第32話
着いた市立図書館は、フィズが思っているよりも大きく、膨大な量の本があった。こじんまりした田舎の図書館しか知らなかったフィズは、圧巻されて、常連二人の後ろをちょこちょこと着いていくしかなかった。
「なにが見たいんだっけ?」
カウンターの前に着いた。フィズに少し慣れてくれたクレアが、こそっと確認してくる。
「ええとね、勇者とか魔物について書いてるやつ」
「ああ、昨日借りたいって言ってたやつ?」
「そうそう。こういうところにも、あるのかなって思って」
「どうかなぁ」
その会話を聞いて、リュウホが司書に聞いてくれる。
今まで図書館には、時々物語を借りに行った覚えしかなく、作法が「静かにしないと怒られる」ことぐらいしか分からない。二人に頼んで良かった。後ろで眺めていると、司書は「量はあまりありませんが」と前置いて、数冊持ってきてくれた。
まずは、魔物に関しての資料から見ていく。よく見かける犬や猫と似た形状の魔物の姿形の写真や、「倒すと消滅してしまう」という情報が載っていた。資料はどれも薄く、あまり情報がないのが分かる。
これだけ薄いと、
次は、勇者に関しての資料だ。勇者に関しては、どれもおとぎ話のようなものばかりで、明らかに創作の話ばかりだった。ただ、魔法使いや騎士と共に世界を救ったいうものだけが共通している。
「──ウーン。これだけ共通してるんだカラ、事実に基づいた創作なのかもしれないネ」
三人でそれぞれ調べたことを書いたノートを見て、リュウホが呟いた。
休憩で買ったジュースを飲みながら、クレアが肯く。
「漫画とかでも、三人組で戦うのはよく見るよね。魔物の正体とか、そういうものに関してはバラバラだけど……きっと調べたら同じような結果に行き着くんだろうね」
「ボクの国では別に三人じゃないヨ。勇者が軍隊引き連れてるネ」
「へえ……そうなんだ」
感心するクレアの横で、フィズも僅かに驚いた。
勇者と呼ばれる存在が、国によって違うのは初耳だ。世界を救ったのではなく、それぞれ国を救った存在なのだから、当然といえば、そうなのかもしれないが。
「今さらだけど、ごめんね、こんなのに付き合わせて」
二人がいて、助かった。フィズは本が嫌いなわけではないが、特別好きなわけではないし、誰かに要点を聞いた方がインプットしやすい質だ。これは慣れかもしれないが、文字を追うよりも猪を追う方が楽だと感じる。
だいぶ疲れた。凝った肩をぐるりと回すと、楽しそうに話していた二人が首を振った。
「ううん。面白いからいいよ」
「是。ボク逹こういうの好きだよネ」
フィズとは反対に、二人はニコニコと笑っている。テンションが今までより高いのを見ると、気を遣ってくれているわけじゃなさそうだ。ほっと息を吐いた。
「でも、正直、思ったよりも情報があったなぁ」
確かに、資料はどれも薄っぺらいものだったが、情報が無い無いと言われていたからか、肩透かしを食らった気分だ。
なんかもう充分だ。今日はもう終わりにしたい。
「ウーン……」
満足したフィズとは反対に、リュウホは難しい顔でノートを眺める。
「昨日、フィズちゃんが読みたかったヤツ、アレは『持ち出し禁止』なんだよネ」
「え、うん。そうだね」
「こうなると気になるね……」
「え」
リュウホに続いて、クレアまで。二人は眉を顰めながらノートを眺めると、顔を見合わせて、よしと肯き合う。
おい、ちょっと待て。なにが「よし」だ。全然良くない。ペンケースを片付けるな。もうちょっと、もうちょっとゆっくりしよう?
「あ、二人ともご飯? ご飯なんだね? お腹ペコペコだもんね?」
そろそろお昼だ。二人もさぞお腹が空いているだろうと思ったら、彼らは揃って不思議そうに首を傾げた。
「ボク逹、お弁当持って来てるヨ。図書館来る時いつもそうだもんネ」
「今日の当番私なんだ。フィズちゃんのもあるから、学校に着いたら食べようね」
何を常識です、みたいな顔をしているんだ。
肩を落とすフィズを余所に、二人は目を輝かせると、フィズの腕を掴んだ。
(おいちょっと待て)
先日まで男女の距離がどうのとか言ってたリュウホはどこに行ったのか。目を合わせただけで顔を赤らめていたクレアはどこへ。
こっちの生気を吸い取ってるんじゃないか。そう疑うほど元気な二人に引きずられ、学園にたどり着いた頃にはもう諦めていた。
「フィズちゃん、お弁当食べてる?」
再び本に囲まれてげんなりしているフィズに、笑ったクレアが包みを取り出す。クレアは決まりが悪そうに頬をかいた。
「ごめんね、ちょっとテンション上がっちゃった」
全てを許したくなる微笑みを浮かべる子だな。じんわりと心が暖まっていく。
「いいよ。あたしから誘ったのに合わせてくれてありがとう」
元々怒っているわけではないし、お弁当も嬉しい。クレアは一瞬驚いたような顔を浮かべたが、直ぐに笑顔になった。
「クレアは本が好きなんだね」
「うん。読むのも好きだけど、囲まれてると落ち着くなって」
「へえ……」
その感覚は正直全く分からなかったが、それだけ好きと思えるものがあるのは素敵だ。フィズは弁当を広げようとして、ふと疑問が浮かんだ。
「あ、でもここで飲食していいの?」
「うん。休日の誰もいない時だけはいいよって許可貰ってるから。でも他の子には言わないでね」
「了解」
こぼさないように。匂いがつかないように窓を開ける。そういう条件で、こっそり許可を貰っているらしい。一人別室に追いやられるのは寂しいので助かった。お弁当は、かわいらしく、彩り鮮やかで、とても美味しそうだ。
さっそく食べて、美味しい、とこぼすと、クレアは良かったとはにかんだ。
お目当ての本は一冊しかなく、リュウホとクレアは、同時に読むらしい。二人で一冊を覗き込むと当然距離は近く、両方照れ屋なのに、大丈夫なのだろうか。
気になったので、食べながら観察してみたが、二人はそんなこと気にならないくらいに集中しているようだった。
ページを捲る度に目が輝いていく。レオーネもこんな感じだったのだろうか。彼が言う「知ることが楽しい」という感覚は理解出来るが、授業の分だけで大満足なフィズには遠い世界の話な気がした。
「──ウン。だいたいこんなもんカナ」
「え、もう?」
ぼけーっと眺めていると、いつの間にか終わっていた。
「概要だけ纏めると、こんな感じかな」
差し出されたノートに目を落とす。
あの本には、勇者が魔法使いに魔物の警備、騎士に人からの警備を任せた、伝説の裏側が、史実として記録されていたらしい。
それから、数百年に一度、魔物が増えた時に勇者が産まれるらしいだとか。魔物は魔石を割ると消滅するだとか、魔石は勇者にしか見えないらしいだとか。
だったら、魔法使い逹は普段どうやって魔物を倒すのかというと、だいたい「弱点」として個体ごとに記録が残っていたり、口伝で伝わったりしているらしい。
それから、稀に勇者ほどじゃなくても、瘴気のような、ぼんやりしたものとして認識出来る魔法使いもいるようだ。
「図書館で読んだヤツは、なんか
纏めを読んでいると、ふいにリュウホが話し出す。
「そうだよね、なんか一般人向けっていうか……外から見た感想って感じ?
「ソレソレ。たぶん、
「…………」
普段だったら、そんなところまで読み取れるのかと脱帽しただろうが、正直今はそれどころじゃない。
「あの図書館にない資料は、国のどこにも無いんだっけ?」
杞憂であればいいのにと思っていたものが、確信にへと変わってしまった。
「魔法に関してはそうだネ。……どうしたノ?」
異変を感じ取ったリュウホが首を傾げる。
「……昨日、喫茶店で会った知り合いのお姉さんいたでしょ?」
「ウン」
「会うのは二回目だったんだけど、
あれ、どころか、息が止まりそうなほど驚いた。
だって最初に会ったあの時、フィズは名乗らなかったはずだ。コニーは一方的に名乗って店内に消えていった。
「それから、あたしの性別も知ってたし……大抵は間違われるんだよね。まあ稀に間違わない人もいるけど……」
フィズが女であることは、フィズにとっては当たり前なことなので、これだけだったら気にしなかっただろうが、名前の件と合わせるとやっぱりおかしい。
カミラはフェリオから聞いていたのか、大して驚いていなかったが。
そのカミラも、レオーネにフラれてから、コニーの店で買い物をしている。
「後は……あのお姉さん──コニーは、魔法オタクらしくって、最初会った時に『魔物と勇者の関係』について教えてくれたの」
魔物には、魔石が埋められていて、勇者にしか見ることが出来ない。
その情報は、図書室で見たこの本には載っていたけど、市立図書館にはなかった。
「コニーは、魔法が好きだけど、魔力がない人で、学園には通わないって言ってたのに、どうして知ってるのかなって」
凄いことのようにも思えるし、人から聞いた可能性もあるが、単純にコニーが学園に通っていたなら、辻褄が合う。
「…………」
「いや、取るに足らない違和感ばっかだよ」
訝しげに考え込む二人に、フィズは慌てて付け足した。
「……でも」
でもだ。
「なんで嘘を吐くのか気になるし、あたしの名前を調べられてるのも正直気味が悪いかなって……ちょうど会ったのは、魔物が出てきた時だったしね」
名前だけなら、きっと魔物退治をした時のことから調べていけば、それぐらいは分かったかもしれない。
だが、これだけ材料が揃うと、やっぱりおかしい。目的は分からないが、最初にチェルシーやロイ、フェリオのことを尋ねたのも気になる。魔石のことが、学園に通わずに誰かから聞いた情報だとすれば、彼女は、フィズが喋る人なのか、見てたんじゃないのか?
カミラは、正直あまりそういう意識が低いように見える。世間話のようにレオーネのことを聞いていたとしたら?
「……卒業アルバムとか、調べてみよっか」
立ち上がったクレアが、棚に近寄っていく。リュウホが後を追って行った。
「たぶんあんまり年上じゃないカラ、最近のやつから遡っていったほうがいいネ」
「じゃあ、一年前から十年くらいまでで」
リュウホと二人で上と下からそれぞれに遡っていく。
クラス写真だけに絞ると、彼女は、案外直ぐに見つかった。
「……いたヨ」
見つけたリュウホがアルバムの写真を指す。小さいが確かにコニーだった。あまり変わってなくて良かった。
「……でも、コニーさんだっけ? 名前の欄にはいないよ」
個人の写真と名前が載っているページを見て、クレアが首を傾げた。
「たぶんだケド、卒業してないんじゃないカナ。留年で下の学年になったとか、
「……退学……」
ワードが引っかかって、フィズは名前が載っている欄を見た。そこには、にっこり笑ったフェリオと、髪が短いレオーネがいる。
「
「お兄ちゃん? フィズちゃんの?」
「あ、この人デショ。よく似てるネ」
蛇が肌の上を這ってくるような、ゾッとする感覚に、フィズは思わず自分を抱き締める。無言になったフィズに追い打ちをかけるように、クレアがある写真を指した。
「あ、フィズちゃん。コニーさんここにも写ってるよ」
おそるおそる目を向けると、それはクラスの女子逹が楽しそうにポーズを決めている写真だった。コニーは、後ろで、ある少年と談笑している。その少年は。
「……レオくん……」
レオーネの元カレであるアリスは、魔法が好きで、とても話が合ったとか。嫉妬心が強く、レオーネが誰かから告白され始めてからは、他の女子と談笑することも許してくれなかったとか。
色んな話を思い出しながら、フィズは昨日もらったチラシを出す。
それを二人の前にダンッと叩きつけるように置くと、目を丸くしたリュウホが「昨日のヤツ?」と疑問を浮かべた。大きく首肯すると、隣のクレアが嬉しそうな声をあげる。
「かわいいね。あ、このロゴ、
ひゅっと喉奥から音がして、フィズは立ち上がった。
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