第29話

 気合いを入れて、フィズは、言われた通りに校門前に行く。

 電話をかけてきた保護者は、フェリオかレオーネなのだろうと思い込んでいたが、そこにいたのはなんとカミラだった。

 予想外過ぎて立ち尽くす。なんだか紙袋をたくさん持っていた。カミラはつま先から頭のてっぺんまでじろりと睨めつけ、それから仁王立ちになる。


「遅かったじゃない」


「す、すいません……」


 わざと遅く来た手前、やっぱり罪悪感がある。

 大人しく謝ると、カミラは片眉を上げ、袋の一つをフィズに突きつけた。


「これあげるわ」


 驚いていると、カミラは焦れたように紙袋を揺らす。それからもう一度「あげる」と言うので、なんだか分からないままに手を出した。袋の取っ手を指にかけられる。

 中身を見てみると、手袋やマフラー、それから帽子が三セットほど入っている。柄からしてなんか高そうだった。

 何で急に防寒具なんだろう。混乱しながらカミラを見ると、カミラは顔を顰めた。それからまた違う袋を渡してくる。


「これも」


 お、おう。これもか。受け取って中を見ると、今度はアリスをモチーフにした雑貨や、六芒星等の魔方陣があしらわれた物が入っていた。お洒落なキッチン用品だったり、かわいいぬいぐるみだったり、色々だ。

 猫とウサギのぬいぐるみで、二人を思い出して、少し顔を綻ばせる。フィズの反応にカミラはにんまりと笑うと、残りのも全部押しつけてきた。


「これも、これも、これもあげる」


「え」


 たくさん押しつけられて、今度こそハッキリ混乱する。視線を受けたカミラは、顎を突き出して満足そうに笑った。


「どうよ」


「ど、どうって」


 学校の用具と、泊まりの荷物と、カミラに押しつけられたプレゼント? で、だいぶ、なんていうか。


「重たい……」


 限界が来て、思わず荷物を地面に下ろす。カミラは慌て始めた。


「そういうことは早く言いなさいよ」


 カミラがぱちんと指を鳴らすと、なんか高級そうな黒塗りの車が突っ込んできて、中から執事服を着た何人かがどたどたと降りてきた。

 ずらっと並ぶ男達に、カミラはフィズを顎で指す。すると彼らは「失礼します」と言って、呆然とするフィズから荷物をさっと奪って、車に乗せていった。

 あっっっと言う間にフィズは身一つになった。執事の一人がまた礼をして、それから車は去って行く。


「あんたの家に運ばせたわ」


(え、なに、怖……)


 絵に描いたようなお金持ちに、テンションが上がる暇もなく、とんでも待遇を受けてしまった。魔法とはまた違った別の世界に、フィズは身を抱く。助かったのは助かったのだけど。

 カミラは何がしたいんだろう。あんなに貰っても持て余すだろうし、そもそも貰う理由がない。

 カミラをじっと見つめると、彼女はネックレスを指先でいじった。


「ええとだから……」


 視線を彷徨わせて、忙しなく足を動かして、カミラは何かを言おうとしている。

 突然のプレゼント攻撃。それから、何かを言い淀む姿を見て、唐突に気がついた。

 フィズは、それを遮るほど怒っているわけでも、意地悪でも、カミラが嫌いなわけでもない。

 カミラが口を開く度に、白い息が見えて、ここは寒いんだよなと今さら気付く。

 そうして辛抱強く待っていると、カミラは、たっぷりの間の後、意を決したように顔を上げた。

 合わせてフィズも背筋を伸ばすと、カミラはやけくそのように叫ぶ。


「悪かったって言ってるのよ」


「…………」


「人の生活している場所にズカズカ入り込んで、壊しといて謝らないで、確かに私が悪かったわ。子供に気を使わせて、ごめんなさい」


 ほとんど怒鳴るような謝罪がなんだか面白くて、フィズは頬を緩めた。

 一歩近づくと、カミラが体を強ばらせる。


「あたしも、酷いこと言ってごめんなさい。最後のね、嘘だから」


 傷つけようと思って、わざとあんな言葉を選んだ。

 カミラの手を取ると、フィズも謝る。彼女の手は冷たかった。どれくらいかは分からないが、ずっと待っていてくれたのだ。嬉しくて、フィズは声を弾ませた。


「さっきのあれ、ありがとう。大事にするね」


 ちょっと多いけど。そう付け足すと、カミラは一瞬ぽかんとして、弾けたように笑い出した。


「要らなかったら、持って帰るから選びなさいよ」


「いいよ。あたしの為に選んでくれたんでしょ?」


 少しずつでも使う。そう言えば、カミラは喜色満面で、繋いだ手をぶんぶんと振った。年上だけど、子供っぽい仕草に、フィズも満面の笑みを浮かべる。


「そろそろ帰ろっか」


 そうじゃなきゃ凍えてしまいそうだ。提案すると、カミラはポケットに手を伸ばした。それからスマホで電話をしようとしたが──止めた。

 家路を二人で歩き始める。


「……私ね、昨日みたいなこと、今までよくやっちゃってたの」


 空を見上げながら、カミラは地面を蹴り上げてヒールを鳴らす。


「謝れって思われてるのは分かってたわ。でも、どうしても口から出てこなくって、いつも代わりの物をあげるの。とびきり高級なやつね。そうしたらもう追求されないから」


 ばつが悪そうに笑う顔をぼんやりと眺める。

 昨日はきっと、悪いと思ってああしたのだろう。謝らないんじゃなくって、あれがカミラなりの「ごめんなさい」だったのだ。


「さっきね。あげた物を大事にするって言ってくれて、とっても嬉しかった。私、そんなの今まで知らなかったわ」


 ああやってハッキリ言われたのは、もしかすると初めてだったのかもしれない。そう考えると、少しだけ可哀想だ。


「教えてくれてありがとう、フィズ」


 カミラが、こうして仲直りしに来てくれる人で良かった。ぶつかって良かった。そう思うと、胸のつかえが取れてすっとした。

 もう一人はどうだろうと、空を見上げる。この時期は日が短く、もうすっかり暗くなっていた。


「そうだ。私、もう家に帰るわね」


「え」


 せっかく明日から休みなのに、もう帰るのか。

 顔を向けると、カミラはフィズにデコピンした。


「私がいたら、気になってレオーネ様と仲直り出来ないでしょ?」


「…………」


 それは、まあ……そうかもしれない。否定出来ずに視線を泳がせる。カミラはもう一度デコピンをすると、ニヤリと笑った。


「私は、フラれたから安心しなさい」


「え」


「一番大事な子がいるんですって。あんた逹、付き合ってるなら早く言いなさいよ」


 付き合う……?

 首を傾げる。カミラは「あり得ない」みたいな顔をして、フィズの頭をぺしぺしと叩いた。


「レオーネ様と同じ反応ね。これに負けたと思うと腹立たしいわ」


 どういう意味なのか。聞こうと思ったが、カミラが目をつり上げたので、フィズは質問を飲み込んだ。

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