3.「偶然じゃないよ」
日はすっかり落ちて辺りは暗く、通り沿いに並ぶ飲食店やコンビニの光がまばゆく光る。なんとか学級旗やパフォーマンス用の小道具を作り終え、他のクラスメイトに断って一人で帰ることにした。人を待たせているからだ。
最寄り駅には同じファストフード店が二店舗ある。線路を挟んで北側の店舗の方が大きいし、何よりも学校が北側にあるため、北店には同じ高校の生徒がたくさん出入りする。それもあって、僕が指定したのは南店だ。南側にも別の高校があるので混雑はしているけど、同じ高校の人に聞かれたくない話をするならこちらの方が都合がいい。
線路をわたって右に折れたところにその店はある。自動扉が開くと流れ作業のように店員の声が飛んできて、深く考えることもせずに適当にウーロン茶を選ぶ。ストローの刺さった紙コップを会釈して受け取ると、僕は店内を見回した。店の最奥にいても、あの体格と存在感はとても目立つ。空いた左手を挙げると翔平もそれに応えるようにテーブルに広げていた参考書を片づけ始めた。
「何かわかったって?」
翔平はすでにハンバーガーを二つたいらげたと見える。トレーの上で小さく丸められたそれを見ながら、僕は翔平の正面に座ってウーロン茶を吸いこんだ。歩きながらどう切り出そうかずっと考えていたはずなのに、いざ伝えようとすると難しい。どう伝えても正しく伝えられるような気がしない。僕はお腹に力をこめて息を吐き出した。
「最初に言っておくけど、僕は他人の気持ちを暴くような真似はしたくない」
人を好きになる気持ちはこれ以上ないほど尊いものだ、と僕は思う。大切にされるべきだし、心の中に土足で踏み入るような真似は極力控えたい。
「僕が語るのは事実や行動だけだ。僕を殴るのはさすがに痛いからやめてほしいけど、僕の話をぶった切るのも、僕の質問に答えないのも、翔平、君の自由だ」
翔平や香澄、勅使河原の行動から、何を思っていたのが想像することはできるが想像で語るようなことはしない。勝手に断定することはしたくない。
僕が翔平をじっと見つめると、彼はゆっくりとうなずいた。僕はその覚悟を決めたような表情に、安心と緊張を覚えながら口を開いた。
「十月三日。翔平も知っていると思うけど、村瀬が学級旗にペンキをこぼす事件が起きた。体育委員の勅使河原はそれまでのことも含め、村瀬を強く責め立てた。その結果、村瀬はひどく責任を感じて学校に来づらくなっている。翔平はそう考えていた。だから僕にこの話を持ちかけた。ここまではいい?」
翔平は気まずそうに頭をかいた。
「まあ、そうだな。紗希も一生懸命なのはわかるけど、それで村瀬さんを責めるのは違うだろって伝えたよ。偶然の事故だったんだから。あいつも一定の理解を示してはれた」
勅使河原だって偶然起こった事故を責めたところでどうにもならないと理解はしているのだろう。ただ、そう理解したところで香澄への嫉妬を抑えられるかはまた別だ。理解と納得は全く別物だからだ。
でも、きっとそうじゃない。
「偶然じゃないよ」
僕は努めて冷たく言い放った。「は?」と口を開けて固まった翔平をよそに、僕はもう一度繰り返す。
「村瀬がペンキをひっくり返したのは偶然じゃない。村瀬は意図的にペンキをこぼしたんだ。思い出してほしい。あの日、教室にいたメンバーの中で、村瀬だけがジャージ姿だったんだ。ほとんど作業は終わっていたにも関わらず」
勅使河原も僕も、みな制服姿で結果的にペンキまみれになってしまったけど、香澄だけは汚れることを予想していたと考えられる。
「そんな、たまたまかもしれないだろ」
「そうかもしれない。でも、まだあるよ。ペンキをこぼしたあと、僕らはすぐに作り直すことができた。これはおかしい。翔平、なぜそれだけの大きさの布がその場にあったと思う」
学級旗用の布は各クラスに支給される。端切れが余ることはあっても、あれだけの大きさの布がまとまって余っていたとは考えにくい。
僕は翔平の返事を待たずに告げた。
「予め買ってあったからさ。誰かがいずれ必要になると思って買っておいたんだ。あの日、買い出しに出かけたのは僕と、そして村瀬だ」
幼なじみと言っても、僕は香澄のほんの一部しか知らない。だから彼女が何を思っているかを断定することなんて到底できない。でも、これだけ情報があればそれくらいは推測できる。
僕は翔平の顔を見ずに続ける。
「では、村瀬はなぜそんなことをしたのか。人を困らせて喜ぶようなやつじゃないってことくらい、翔平も知ってるよね。偶然でなく意図的であるなら、そこには何かしら目的があるはずだ。そしてその原因は、村瀬が買い出しに出かけた三日の放課後より前にある」
さっきから口の中が乾いて仕方がない。僕はウーロン茶を吸いこんでから翔平の目を見た。
「翔平。君は二日の放課後に二組の教室で何をしていたんだ?」
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