウィニを小突く。

『びゃん!』という呻き声が響き、チギリ師匠達を失笑させた。



 その後、決意を固めた私達はアランさんの元へ戻った。

 既に拠点では撤収の準備が進んでいて、騎士達が慌ただしく動いていた。拠点自体はまた使う時が来るかもしれないから、物資だけ運び込んでいた。



 そして私達は中央孤島から撤収を始めて、艦まで戻ってきた。

 馬車と一緒にお留守番をしていたアサヒも連れていくためにここまで戻り、ここから師匠の精霊具を使って帝国まで共に行く手筈になっている。


 そして随分助けてもらった第5騎士団の面々との別れが訪れた……。


「希望の黎明、そして黎明軍の武運長久をお祈り致しますぞ。そしてまた、共に」

「本当にありがとうございました、アランさん、皆さん!」


 アランさん達が、一斉に美しく整った敬礼で私達を見送ってくれた。

 次に会うとしたら、どこかの戦場で共闘する時になるのだろう。


「……では征くぞ」


 チギリ師匠が短くそう言って私達は頷き師匠の傍に集まった。

 そして師匠が精霊具を掲げて起動すると、眩い光が生じて私達を包み込むのであった……。

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