時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜 過去編
朧月アズ
第1章『精霊の勇者、太陽の勇者』
Ep.286 ハクサ・ユイ
意を決して飛び込んだ瞬間、眩い光に包まれて視界が真っ白になる。
そして景色が切り替わった。
降り立ったそこは薄暗い広大な荒野で、周囲には激しい戦闘の痕跡が残っていた。
地面には大量の折れた矢や巨大な爪痕が刻まれており、その周辺には人や魔物の大量の亡骸が転がっていた。
まるで大地を血で染め上げているかのようだった……。
「……っ!?」
思わず息を呑むが、これが過去に起こった戦いの惨状だと理解する。
どうやら僕は500年前の時代への転移に成功したようだ。つまり精霊暦825年にして、太陽暦元年ということだ。
それにしてもここはどこだろう……。
――グオオォォォッ!
「――――ッ!」
不意に背後から獰猛な叫び声を上げながら3体の魔物が迫っていた!
僕は咄嗟に振り返り剣を抜く。
魔族軍の残党だろうか、熊に似た魔物だ。その両腕は不自然な程に隆起して、そのうえ岩のように硬そうだ。
初めて見る魔物だ……!
この時代の魔物は僕が居た時代より強力だという。
今の僕には援護してくれる味方は居ない。
……油断は出来ない。
猛然と迫ってくる熊の魔物に、僕は強化魔術を解放させて一気に加速し、瞬時に魔物を剣の間合いに捉えた。
僕は魔物の剛腕の殺意をかいくぐりながら剣を振るう。
岩のような腕の部分を避け、毛皮の部分の腕を瞬間的に熱剣を発動させて斬り裂いた!
予想通り毛皮部分は刃が通る。それを確認した僕は足に溜めた強化魔術を解放して、地面を強く蹴って魔物から距離を取った。
そして僕は再度剣を構える!
――ブオオォォォッ!!
腕を斬り飛ばされた魔物は痛みに悶え、2体の魔物が唸りを上げながら僕を挟み込むように飛びかかってくる!
ただ破壊衝動に従って突撃してくるような動きでは無い、明らかな連携行動だ。
僕の時代では魔族は知性を持ち合わせていたが魔物はそうでは無かった。……この時代の魔物には知能があるのか!
僕は、左右から同時に腕を振り上げ迫る敵を見据えながら、左手の剣を右側に構えて魔力を練った!
そして敵の間合いの直前、僕は練った魔力を炎に変えて剣を思い切り横薙ぎに払うと、剣先の軌跡に沿って炎が吹き出す!
攻撃力に特化させた熱剣ではなく、ここは敢えて炎を纏った『炎剣』だ。
相手は獣型の魔物。ならば獣の習性で炎を恐れると踏んだ牽制行動だった。
案の定、熊型の魔物は炎に怯み動きが鈍る。
僕はその隙を突くべく一気に斬り掛かった!
まず左から迫る魔物に、低姿勢で接近して懐に飛び込む!
熊の魔物の股から、剣を両手で持ち地を蹴って体ごと斬り上がった!
大きな体を真っ二つにして一体を葬ると、間髪入れずにその巨体を踏み台にしてもう一方の魔物に跳躍する。
狙うは首。僕は既に右手に強く握った剣を左側に構えており、間合いに入った瞬間横に一閃する。
瞬く間に二体の巨体は地に崩れ落ちた。
……倒せる。この時代の魔物にも僕の剣技は通用するぞ!
――あと一体! 手負いの魔物のみだ!
隻腕となった魔物は、痛みと怒りの咆哮で僕を威嚇していた。
そしてこちらに突進してくると思ったその時、なんと魔物は落ちている自分の岩のような腕を拾い上げ、思い切りこちらに投げつけてきたのだ!
「――なっ……!」
僕は猛スピードで迫る岩の塊を横に飛んで辛うじて躱す。
……自分の腕を武器代わりにして投げた……!?
本能で動くのが魔物のはずだ!
……いや、もうその認識は捨てるべきだ!
この時代の魔物は知性を有している! だから僕の剣技を警戒して投げつけてきたんだ!
僕は警戒を強めて剣を構えた。
奇襲が失敗に終わった魔物は今度こそ突進してくる。
僕は魔物の、片腕では満足な速度を出せない様子に隙を見て、間合いに入るのを待ち構えた。
……今だッ!
僕は叩きつけるように振り下ろされた魔物の片腕の攻撃を避け、その懐に入り込み、渾身の力を込めて剣を魔物の胸に深く突き入れた!
断末魔を上げた魔物は後ろに倒れ込み、やがて動かなくなった……。
「…………ふぅ」
僕は一息ついて、剣を振って血払いして鞘に収める。
魔物は黒い霧になって消えない。
魔王の眷属ですらないということだ。
僕は魔物の死骸を見ながら、この世界の敵の手強さ、狡猾さを思い知った。
この時代で僕が渡り合っていく為には、僕自身がもっと強くならないといけないんだ。
その後、僕は周囲の状況を確認する為、辺りを注意深く探ることにした。
幸いにも魔物の姿は無いようだ。そこら中激しい戦闘の痕跡だけが残っているだけだ。
――その時、遠くから人の声が聞こえた。
注意深く耳を澄ませると、同時に戦いの音も。……誰かが戦っているのか!
僕は声がする方向に駆け出した。
「――ああぁッ!」
「――マリク! エネットが負傷したっ!」
「クソ! ……俺が時間を稼ぐ! ラークはエネットを連れて逃げろ!」
距離が近付くにつれ、人の声が明確に耳に届く。どうやらこの先の、廃墟のような建物の方から聞こえるようだ。
内容から察するに、誰かが魔物に襲われているんだ!
……助けなければ!
僕は走りながら強化魔術を発動させる!
強化された脚力で一気に加速して目的地へと目指した。
そして拠点跡の入り口が見える場所に到着すると、その場には3人の男女の姿があった。
それを取り囲むように5体の人型の魔物が既に退路を塞いでいた。
その中心には槍を持った男性が魔物に対峙し、その背後には倒れた女性と、彼女を抱える細剣を持った男性が剣先を震わせながら魔物に向けていた。
3人とも冒険者の風貌だ。
対する魔物は、顔はゴブリンのように醜く醜悪な笑みを浮かべている。だがその体格はゴブリンのそれとは比べ物にならないほど屈強で、それぞれ武器を持っていた。
未知の相手だったが、僕は迷わず3人の救援に駆け出した!
僕は全速力で駆け出し、女性の冒険者を庇う細剣の冒険者に迫る魔物に、背後から急接近する!
「うおおーっ!」
速度を落とさず魔物の背中から剣を突き立て、即座に引き抜く。
……問題なく倒せる。さっきの熊より弱いな……。手応えはホブゴブリンに近いかな。
そう感じながら僕は次の標的を選定する。
――ッ!
僕の登場に唖然とする、ラークと呼ばれていた細剣の冒険者。その背後から魔物がラークさんを間合いに捉え、手に持った鈍器を振り上げていた……!
僕は右手を突き出し、火属性の下級魔術を数発連射しながらその魔物に突っ込む。
僕が放った火球は魔物の顔に着弾して僅かに怯ませた。
僕はその隙に接近した魔物に乗り上げ、その両肩に足を乗せて、目の前の頭部に刃を突き立てた。
「――君は……!?」
「…………加勢しますっ!」
目を見開いて驚くラークさんが声を上げ、僕は短く答えて敵を見据えた。
残り3体。形勢が変化して魔物の士気が目に見えて落ちていた。こちらに攻めあぐねているようだ。
「冒険者か!? 助かる! 済まないが後ろの二人を頼めるか!」
「はい! 任せてくださいっ!」
先程マリクと呼ばれた槍使いの冒険者が敵を見据えながら僕に向けて言う。
僕は頷き、ラークさんとエネットと呼ばれた女性の冒険者に近づいた。
エネットさんは足を怪我していて、痛みに顔を歪ませていた。
僕とラークさんはそれぞれ別の魔物を標的に定め、剣を構えた。残りの一体はマリクさんが対応している。
「一気に片付けるぞ!」
マリクさんの掛け声とともに一斉に魔物へ襲い掛かる!
一体に集中出来るならば大した敵ではなさそうだ。
僕は相手の武器である棍棒をかわしつつ、懐に潜り込んで首を刎ねた。
振り向くと、他の二人もそれぞれ魔物を討ち倒しているところだった。
「――いや、助かったよ。本当に」
「本当にありがとう! 君が来てくれなかったらと思うと……」
「助かりました……。感謝します……」
魔物を葬った後、僕は3人の冒険者達から感謝を向けられていた。エネットさんの足の治療は、体への負担がない遅効性ポーションで応急処置したようだ。
「いえ、たまたま通り掛かって良かったですよ」
僕は微笑んで返す。犠牲者が出なくて本当に良かった。
「君も見たところ冒険者のようだが、ここいらはまだ戦場だぞ? 一人で行動していたのか?」
「……え? ……あー、はい……まあそんなとこです……」
まさか未来から来たなんて言う訳にもいかず、僕は言葉を濁す。でもここは今も戦場だと言うことは確認できた。
「自分の力を確かめたくて、一人で……。でもやっぱり無謀でしたね、あはは……」
なんて、誤魔化してみたり。
「君の動き、確かに手練ではあったけど、それはさすがに無謀だよ……」
「そうですよ。魔物の残党がまだ残っているんですよ!?」
「あはは……。はい、すみません」
嘘とはいえ、我ながら情けない設定にしてしまったなぁ。
「俺達は魔物残党の討伐依頼を受けてたんだが、そろそろ戻ろうとしていたところだったんだ。君も良かったら一緒に来るか?」
「はい、是非同行させてください!」
これは好都合かもしれない。彼らについて行けば人がいる場所に辿り着ける。そうすればここがどこなのかも、状況も確認出来るはずだ!
「……そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺はマリク。『マリク・ブルーネル』だ。Bランク冒険者パーティ『漣(さざなみ)』のリーダーをしてる。よろしくな!」
「あ、僕は『ラーク・フロシェルク』って言うんだ。助けてくれてありがとう!」
「私は『エネット・オーデリア』と言います。本当にありがとうございました……っ」
「あ、僕はクサ――あっ……」
「「「……クサ???」」」
僕は咄嗟に口を抑えると、3人は首を傾げた。
……危ない! この時代で僕の名前を広めたらダメなんだった! 危うく口走るところだった……!
こっちでは偽名を使った方が良さそうだ。
でも名前……ど、どうしよう……。
「……どうした? 大丈夫か?」
「あ、はい! ちょっとむせかけちゃって……はは」
名前……。この時代で活動していくべき名前。
考えている時間はないぞ! こんなことならもっと早く決めておくべきだった! 完全に盲点だったーっ!
「……僕の名前は『ハクサ・ユイ』って言うんだ…………」
「そうか……。変わった名前だが、いい響きだな!」
「ハクサ、よろしくね」
「よろしくお願いします、ハクサさん」
咄嗟に出てきたのは、両親の名前だった。
父、ハクサと母、ユイ。
僕はこの時代で、両親の名前を背負っていくことになった。
僕はハクサ。ハクサ・ユイとして活動する。
クサビ・ヒモロギの名前は、必要だと感じた時だけ使うことにしよう……。
こうして3人の冒険者と出会った僕は、彼らの活動拠点へと歩き出したのだった。
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