レオーネの選択

第31話

 翌朝、目が覚めると、フィズはまずスマホをいじって、それから飛び起きた。

 時刻は七時。約束まではまだ時間があり、いつもなら二度寝をするところだ。だけど、今日は久しぶりにレオーネと二人の朝だ。

 笑いを抑えてリビングに行くと、キッチンから音がした。レオーネは朝食を作っているらしい。そうっとドアを開けて確認すると、火も包丁も使ってないのが見えた。


「レオくん」


 よし、と笑って、フィズはレオーネの背中に抱きつく。レオーネはフィズの登場に目を丸くした。


「びっくりした……もう、驚かせないでよ、フィズ」


「へへ。おはよう」


「おはよう」


 レオーネは、笑ってフィズの頭に手を伸ばして──止めた。不思議に思ってレオーネを見ると、彼は手をじっと眺めて、閉じたり開いたりを繰り返している。調理の最中だったから、手が汚れているのだろうか?


「レオくん、どうしたの?」


 覗き込んで顔を見る。レオーネは、フィズと目が合うと、じわじわ頬を赤らめた。


「な、なんでもない……」


 ふいっと視線を逸らす。色づく頬はそのままで、妙によそよそしいその態度に、首を傾げて──ピンときた。


「分かった。レオくんってば恥ずかしいんでしょ」


 フィズの指摘に、レオーネの肩が跳ねる。それから彼は、ぎぎぎっと、油を差していないロボットのように首を動かし、化け物でも見つめるかのような目を向けてきた。


「レオくん、動きが変だよ。ロボットデビュー?」


「う、うううううん」


「どっちだよ」


 いや、違うことは分かっているけど。ロボットではないだろうけど。


「寝違えたの?」


 あれ結構痛いんだよな。痛みを思い出していると、レオーネは首筋に手をやり、しきりに擦った。この様子だとだいぶ痛いのだろう。


「あたしマッサージ出来るよ。やったげようか」


 少し背伸びをして、彼の肩口に顔を乗せる。さっきよりも近くで目が合って、レオーネは再び体を揺らした。

 レオーネの唇が動いたが、音は届かなかった。耳を寄せると、掠れた声が聞こえてくる。


「だ、大丈夫……」


「そう?」


 すごい勢いで何回も頷くので、ちょっと風がきて笑ってしまう。


「それより、その、『恥ずかしい』って、なんのこと?」


「ん?」


 一瞬、なんのことかと思ったが、直ぐにさっきの指摘のことだと理解した。慌てっぷりに思わず笑ってしまう。


「大丈夫だよレオくん」


 反対側の肩を優しく叩くと、フィズはうんうんと頷く。

 今まで誰にも言わずにいたことを、四つも下で、弟子のフィズに零して、慰められたのだ。確かに赤面ものだろう。本音を話すのは、誰だって勇気のいるものだ。


「分かってるから」


「え」


 固まるレオーネを置いて、フィズはリビングに行く。

 残されたレオーネは呆けていたが、じわじわと顔を青くすると、フィズを追いかけた。


「フィズ、なん、なんのこと?」


 肩を掴むと必死に聞いてくるレオーネに、フィズはきょとんとして、首を傾げる。


「だから、恥ずかしいんでしょって」


 何をそんなに気にしているのだろう。眉を顰めると、レオーネは唇をぎゅっと閉じる。


「ええと……その内容について聞いてるんだけど」


「内容? ……何を恥ずかしいって思ってるかってこと?」


 今日のレオーネはなんか、よく頷く日だ。そのままちぎれて飛んで行きそうな勢いで首を振るレオーネに、フィズは少しだけ引いてしまう。

 ……あれ。首が痛いのは大丈夫なのか?


「えっと、昨日の……たくさん話してくれたから」


 感じた疑問をまあいいかと投げ捨てた。

 レオーネは、ぽかんと口を開けると、へなへなと膝をついた。


「なんだ、かぁ……」


 この反応だと、レオーネの危惧する答えとは違ったらしい。自信満々に外したのは残念だが、見た感じ知られたくないようなので追求はやめておいた。

 安心したのか、レオーネはフィズの座るソファーに頭を預ける。普段は頼りになるお兄さんが、こうしているとなんだか子供に見える。

 弾んだ気分のまま、手を伸ばしてよしよしと撫でる。レオーネは、ちらりと視線を寄こして、それからフィズの膝に頭を預けてきた。


「…………」


 みぞおちの辺りがきゅっと締まるような、飛び出してきそうになる何かをぐっと堪える。レオーネの髪はさらさらしていて指通りがよく、触っていると気持ち良かった。

 ずっとこうしていたいなとは思ったけど、今日はそういうわけにもいかない。堪えて話しかける。


「今日ね、リュウホとクレアと出かけてくるね」


 気になることがあるので、市立図書館に行って、それから学園の方の図書室にも行く。図書館は、魔法についての資料はほとんどない。おそらく時間はかからないだろう。


「クレア?」


 聞き慣れない名前に疑問符を浮かべたレオーネだが、直ぐにああと納得した。


「昨日友達になったって言ってた子か」


「そうそう」


「いつもの……ええと、チェルシーは?」


「チェルシーは風邪引いたんだって。一応誘ってみたら、熱は下がったけど咳が残ってるから止めとくって」


「ありゃ。残念だね」


 苦笑を返す。実は行くと返ってきたのだが、リュウホが止めたのだ。

 図書館だったら、慣れているリュウホとクレアで十分だし、無理はしないのが一番だ。週明けに何かお土産を持って行くからと宥めて、なんとか納得してもらった。


「じゃあご飯食べて用意しなくちゃね」


 レオーネが立ち上がったので、フィズも着替えに向かう。

 部屋を開ける時に荷物がドアの邪魔をして、フィズは顔を顰めた。

 片付ける行為がけして嫌いなわけではないが、やっぱり面倒くさい。泊まりの荷物やカミラに貰ったプレゼントはそのまんま部屋に置きっ放しだ。一式揃えた服が入っているので、用意したものをそのまま着ようと鞄を開ける。ひらっと紙が落ちた。コニーに貰った、地図付きのチラシだ。

 よく考えてみれば、穴場なのに地図付きのチラシがあるのって、どうなんだと思わなくもないが、まあそれは良くって。最初にちらりと見ただけで、それからは見ていなかったなと目を通す。

 そのチラシは、「ドリームマジック」という店の名前と簡略な地図。それから、営業時間が書いてあるだけの簡素なものだった。十時から夕方の六時まで。定休日は土曜日らしい。色はクリーム色で、ロゴに懐中時計を持った白ウサギのマークが書かれていた。

 なんだか見覚えのあるロゴだ。記憶を探って、カミラにもらった紙袋を見る。

 やっぱり、雑貨品なんかが入っていた紙袋にそのロゴが入っていた。どうやら、カミラも買い物したらしい。


「…………」


 じっくり見ると、今日持って行く鞄に入れる。それから着替えて用意をし、朝食をしてから、フィズは家を出た。

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