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朝。マキが普段通りに目を覚ますと、なんだかとても体がスッキリしていた。
マキは朝に強い方ではない。大体は時間ギリギリまでベッドにしがみつき、最後は業を煮やした祖母に、足を掴まれて引きずり出されるのがお決まりの流れだった。しかし今日はまるで羽根でも生えているかのように体が軽い。昨日の気だるさが嘘のようだった。もしかすると、こんなに目覚めがよかったのは、生まれて初めてではないだろうか。
「んんー」
伸びをしながら起き上がり、枕元にあるスマートフォンを手に取ると、チャットアプリのアイコンにメッセージの通知を示す表示があった。画面をタップすると、都と七尾から心配のメッセージと、稲荷大社を背景にピースサインをする二人のツーショット写真が数枚送られてきていた。
「いいなー、羨ましい」
ひとしきり写真を眺めてから、二人に『おはよう 昨日はごめんね』『来年は絶対行こうね!』と連絡を返す。
画面を戻すと、クラスのグループチャットにも、昨日のお祭りの写真が共有されていた。
『とうかさん楽しかった~』
『このまま夜も遊びにいかない?』
『いいね!』
そんなメッセージが見て取れた。
その中にはマキに宛てたメッセージもあったので、メッセージを見れなかったことに対する軽い謝罪とスタンプを手短に送る。
そのままマキは、ベッドから抜け出して朝の支度を済ませると、いつもより少し早めに家を出た。
*
学校に着くと、都と七尾はまだ登校していなかった。
マキは取りあえず、他のクラスメイトと雑談をしながら二人を待つことにしたが、みんなの話題はもっぱら昨日の祭りの話で持ちきりだった。その話題は当然と言えば当然なのだが、途中で帰ってしまったマキからすると、どうしても楽しみきれなかったという心残りがあって、いまいち話題に入りきれない思いがあった。
女の子たちがお祭りの写真を見せあって、昨日の思い出話に花を咲かせる中、マキは愛想笑いで場を繋ぐ。
都ちゃんと七尾ちゃん、早く来ないかなあ。ぼんやりとそんなことを考える。
そんな中、一人の女子がマキに言った。
「そう言えばマキちゃんは、まだなんだよね?」
「え?」
突然投げかけられた言葉にマキは、ぽかんと口を開ける。
まだ? その意味を問おうとする前に、周りの女の子たちが口々に言う。
「昨日いなかったからまだだねー」
「えー! マキちゃんまだなの⁉」
「そっかあ、まだなのかあ」
マキ以外の全員がそれに同調する。この場にいるマキだけがその意味を理解できずに困惑していた。
「じゃあ仲間に入れてあげなくちゃ」
「そうするべきだよ」
「きっとびっくりすると思うよー」
そう言うとみんなは、マキを取り囲むようにぐるりと円を組んだ。
「え? え?」
示し合わせたように統率された動き。周囲を囲むみんなの顔に貼り付いた殊更の笑顔。何が起こっているのか分からず、マキは胸の前で不安を抑えるように両手を握る。
すると、正面にいた女子が一歩、前に出た。
そして、
「紹介するね、わらわちゃんだよ」
「……⁉」
まばたきの間だった。今まで何もなかったはずの空間に突然、影が現れた。
それは人の形をしていた。女だった。無地の着物に身を包んだ女の頭には、狐のような耳があり、腰まで垂れた長い髪の先には大きな尻尾があった。
それはわらわの姿だった。
いや、それはマキの知るわらわではなかった。
その女は黒かった。黒い耳、黒い髪、黒い着物、黒い尻尾。それは、わらわの白い装束とは真逆の色をしていた。唯一、黒い装束に包まれた、陶器のような白い肌だけがわらわと同じだった。
「…………!」
その場で固まったまま言葉の出ないマキに、黒いわらわは目を細めながら手を伸ばす。
「よろしくの、マキ」
どろり、と耳から入り込んでくる声。それは甘く心に染み渡り、しかし同時に胸の内を腐らせる、穢れた蜜のようだった。
マキは震えながら手を伸ばし、わらわが伸ばした手を取った。
「これでお主も『おともだち』じゃ」
握った手は、氷のように冷たかった。
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