Ep.288 伝説との遭遇

 情報を得るにも先立つものがないと気付いた僕は途方に暮れていた。

 しばし頭を捻った結果、僕は手持ちの何かを売ってお金にすることしか思いつかなかった。


 何かお金になりそうなものを持っていただろうか……?

 僕は荷物袋の中をゴソゴソと物色する。

 手持ちの荷物は食料と、野営道具一色に、雨風を防ぐ長尺のフード付きマント。

 そしてこっちでは役に立たない、僕の生まれた時代のお金……。


 うーん。手放せないもの以外はめぼしいものはないな……。


 ……と、そこで僕は思い出し、別の袋を漁り始めた。

 取り出したのは、鋭く大きな爪だ。


 さっき取っておいてよかった……。


 この時代に転移した直後に襲ってきた熊のような魔物の素材を持っていたのだ。

 毛皮は剥ぐ時間はなかったが、爪や牙とかなら入手出来たから、これで少しは足しになってくれるといいんだけど……。

 冒険者という職業がある以上、この時代でも素材の買取所はあるはずだ。それを探さないとね。


 ……よし!

 僕は気合を入れて買取所を探すため、行動を開始したのだった。



「――すいません! 素材の買取はこちらで出来ますか?」


 その後僕はそれらしいお店を見つけて中に入り、カウンターに立っている男性に話しかけたのだった。


「ええ、承りますよ。見せて頂けますか?」

「はい!」


 よかった。ここで良さそうだ。

 僕が差し出したのは、魔物の爪の部位の数点と牙だ。


「査定致しますので、しばらくお待ちくださいね」

「よろしくお願いします!」


 お店の人は奥に下がっていき、僕はお店の中で待つことにした。


 そうしてしばらくすると店員さんがトレイにお金を乗せて戻ってきた。


「お待たせ致しました。ご提示頂いた素材の買取額はこのようになりますが、宜しいでしょうか?」


 僕はトレイを確認する。

 銀貨1枚と銅貨が3枚だ。


 あの魔物の素材の相場がわからないから、高いのか安いのか判断は出来ないので、僕はこの結果で頷く事にした。

 今はとにかく酒場に行く為のお金を手に入れることが先決だしね。


「はい! 大丈夫です!」

「ではこちらをどうぞ。またご利用くださいね」



 僕は買取所を出て、酒場を探すことにした。

 人通りの多い場所を巡っていればきっとすぐに見つかるはずだ!



 そうして探していると、何やら賑やかな場所に着いた。


 あった! 簡易的な施設だから看板は無かったが、ここで間違いないだろう。

 僕は建物の中へと足を進めた。


 中は酒場の風景に似ている。

 木造のシンプルな造りで、壁際にはテーブルと椅子が並んでおり、奥の方にカウンターが見える。

 僕はその店内を観察しながら歩いていき、適当な席を見つけて腰を下ろした。


 すると、僕の席の所に軽装の鎧を着けた女性がやってきた。


「ご注文は?」

「あ、えっと、オススメを一杯……」

「了解」


 僕は店員の風貌が気になりながらも注文する。


 よくよく考えると、ここは前哨基地だ。一般人が居るはずがない。おそらく前哨基地の施設運営は軍の人間やギルドから派遣された人達で行っているのだろう。


 ……気づいてよかった。



 僕が注文したオススメの一杯はエールだったようだ。

 僕は出されたグラスを片手に、店内の様子を窺いながら飲み始めるのだった……。


 そういえばお酒を飲むのは初めてだったので、僕は恐る恐る口に運んだ。

 …………ふむ。悪くない……かな?

 苦くて喉に絡みつくような感じだが、嫌いではないと思う。


 それに飲みすぎるのは危険だな……。

 僕はチビチビとグラスの中身を飲みながら周囲を注意深く聞き耳を立てていた。



 酒場は活気に溢れている。

 冒険者と思われる男達と兵士が混じって酒を酌み交わし、大声で笑い合っていた。


 僕もそのうちの一人として溶け込もうとしているのだけど、こう言った場の経験乏しい僕にとっては至難の技だった。


 収穫を得られないまま、グラスの中身だけが減っていく……。


「……ふぅ……」


 僕は大した収穫もないまま溜め息を吐いた。

 もう少しでグラスが空になる。

 酒場での情報収集は失敗だ……。全部飲んだら帰ろう……。


 そう考えながら僕は最後の残りを飲み干そうとグラスを持つ手に力を込めた――――その時だった。


「――ん?」


 ふと店内にどよめきが広がった気がした。

 何事かと辺りを見渡すと、誰かが酒場に入って来たらしい。


 どよめきはざわめきに変わり、明らかに雰囲気が変わったのが分かる。

 どうやらこの店の客全員が、入ってきた人物に注目しているようだ……。


「――勇者様達だ!」

「――――ッ!」


 誰かが叫ぶと、酒場は大盛り上がりを見せた。

 その叫び声を聞いて僕は椅子から立ち上がった!


 熱狂的な歓声が酒場中に巻き起こる!


「うおおおおーー!」

「おい! 聖女様がたもいるぞ! 全員揃い踏みだ!」

「「勇者ッ! 勇者ッ! 勇者ッ!――――」」


 そして店内が一際盛り上がると、僕はそこに目を向けた。

 そしてその姿を視界に捉えた僕は目を見開いた……。


 ……僕と同じ色の髪。スラリとした体躯で爽やかな笑顔で手を振って声援に応えている。そして何より、腰に下げている剣……!


 それは紛れもなく、僕が持っている解放の神剣と同一のものだった!


 本物だ!! 勇者アズマが目の前にいるんだ!

 僕は居ても立ってもいられず勇者のところへ駆け出した。


 ……が、勇者一行の周囲には既に人集りが出来ていて、思うように近づけなかった。僕は人の壁に阻まれ、あたふたするだけ……。


「くそっ……! もっと近づきたいのに……!」


 僕は歯噛みする。

 この最大のチャンスを逃す訳には行かないのに!


「――皆、どうか落ち着いてくれ」


 勇者アズマが客を宥める声に、周りは興奮しながらも騒ぐのを止める。


「魔王を封印し、統制を失った魔物の軍勢の対応も、ようやく落ち着き始めてきた。これも皆の奮戦のおかげだ。今日は僕から、皆に一杯奢らせて欲しい」

「「「おおおおーーっ!!」」」


 勇者は笑顔で言い放ち、また歓声が上がる。


「では店主、皆に好きなものを」

「はっ……! かしこまりました……!」


 店主は勇者に敬礼をすると、配下の店員に指示を出した。

 すると店員達は一斉に動き出した。


 僕の所にも注文が来て、とてもそれどころでは無かったが、ひとまずエールを頼んだ。


 そして皆に飲み物が行き渡ると、勇者はグラスを掲げた。


「僕らも今日はただの冒険者として飲みに来た。皆それぞれ楽しもう。乾杯!」

「「「乾杯っ!!!」」」


 勇者はそう言い放つとグラスを一気に呷った。

 僕はチャンスとばかりにエールを一気に飲み干して、勇者に足を進めるのだった!

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