Ep.289 伝説との邂逅
勇み足で勇者のもとに向かったものの、人集りに阻まれてやはり近付けない。
もうすぐそこに居るのに!
なんとしても話をしなきゃいけないのに……!
「勇者様……! どうかお話だけでも……!」
「――オイなんだ小僧! ……引っ込んでろッ」
「――うわっ!」
諦めずに勇者に近付こうとすると、近くにいた冒険者に僕は蹴飛ばされてしまった!
僕は尻もちをついて立ち上がろうとしたが、急に視界が歪んでバランスを崩して倒れてしまった。
きっと飲み慣れない酒を一気に飲み干したせいで酔いが回ってしまったんだ……! こんな時に……僕は……!
「ううう……」
「――いけないっ!」
不意に誰かが駆け寄ってきて、僕は抱き抱えられた。
……頭には柔らかな感触。そしてなんだかいい香りがした。
辺りがザワついている。……なんだ? 僕は今どういう状態なんだ……。
「頭を打ったのですか!?」
「……君、大丈夫かい?」
朦朧とする中目を凝らして見ると、目の前には栗色の髪の綺麗な女性が、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
そしてその後ろには…………。
「……勇者……さま……」
僕はそう言葉を発すると、途端に睡魔に襲われてしまい、意識を手放した――――。
「――おい、君! …………眠ってしまったね」
「酔い潰れてしまったのかしら。……怪我じゃなくて良かった……」
大きな音がしてそちらを見ると青髪の少年が倒れていて、サリアが慌てて駆け寄った。僕はその後を追ったのだが……。
サリアに抱き抱えられたその少年は、酩酊状態だったようで、既に眠っていた。
大事に至らなくて良かった。
周りが騒いでいたが、僕はそれを宥める。
それにしても、僕と同じ髪色だ。こんな少年居ただろうか?
「アズマ、この子どうしましょう……」
少年を抱き抱えているサリアが困り顔で見上げてくる。
介抱はここの店主に任せてもいいかもしれない。
そう言おうとした時だった。
僕の目に少年の剣が飛び込んできたのだ。
僕の剣と瓜二つの剣だ。
だがそんなことは有り得ない。
この剣は魔王を討つ為に僕達が精霊達の力を借りてようやく作り出した、世界に一振しか存在しない神剣だからだ。
本当に僅かだが、微弱な魔力を剣から感じる。この魔力の気配も、唯一の精霊のものだ。その魔力を僕が間違えるはずは無い。
……この少年の剣は、偽物じゃない。
僕はこの少年に話を聞かなければならない。
「……あの、アズマ?」
「――! あ、ああ。この子は僕らが介抱しよう」
「ええ、そうね」
「ウル! 悪いがこの子を運んでくれるか?」
向こうで酒を飲んでいるウルグラムに声を掛けると、ちょうど飲み干したウルが面倒そうにやってきた。
「……なんだ? コイツ持ってくのか?」
「ああ、少し気になることがあるんだ」
「しゃーねぇ……なっと!」
ウルが少年を肩に担ぐように持ち上げる。
さて、この場の収拾付けないとな。
「すまない、騒がせたようだ。僕達はこれで失礼するが、皆はどうか楽しんで行って欲しい」
そう言うと周囲から惜しむ声が届くが、僕は構わず仲間達に声を掛ける。ウルとサリアは酒場のドアに既に向かっていた。
「シェーデ、デイン、行くよ」
「来たばかりだというのに、忙しいな」
「……了解」
そして僕達は酒場を後にして、少年を連れて僕達の宿泊用の施設まで戻った。
「う、う〜ん…………」
目を覚ますと、見慣れない天井が視界に写った。
……ここは、何処だろう……?
「あ、目覚めましたか?」
すぐ近くから声がした。
「ん……。サヤ?」
僕は起き上がって振り向く。
そして僕の想像の相手とまったく違う女性を見た途端、ぼやけていた意識が急激に鮮明になっていった。
白い法衣のようなローブを着た女性だ。酒場で僕を抱き抱えてくれた人だ……。
「……あ! す、すみません!」
……そうだ! ここは過去……。サヤがいるはずが無い!
僕は声の主に頭を下げた。
「お気になさらないで。それより、大丈夫ですか? 貴方は昨日酔い潰れてしまったんですよ? 覚えてる?」
「は、はい……。ご迷惑をお掛けしてすみません……」
そうだ。酒場で勇者を見掛けて僕は…………。
……勇者に話をするチャンスをみすみす逃がすなんて……! 僕は馬鹿だっ!
僕が臍を噛んでいると、女性は穏やかな笑みを僕に向け、手を差し伸べて言った。
「じゃあ、私と一緒に来てください。さあ」
「えっ、は、はい……」
僕は女性の意図が分からず手を取って、その部屋を後にした。
部屋を出てすぐ隣の部屋に通されると、そこは応接間のような部屋で、僕と同じ色の髪をした男性がソファに座っていた。そして他にも大柄な男性と、小柄な男性、凛として立っている女性の姿もあった。
「あ! 貴方は……!」
「やぁ、君が起きたと聞いてね。待ってたよ。……僕のことを知ってるかい?」
僕と同じ髪の色の男性は、優しげにそう言葉を投げかける。
「……はい。勇者アズマ様です」
僕は緊張しつつも返事を返した。
「……さあ、座って?」
「……ありがとうございます」
女性に促されるまま、僕はソファに座る。
僕が座ると同時に、女性は勇者の隣に腰掛けた。
勇者と一緒に行動しているあたり、もしかしてこの女性が聖女サリア……『サリア・コリンドル』だろうか……。
「き、昨日はご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした!」
僕は立ち上がって深く頭を下げて謝意を示す。
「ははっ。気にしないでくれ。確かに君を介抱したのは僕らだけど、君に迷惑を掛けられたなんて思ってないんだ。……まあ、座って話をしよう」
勇者アズマは笑って僕の謝罪を受け入れてくれた。
心の広い人だ……。
そして僕はソファに座り直した。
「――じゃあ、まずは自己紹介からしようかな。僕らの事は知っているかもしれないけど一応ね。……僕は『アズマ・ヒモロギ』。勇者なんて呼ばれてるよ。……それで、隣に座ってるのが我らが聖女――」
「――そ、その呼び方やめてっ……! ……えーっと、私は『サリア・コリンドル』よ。魔術師なの。よろしくね」
赤面しながら勇者アズマに抗議したサリアが居住まいを正して僕に微笑んだ。
……やはりこの人が聖女サリア。
僕がこの時代に来るきっかけを作ってくれた人だ。
「それで、そこに居る大柄の剣士が『ウルグラム・カリスタ』。いろんな武器を使いこなせる凄いヤツさ」
「…………」
ウルグラムさんは僕を無言で眼光鋭く見据えていた。その迫力に思わず目を逸らしてしまった。
確か、獣人と人間の混血だというけど……それを聞ける雰囲気じゃないな。
「ははは……。――で、そこに立ってる桃色髪の女性が『シェーデ・ゼルシアラ』だ。盾の扱いに関しては右に出るものはいないよ」
「ああその通り。よろしく、少年」
「よろしくお願いします……」
ゼルシアラという事は、彼女がマルシェのご先祖様か。剣と盾を用いた、ゼルシアラ盾剣術の祖となる人だ。
マルシェの桃色の髪は代々受け継がれてきたものなんだなぁ。
「そして最後に、魔術師だけど時には接近戦もこなす『デイン・マナリス』だ。彼は目は見えないが、全てが視える。精霊との結びつきも強くてよく助けられてるよ」
「…………」
この小柄な男性、デインは聖都マリスハイムの王立書庫で読んだ文献の詳細にも詳しいことは書かれてなかった。確か精霊に育てられたとかなんとか……。
「はは、ウチの男性陣は無口でね……。――それじゃ、今度は君だ」
勇者アズマの目が真剣味を帯びたような気がした。
そしてそれは勇者だけでは無かった。隣のサリアを含めた勇者パーティの全員が、僕に視線を集中させていたのだった…………。
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