第27話

 ドアを閉めると、眉を下げたコニーがフィズを振り返る。


「送ってかなくても平気?」


「うん。大丈夫」


「──フィズちゃん?」


 ふと見知った声がして、振り返るとそこにいたのはリュウホだった。

 コニーとリュウホの視線が交わって、二人がフィズを見る。


「えっと、友達」


 リュウホがぺこっと頭を下げて、コニーは「じゃあ大丈夫ね」と微笑んだ。


「家に帰り辛かったら、いつでもお店においでね」


 鞄から地図付きのチラシを出すと、フィズに渡して去って行く。彼女と手を振って別れると、リュウホに向き合う。


「おはよ、リュウホ」


你好にーはお、フィズちゃん。今の人は?」


「知り合い。さっきそこの喫茶店で偶然会ったの。前に助けてくれて」


 リュウホはフィズが魔物と戦ったことも知っているので、その時のことだと説明する。フィズの話が終わると、リュウホは目をぱちりと瞬かせて、驚きを露わにした。


「ヘー。偶然もあるものだネ」


「あのお姉さん、勤めてる店が近所だしね。これからもちょくちょく会うかも」


 貰ったチラシを見せると、リュウホはちらりと見て曖昧に笑う。どちらかと言えば、女の子が好きそうな店なので、リュウホはあまり興味がないのだろう。

 手でいいよ、と制されたので、折り畳んで泊まりの荷物の方に入れる。その仕草を眺めながら、リュウホはフィズの荷物を指した。


「ところでソレ、どうしたノ?」


「ああ、チェルシーの家に泊めてもらおうかなって」


 答えると、荷物を再び背負い、学校へと歩き始める。だが、直ぐに立ち止まった。


「今日チェルシーちゃんお休みだって言ってたヨ」


「え」


「ホラ。あの子昨日池に落ちたデショ。やっぱ風邪こじらたって。メッセージ届いてないノ?」


 そういや忘れていたが、そんなことがあった。

 慌ててアプリを立ち上げて確認すると、たった今思い出したかのように、チェルシーからのメッセージが届いた。


「そんなぁ……」


 がっくりと肩を落とす。経験から言って、リュウホの家に泊めてと言っても無理なことは分かる。とすると、実家に帰るかとため息を吐いた。兄のところも捨てがたいが、たぶん忙しいだろう。

 でも残念だ。チェルシーと話したかった。会えないとなると余計に恋しい。


「……なんか珍しいネ」


 しょんぼりするフィズに目を丸くすると、リュウホは顔を覗き込んできた。


「女の子同士ってべったりしてる印象が強いケド、二人はあっさりしてるナーって思ってたノ。お泊まりだって、別に約束してたわけじゃないんデショ? どうしたノ?」


 ちらりと見ると、リュウホは小首を傾げる。なんだか、色んな人に心配をかけているなあと思って、でも、今度はすんなりと言葉が出てきた。


「同居人と喧嘩したの」


「それでお家に帰るのが嫌なノ?」


「うん……」


 素直に肯くと、リュウホはふうと息を吐いて、後ろ頭をかく。


「……原因ハ?」


 話を聞くのが億劫です、みたいな態度なのに、ちゃんと聞いてくれるらしい。そのちぐはぐな態度がなんだか可笑しくて、緊張を解くと、昨日のことを話した。


「──なるほどネー」


 フィズの話を聞き終えると、リュウホは視線を空に向けて、感想なのかなんなのか分からない相槌を打った。

 今まで我慢していた分まで語ったから、かなり話があちこちにいって分かり辛かった気がするが、彼はきちんと理解してくれたらしい。

 目を向けると、リュウホは口を開いて、閉じる。そうして迷っている素振りを見せたのに、実際に飛びだした言葉は、あっさりバッサリ切り捨てるものだった。


「それはレオくんとカミラちゃん? が悪いネ」


「…………」


「レオくんはヘタレだし、カミラちゃんはお子ちゃまだヨ。別にフィズちゃんがしょげる必要ないんじゃないノ?」


 ぽかんとするフィズに、リュウホは不思議そうに首を傾げる。まあ、確かに、そうなんだけど……なんだかしっくり来ない。


「しょげるっていうか……」


 指先をぐるぐると回す。いや、しょげているのだろうか。腑に落ちないで俯くと、リュウホが急に声をあげた。


「ア。クレアちゃん」


「?」


 後ろを見ると、小さな少女が立っている。クレアと呼ばれた彼女は、肩までの金髪を下のほうで二つに結っていて、なんだか困ったように眉尻を下げていた。

 そんな彼女に、リュウホは笑うと、フィズの肩をちょいちょいと突く。


「ごめんネー。邪魔だったネ」


 言われて、自分がいつの間にか立ち止まって道を塞いでいたことに気づく。慌てて退くと、クレアはぴゃっと肩を跳ねさせた。


「うあ、ううん……!」


 ぶんぶんと首を振る。勢いが良くて、いや、良すぎて首がちぎれるのでは、と思うほどで、見ていて心配になる。


「お友達?」


 こっそり聞くと、リュウホは彼女とフィズを紹介してくれた。


「クレアちゃんだヨ。こっちはフィズちゃんネ」


 フィズが顔を向けると、彼女はぴゅーっと逃げてリュウホの後ろに隠れてしまった。


「ごめんネ。人見知りみたいなノ」


 そうなんだね、と相づちを打って、それからクレアを見る。フィズがあんまり人見知りしないほうだからか、あまり周りにはいないタイプだった。いや、ロイも人見知りらしいが、彼は話はするタイプだ。

 リュウホの後ろから顔だけ出して見てくるクレアに、新鮮な気持ちを抱えながら、怖くないよ、という気持ちを込めて笑いかける。野生動物パート2との出会い。こちらは、野ウサギみたいな感じだから、どこかの誰かさんの時よりも何倍も心穏やかだった。

 彼女は、一瞬固まってから、なにかを振り払うように首を振り、小さく口を開いた。


「クレアです……」


 蚊の鳴くような声だったが、一応聞こえた。よろしくね、と言えば、おずおずと頷いてくれる。

 なんだ、この生き物は。ちまっとしていて、ふわふわで、この世の生き物とは思えないくらいに愛らしい。じーんと込み上げてくるものを噛みしめていると、リュウホが目尻を下げて笑う。


「隣のクラスの子でネ、この前図書室で仲良くなったノ」


「な、仲良く……」


 リュウホの言葉に顔を赤らめると、クレアはリュウホの服の裾をぎゅうっと掴み、もみ洗いするように動かした。


「……クレアちゃん。服がぐちゃぐちゃになるからネ」


 リュウホがその手をそっと掴むと、クレアは動きを止めて、手を凝視する。それからリュウホを見て、至近距離に驚いたのか、後ろに飛び退いた。


「ご、ごめんネ」


 その仕草に、リュウホも耳を赤らめると、俯く。


「かわいい……」


 猫と野ウサギの交流に思わず呟くと、二人が首をこちらに向けた。リュウホが助けて、みたいな視線を向けてきたので、心得たとばかりに首肯して、それから話を振った。


「二人ともかわいいね」


 リュウホの期待に満ちた目がみるみるうちに細まって、こいつだめだ、みたいな顔をされる。なんでだ。


「なんでダヨ。クレアちゃんなら、分かるケド」


 クレアの体がびくりと揺れて、今度は物陰に隠れる。


「か、かわいくないです……」


 いや百点だよ、という言葉を飲み込んで、そうかなぁと適当に完結させた。この話は、二人の前ではしない方が良さそうである。

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