Ep.290 赫灼

「――君の名前を教えてくれるかな?」


 勇者アズマが僕を見据えている。涼やかな声の奥に何処か警戒するような、そんな気配を感じる。


「……僕の名前はハクサ・ユイです」


 僕は偽名を名乗る。

 だけどそこで僕は口を噤んだ。


 ――本当にそれで良いのか?

 僕の解放の神剣の力を復活させる為には、勇者達の協力が絶対に必要だ。

 一人で魔王に立ち向かえる力が僕にはない……。


 ここは勇者達には、本当のことを告げるべきなのではないか…………?

 何より、偽り続けながら協力してもらおうなんて、図々しい上に不義理な真似を、僕自身がしたくない!


 僕は意を決して言葉に覚悟を乗せた。


「…………いえ。すみません。それは偽りの名前です。――僕の本当の名は『クサビ・ヒモロギ』。ある目的の為に、貴方々を探していました……!」


「ヒモロギ……」


 勇者アズマが目を見開き、僕と勇者の共通の名を呟く。

 隣で聖女サリアも驚きを隠せないといった様子で僕と勇者アズマを交互に見ていた。


「……はは。これは驚いたな……。僕と同じ姓を持つ者が居るとは。……僕の記憶では僕の親戚に君のような少年はいない筈なんだが…………」


 僕の言葉に勇者アズマは額に手を当てると、困惑した様子を見せる。


「それはそのはずです。……僕は、貴方の遠い子孫なんですから」

「…………」


 勇者アズマは僕を見据えて真意を探ろうとするかのような眼差しを向ける。

 突然こんな突拍子も無いことを言われたら、怪しんで当然だ。

 だけど、僕には本当のことを告げるしか出来ない……!

 信じてもらえるのか……?


「……君は只者じゃないと思っていたんだ。その剣を持っていたから……」


 勇者アズマは、僕の剣に視線を移して言葉を続けた。


「その剣は偽物でも、二本目の神剣でもない。紛れもなく僕が持っている剣と全く同じものだ。その剣に宿る微かな魔力が僕にそれを告げているんだ」


「はい。僕この時代より500年後の未来から来た、勇者を継いだ者です。この剣は、僕の手に渡るまで代々守り継がれてきたんです」


「……にわかには信じがたいが……嘘は言っていないようだね……ははは……」


 勇者アズマや仲間達は唖然としていた。

 それもそうだろう。未来からの来訪者を前にして、信じられないのも無理はない。


 僕は固唾の呑んで勇者アズマの言葉を待った。



 だがそこで発言したのは別の人物だった。


「……その剣の中の力の残滓。彼女の気配に間違いない。こんなこと、複製など不可能だ」


 黒い布で目を覆い隠している小柄の男性、デインさんが淡々と答える。

 彼女、とはおそらく退魔の精霊の事だ。


「デインが視たなら間違いないんだろう。どうやら君を、未来からの来訪者と信じる以外にないみたいだ」


 僕は内心でほっとした。

 信じて貰えなかったら、この先どうすればいいかわからないからだ。


「あ、ありがとうございます……!」


「ああ。……じゃあ、君の目的を話してくれるかい? どうして時を越えてまで僕達に会いに来たのかを」

「はい。実は――――」




 僕は勇者達にここに至るまでの経緯や事情、目的を包み隠さずに打ち明けた。


 500年後、魔王の封印が解け、世界は混沌に溢れていること。

 両親と故郷を魔王に奪われ、託された神剣の伝承を調べ、魔王を打倒するための旅に出たこと。

 解放の神剣の力の正体が退魔の精霊であること、そして退魔の精霊の力を取り戻す方法は現代には既になく、過去へ行く必要があったこと。

 そして神剣の力を取り戻すには、過去……つまり今の時代で魔王に施した封印と同等の封印手段を探し出すこと。その上で魔王の封印を解いて力を取り戻し、魔王を再び封印するということを……。


 僕は時間を掛け、これまで歩んできた旅を全て話した……。

 勇者達は皆それぞれに腰を下ろし、僕の話に真剣に耳を傾けてくれた。

 そうして全てを話すと、僕は頭を下げた。


「話を聞いて頂き、本当にありがとうございます。……そしてどうかお願いします……! 僕に力を貸してください……っ!」


 勇者達は一様に沈黙していた。

 だが勇者アズマは大きく頷いた後、ニコリと微笑んだ。


「……本当に困難な道を歩んできたんだね……。君の話を信じるよ」

「…………ッ!」


 僕はハッとして顔を上げる。そして熱くなる目頭を必死に抑えて……。もう抑えきれずに顔を逸らした。


「くぅっ…………っ!」


 涙がとめどなく溢れて僕は嗚咽を必死に抑えようと歯噛みした。ようやく一つ報われたような気がしたのだ。


「――〜っ!」


 その時、僕は突然何かに包まれた。

 温かくて柔らかく、いい香りが僕を包んでいたのだ。

 これは昨日もどこかで同じような……。


「――辛い旅を……してきたのね…………! よくここまで……うっうっ……!」


 僕は聖女サリアの胸に抱き寄せられていた。

 僕の為に泣いてくれる女性の温もりに安らぎを感じながらも、恥ずかしさが湧き上がってきて距離を取ろうとしたが、思いのほか聖女サリアの抱擁からは逃れられなかった。

 あ、息できない……。


「ああ、また聖女様の母性が暴走してしまったぞ? アズマ?」


 シェーデさんが冗談めかしておどけている。

 

「聖女って呼ばないでったら〜! ――だってお父さんもお母さんも魔王の犠牲になって、そのうえ故郷だって……!」

「ははは……。そろそろクサビ君を離してやらないと、クサビ君が大変な事になるよ?」

「……え? ――あっ! ご、ごめんなさいっ」


「…………いえ……大丈夫です…………」


 あと少しで窒息するところだった……。



 聖女サリアから解放された僕はソファに座り直した。

 僕は勇者達に信用されるに至った。

 そして今度は、ここからどうするか、である。


「クサビ君の目的は理解した。……だが、封印の代用を探す……か。残念ながら僕はその心当たりを持ち合わせていない。そして、それを見つけたとて、ようやく封印に追い込んだ魔王を、力を取り戻すためとはいえもう一度解き放つことになるのは……正直難儀だよ」


 勇者アズマは眉間に皺を寄せて腕を組む。


「はい……」


 しばし勇者アズマは唸って考え込むと、しばらくして口を開いた。


「皆はどう思う? もう一度魔王と対峙する事について」


 勇者アズマは周囲を見渡して仲間達に意見を乞う。

 最初に言葉を紡いだのはサリアさんだった。


「……私はクサビ君の力になりたい。人々が苦しむ未来が訪れることを知ってしまったから……。もう放っておけない…………」


 僕の隣に座った聖女サリアが僕の手をぎゅっと握る。


「俺は、もう一度魔王のヤロウをぶん殴れるんならやってもいい。――あん時の雪辱を晴らしてやる」


 そういって闘志を剥き出しにしたのは、灰色の髪の大男のウルグラムさんだった。


「……そうだな。我々の時代で仕損じた事を、子孫の代に精算させるというのは後味が悪いと思っていたよ。せめて力になれるというのなら、私は少年に乗ろう」


 シェーデさんが僅かに口角をあげて僕を見た。


「…………皆に同行する」


 と短く言ったのはデインさんだ。


 皆の返答を聞いて、勇者アズマは笑顔で頷いた僕に向き直った。


「……うん、そうだね。……本当言うと僕も、魔王を倒しきれなかった事が心残りだったんだよ。でも未来で僕達の悲願が果たされるのならば、やろう!」


「皆さん……っ! ありがとうございます!!」


 僕はまた深く頭を下げる! 勇者達の協力を取り付けることに成功したんだ……!


「よし。ならばこれからは君も僕らのパーティの仲間だ。よろしく。ようこそ『赫灼(かくしゃく)』へ!」

「もうほとんど『勇者パーティ』って言われちゃいますけどね、ふふっ」


 僕は勇者アズマから差し出された手を取り、力強く握手した。


「皆さん、よろしくお願いします!」


 皆それぞれの反応で、僕を歓迎してくれた。


「じゃあ君の事はクサビと呼ばせて貰うよ。その代わり僕らの事も勇者とかじゃなく、名前で呼んでくれると嬉しいよ。いいかな?」

「はい! ……あっ! えっと、他の誰かがいる時は『ハクサ・ユイ』でお願いします……」


 僕は慌ててアズマに願い出る。

 クサビの名前がこの時代で広まると未来が変わってしまいかねないことを懸念しての事だ、と説明した。


「……そうか。いろいろ制約がありそうだ。わかった、誰かがいる時はハクサと呼ぶよ」

「ありがとうございます!」


「その偽名の由来はなんなのだ? 名前にしては変わっているが」


 シェーデがなんとはなしに疑問を口にする。

 僕は自分の胸に手を当てて、言葉を紡ぐ。


「……両親です。父ハクサと母ユイの名と共に……と」

「……そうか。良い名――――」

「――――〜〜っ!」

「――ぶっ」


 突然視界がブレたと思ったら、僕はまた母性を暴走させたサリアの胸の中で抱きしめられていた。


 皆の笑い声が聞こえる中、僕はもがきながらも仲間の温かさを痛感していたのだった。

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