四章 おまじない


      1


 教室前の廊下で、都は険しい顔をしながらマキの話を聞いていた。

 祭り明けの寝不足のまま登校した都は、同じくぼんやりとした表情の七尾と校門で顔を合わせると、そのまま教室に向かう道すがら、トイレの前で青い顔をしたマキに出会い、ついさっきの出来事と黒いわらわの話を聞いたのだった。

「どういうことだよ、それ」

 始めに口を開いたのは七尾だった。眠気の飛んだ顔からは動揺の色が見える。

「私にも分からないよ……とにかく、いなくなったわらわちゃんが戻ってきたみたいで、でもなんだか見た目が少し違って……」

 マキ自身、状況を飲み込めず判断に迷っているようだった。

 都は頭の中で情報を整理しながら手を上げる。

「わらわちゃんがいるってことはつまり、誰かがあの『おまじない』をやった、ってことですか?」

 マキはその質問にしばらく口ごもってから、小さく頷いた。

「…………そう、みたい」


 マキが聞いた話によると、彼女たちは昨日、祭りの後にわらわを呼び出す『おまじない』を実行したのだそうだ。

 最初はちょっとした遊びの気持ちで、実際に何かが起こるなどとは誰も思っていなかった。だが、祭りの夜という非日常感は少女たちの好奇心と冒険心を大いにくすぐり、より心の湧きたつスリルを求めた彼女たちは祭りの熱気に浮かされたまま、あろうことか夜の学校に忍び込み、そのままわらわと『おともだち』になったのだった。


「…………」

 話し終えると、マキは再び口ごもった。

 都は教室の出入り口から、ちらりと室内に視線を向ける。

 視線の先には先ほど話に出ていた四人の女の子たちが、楽しそうにお喋りをしている様子が見える。その中に周りに囲まれて、話題の中心になっている人物がいた。

 坂田さかた美麗みれいという女子だ。

 なんでも大の占い好きとかで、そういう本を求めて一時期図書室に通っていたのを覚えている。お昼休みにもよく人を集めて血液型占いや星占いをしながら、誰が誰を好きだのといった内容で盛り上がっていたはずだ。よくもあんな根拠のないもので人の相性をどうこう言えるもんだと思っていたが、そういう意味では自分と相性のいいグループでないことは間違いなかった。夜の学校に忍び込むという倫理観のなさもそれに拍車をかける。恐らくマキもそういった思いがあって話すのを躊躇ったのだろう。

 ふん、と鼻息を立てる中、マキが口を開く。

「それであの子たち、今夜もやるみたいなの……『おまじない』」

「マジかよ……!」

 七尾が驚きに目を見開く。それは今夜も学校に忍び込むということだろうか。あまりの常識のなさに呆れて声も出ない。

 とは言え都にとっては、そんな連中が自分たちと関係のないところで何をしようがどうでもよかった。黒いわらわとやらについては不安が残るが、『おまじない』をしたのがあの美麗という女子であるのなら、もし何かがあったとしても害を被るのはマキではなく美麗の方だろう。であれば下手に関わる理由も、そうする必要もなかった。

 なかったのだが─── 


「私……行こうと思う」

「!?」


 マキの言葉に都は飛び上がった。

「な、なんでですか!?」

「だってわらわちゃんのことだよ、私たちも無関係ってわけじゃないし…………」

「先に出ていったのはわらわちゃんじゃないですか! もうマキさんが関わらなくてもいいんですよ!? それを──」

「──おい、ミヤ」

 思わず大声を出した都を七尾が制した。

「…………」

 その場に気まずい沈黙が流れる。

 マキはしばし逡巡すると、小さく息を吸って言った。

「都ちゃんの言うことは分かる。分かるけど、でももし、わらわちゃんがああなっちゃったのが私のせいなら、やっぱり私が行かなきゃダメだと思う。そのせいであの子たちを危ない目に合わせられないよ」

 意志のある表情だった。マキがこんなにもはっきりと自分の意思を示すことは珍しい。いつもは周囲に合わせて譲ることの多いマキだったが、それだけに自分がこうと決めたことには信念を持って向き合っていた。

 そういう点ではマキの考え方は、都のものによく似ていた。


「……………………」


 無言のままマキと都は互いに視線を交わす。そして、

「……はぁ」

 先に折れたのは都だった。

「仕方ないですね、私も手伝います」

「! 都ちゃん!」

 口元を結んでいたマキが、ぱっと笑顔を浮かべる。

「マキさん一人で行かせるわけにはいきませんしね。そうでしょう、七尾さん」

「当たり前だろ」

 待ってましたと言わんばかりに七尾が親指を立てる。

「みんな……!」

 マキはにっこり笑うと、二人の手を取って何度も感謝した。

 都がそれを尻目に再度教室に視線をやると、四人の女子たちが、先ほどと変わらず楽しそうに笑っている様子が見えた。


 そう、先ほどと変わらず彼女らは、誰もいない場所に視線をやり、話の一部が欠落した異常な会話を繰り返していた。


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