Ep.287 ドーントレス前哨基地

 僕は冒険者パーティ『漣』の3人と共に、彼らの活動拠点への帰還に同行していた。


 その道すがら分かったことは、ここは魔族領の近くだという事。そして魔族軍と人間族の軍勢で激しい戦闘があり、その残党の魔物が彷徨いている為、その対応に冒険者が駆り出されているらしい。


 僕は自分の素性を誤魔化しながら情報を仕入れる。



「それにしてもハクサ、方向音痴なのによく一人で生き延びられたな……」

「ははは……お恥ずかしい……」


 僕は笑って誤魔化しながら目をそらす。

 僕は一人で活動する冒険者で、道に迷っていたところを3人に出会った、という設定で行動していた。


 言ってから思ったけど、明らかに怪しい素性だよな……。あんまり自分のことは言わないようにしよう……。



 今向かっているのは、人間族の合同軍によって備えられた前哨基地だ。この辺りはドーントレス地方という地名らしく、通称『ドーントレス前哨基地』と呼ばれているらしい。そこには冒険者に必要な施設が一通り備わっており、冒険者ギルドも出張で滞在しているらしい。


 時代が変わってもギルド関連はあまり大差ないのだろうか。


 拠点だと言っていたから規模はどうかと思ったが、思ったよりも充実した前哨基地みたいだ。これならこの時代の何処かにいる勇者アズマの事が何か分かるかもしれない!



 ドーントレス前哨基地までの間、僕達は周囲を警戒しながらも談笑しながら進んだ。


 マリクさんはパーティのリーダーだ。

 燃えるような赤髪が鮮やかで、長身の槍使いだ。

 仲間への気配りも出来るしっかり者という印象を受ける。


 マリクさんの髪は、サヤを連想させる……。

 サヤ……。待っていてくれ……!



 ラークさんは深緑の髪を左右非対称に伸ばしているのが印象的だ。背丈や体格は僕と同じくらいで、細みの剣を操るスピードを活かした戦闘スタイルらしく、なんだかシンパシーを感じる。

 性格は落ち着いた物腰で、朗らかな印象だ。


 エネットさんはこのパーティの紅一点。ベージュ色のボブカットの女性の魔術師だ。

 この時代の魔術師は当たり前のように飛翔するようで、道中もふわふわと浮いて移動していた。

 仲間に対しても丁寧な口調を崩さないが、世話焼き性らしい。



「――ところで、ハクサ」

「はい?」


 話をしながら歩いていると、ふとラークさんが僕に話を振ってきた。


「君も勇者アズマに憧れているのかい?」

「――え?」


 きょとんとして聞き返すと、ラークさんは目線を僕の腰に移して、嬉々とした様子で言葉を続けた。


「君のその腰に下げてる剣さ! それ勇者アズマが持っている剣とそっくりじゃないか!」

「……あ、えっ……と……!」


 ――しまった! 解放の神剣って、もしかして有名なのか!?

 ここから僕の素性が怪しまれるかもしれない……っ!


 僕は内心狼狽えながらラークさんの出方を窺う……。


「凄い精巧な作りだよね! レプリカにしてはよく出来てるなって思ってたんだよ〜!」


 ラークさんは興奮したようにぱっと笑顔を浮かべながら語る。


「ふふ。ラークさんは勇者の大ファンなんですよ」

「大ファンっつーか、もう限界オタクだろ」


 エネットさんとマリクさんが笑ってラークさんを揶揄う。

 ……なるほど。どうやら僕は、勇者の剣の偽物を持ってるくらいの大ファンだと思われたわけか。

 ……都合がいいから合わせておこう……。


「ば、バレましたか? そうなんですよ! ……いやー勇者アズマに会いたいなあ!」

「戻れば会えるんじゃないか?」

「……え?」


 僕は一瞬固まった。


「おいおい忘れたのか? つい先日までここは最前線だったんだから、前哨基地には勇者一行が滞在しているんだぞ」


 ……なんだって!?

 これは降って湧いたような幸運だぞ!

 こんなにも早く勇者に会える機会がやってくるなんて……!


「……あ、そ、そうでしたね……! 嬉しすぎて、記憶から飛んでたみたいです……ははは」


 僕はまた苦しい言い訳をしてしまう。


「……ははぁん。ハクサも勇者の限界オタクってわけか〜?」

「記憶飛ぶ程とは、ラークさんより重症でしょうか〜?」

「いやいや! 僕には負けるでしょ!」


 そうして僕は、有益な情報を得た引き換えに、無事に勇者アズマの限界オタク2号に認定されたのだった。




 そうして進むこと数時間後、僕達はドーントレス前哨基地に辿り着いた。前哨基地の中には、漣のメンバーと一緒にいた事で通して貰えた。


 入口を通過して、僕は漣のメンバーと別れることにした。


「短い間だったが、楽しかったぜ。助けてくれた事は忘れない。ありがとうな!」

「ここに居ればまた会えるさ! またね!」

「またお会いしましょう」


「はい! また会いましょう! では!」


 3人に手を振って僕はその場を離れた。



 さて、ここからはあまり目立つ行動は控えないとね。

 素性を問い詰められたら、怪しまれてしまうかも知れない。

 情報を集めようと思っていたが、ここに勇者一行がいるというならば、勇者を探すことを優先するべきだろう。


 そう思い、僕は前哨基地を行き交う人達の人混みに紛れて行ったのだった。



 前哨基地と言っても、物々しい雰囲気ではないみたいだ。つい先日までここで激しい戦闘が繰り広げられていたらしいけど、今はだいぶ落ち着いているのかな?


 施設はかなり充実していた。

 一般兵向けの兵舎はもちろん、冒険者のための宿、武器の手入れに鍛冶屋や、道具屋、酒場などの食事処も数軒はあるし、冒険者ギルドも出張であるそうだ。

 ここまでくると軽い町くらいの規模はあるかもしれない。


 さて、勇者を探さないとな。

 そこら辺を普通に歩いてるわけも無いだろうから、居場所を突き止めないといけない。


 となればやはり酒場か冒険者ギルドに行くのがいいかな。


 冒険者ギルドはどうだろう。

 この時代の冒険者ギルドがどういうものかは分からないし、なにより僕のこのギルドカードだって通用しない可能性が高いよな……。

 だとしたら、返って怪しまれる事態にならないか?

 ……ギルドに行くのは止めておこう。


 なら酒場かな。

 酒場なら他の冒険者や兵士から話を聞けるかも。

 情報がほしいなら、一杯奢りでもすればいいらしい。

 ラシードが教えてくれたっけな……。


 そこで僕は重要なことに気が付いた。


「しまった……」


 お金だ。

 この時代のお金を、僕は所持していないのだ。

 500年間貨幣がまったく変わらず、なんてことは有り得ない。

 痛恨の盲点だった。


  この時代のお金を手に入れないと、酒場にすら入れないじゃないか!

 どうしよう……。


 これも詰めの甘さが招いた結果か。

 突然の壁に直面した僕は一人頭を抱えて悶えるのだった。

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