本当にとりあえずで書き出すとグダグダになる例
長串望
本当にとりあえず書くやつがあるか
「『トリあえず』って……忖度しろってことですかァ!?」
「いや、まあ、トリだけ片仮名なのは狙ってるんだろうけど、別に忖度とかではなくて」
「第一あのトリ何者なんです? なんか急に出てきて、私全然認知してなかったんですけど」
「そこらへんはむやみに突っつくんじゃないよ」
とにかく、ただの自主参加企画なんだし、それこそ「トリあえず」なんか書いておいてよ。
そんな風に言い残してごはん食べに行ったのが長串望(ごはん担当)だ。
そんな風に言い残されてタブレットPCの前に取り残されたのがこの長串望(執筆担当)だ。
広報の長串望(SNS担当)がSNSを意味もなく何度も更新してはエゴサを繰り返して仕上がりを待っているのだから、これはもう書く他にはない。
しかし、それにしても、「トリあえず」。
誰にだってとりあえずの一手というのはあると思う。
日本で一番使われたであろうとりあえずと言えば、とりあえず生であろうか。
いまとなっては廃れてきた、廃れていくべきであろう昭和の悪習「とりあえず生」。などと言われながらもなんだかんだとりあえず生ビール頼もうかという人は今もまだ多いんじゃないかと思う。
っていうかごはんに合わせようとするとお酒の選択は結構難しいので、大体なんにでも合わせられるビールは無難なのだ。
などと飯と酒の話をおもむろに突っ込むのが私の「トリあえず」の一手ではある。
何か困ったら飯食わせておけば場が持つし、なんとなくキャラも立ってくるような気がする。
「飯、飯、飯。っていってもマンネリですねえ。最近そんなにいいもの食べられてるわけでもないですし」
ごはん担当の長串望もこまごまと写真を撮ってくるけど、大体チェーン店で無難な選択が多いので、いい加減ネタ切れ感はある。
そりゃ、いろいろ開拓はしたい。したいけど、新しくできた店はたいていすぐにつぶれるし、昔からある店はどうにも入りづらい。私個人は別に一人でしれっと店に入れるのだが、店側の方が新規の客に対応できてないパターンというか、露骨に地域密着型のところは因習村めいてよそ者を阻害しかねない。
がんばれごはん担当。君が頑張ってくれないと私もかくネタが尽きるのだ。なにしろ物書きというものは自分が経験したことや、それをもとにしたことくらいしか書けないのだ。長串望だって異世界で飛行するシジミとかアサリとか食べてきたからそういうのが書けるのである。
というのはSNS担当の長串望の言なのであまり信用はできないが。
さて、とりあえず生ビール。もとい、とりあえず飯の要素は入れるとして。
「一人称スタイル。これですね」
かしゅ、と缶ビールを開けながら独りごちる。
一人称が何かと言えば、まさしくいまのこれだ。語り手が自分の目線で自分の言葉でつらつらと語っていくような奴を一人称視点という。
私がどうこうとか、僕はこう思うとか、そういうやつ。
三人称視点というのはまさしく第三者の視点からそういう登場人物たちを眺めて語られるものだ。長串望はそのように書いたのだ、とそんな調子だ。
二人称というものも全くなくはないが、難しい。書くのも、読むのも。
二人称というのは君だとかあなただとか、そういうやつだ。いま会話している相手のことだ。こういう書き方は、ゲームブックなんかでたまにみられる。君の目の前にはいかにも怪しげな扉がある。とか何とかそういう具合に。
なんだっけ。
そうそう、とりあえず一人称でやっておけば文字数で困ることはないという話だ。長串望の場合は。一人称でやっていて文字数が足りないということは、まずない。なにしろ無駄にだらだらと語らせることができるし、いくらでも脱線するからだ。何しろ人間の思考というものはそういうふうにできているから、全く自然だ。
ただし、文字数が多すぎて困るということはしばしばある。気を付けたい。
さて、飯、一人称ときた。これだけだと、孤独のグルメだ。その道で勝てる気はしない。
缶ビールの心地よいしゅわしゅわとホップの苦みを舌の上で転がしながら、もう一手、とりあえずを入れておく。
「つまり、女ですねえ」
飯、一人称、女。
山賊か何かか? いや、一人称は明らかに仲間外れだけど。
女、という言い方もよくない。
なんだろうな。こう。重い女。余計悪いな。
うーん。女と女。そういう関係性なんだよなあ。
ようは百合だ。でも百合って言葉にまとめるのもこう、なんだかなあという気はする。怒られそうな気が。
別に百合しか書かないわけじゃない。BLも書く。ヘテロは、あんまり書かない。なぜヘテロでやる意味が……?という顔になってしまうからだ。
というより究極的には百合も別に書きたいわけじゃない。いや書きたいけど。書きなぐりたいけど。でもこう、なんだろう、突き詰めたところでは、性別のないものを書きたい。無性とか。中性とか。性別のない者同士の関係を書きたい。
でもニッチなんだよなあ。
あと純粋に腕で決まるので。長串望は弱いのだ。
さて、とりあえず種はできた。
これを膨らませていきたい。
「おうい、長串望(SNS担当)」
「また突然発狂頭巾の話してる……」
「めちゃくちゃ気になるから書いてるときにSNS見んな!!!!」
めちゃくちゃ気になってしまうだろうが!!!!
それはさておき。
「なんかこう、一人称視点で、百合で、ご飯食べる系の話書きたいから。インスピレーションわく感じのを拾ってくるのです」
「あるよ」
「よし有能」
「はやりの異世界転生ものでー」
「もう流行りというのもあれな気はしますけど」
「限界女が主人公のやつでー」
「それは個人的に好き」
「年下の女の子二人と旅するやつで」
「何か聞いたことある気がします」
「ファンタジーグルメと温泉楽しみながら冒険屋として旅するやつ」
「それ1,000,000字超えてて読み終えるのに37時間くらいかかるやつ?」
「そのやつ」
「すでに書いてるんですよねーそれはー」
露骨にダイレクトマーケティングかましてくるんじゃないよ。
年の差百合三角形異世界ファンタジーグルメ温泉紀行。忘れたころに更新してます。
書籍化のお話いつまでもお待ちしております。
「ううん……結局とりあえずでやろうとすると好き勝手書いてる既存作と被ってしまう……」
「逆に考えるのだ長串望(労働担当)」
「そういうあなたは長串望(執筆担当)」
「どうせ刺さる人にしか刺さらないんだから無駄な努力はやめて趣味で好き勝手やるのだと」
「逆も何も! 逆も何も!」
「労働時間とか疲労を言い訳にして書かないやつは何をやっても書かないんだよ」
「前職辞める直前の地獄が一番書いてたやつ!!」
素晴らしいものは地獄からしか生まれない教とは仲良くできないけど、まあ、そういうときもあるよねとは思う。
でもその後の失業期間でめっちゃ時間が有り余ってた時に大量に書き溜めたわけで。
「まあでも本当に、とりあえずなんか書かなければ、なにも書けないんですよね。内容は何でもいいので、何か書くこと。それが執筆をつづけていくうえで一番大事だっていうことを、KAC2024で矢継ぎ早に繰り出されるお題には教えられたと思いますよ」
「全くなのだ。カクヨムには頭が上がらないのだ」
「長串望はカクヨムネクストを応援しています」
「書籍化のお話お待ちしております」
かくのごとく、長串望はトリあえず忖度もといなんか文字数を埋めて、トリあえずこれでいいかと酒の入った頭で投稿ボタンを押すのでした。
どっとはらい。
本当にとりあえずで書き出すとグダグダになる例 長串望 @nagakushinozomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます