第24話

 嫌な予感というのはどうにも当たるものだ。その日からフィズは、やるせない気持ちを抱いて生活しなければいけなくなった。


「ただいまー」


 フィズが学園から帰ってくると、レオーネは大体リビングから顔を出して出迎えてくれる。

 だが、カミラが来てからここ二、三日はその出迎えはない。今日もそれは変わらず、リビングに書き置きが残してあった。


「今日は水族館か……」


 レオーネが残したメモ破りながら、大きなため息を吐く。

 昨日は遊園地。一昨日買い物。その前は……どこだったか忘れたが、レオーネは、カミラの押しの強さに負けて、毎日あちこちにデートに出かけている。

 魔法のことを教わろうにも、帰ってからもずっとべったりしていて、とてもそんな状況ではなかった。ここでフィズが「カミラに付き合ってないで、あたしに魔法を教えて」と駄々を捏ねるのは簡単だ。だけど、そうしたらきっと、カミラと喧嘩になって、レオーネは途方に暮れてしまうだろう。そう思うと、とても言えなかった。


(まあ、先生に聞くし、いいんだけどさ……)


 レオーネは、元々学園で教わったことを教えてくれているだけで、特別なことはしていない。だから彼が教えてくれることはオリヴィアにでも聞けばいいし、なんら問題はない。

 カミラだって、最初は警戒したが、蓋を開けてみれば、騒がしいだけの面白い人だった。少々強引で、破壊魔ではあるが(最初に騒いでいたのは、花瓶を割ってしまったらしい)、問題はない。ないのだが。

「無理……めちゃくちゃ寂しい……」

 そう。問題がないのが問題だった。フィズが少し我慢をすれば解決してしまうから、レオーネに構ってもらえる理由がない。特権が欲しい。


(特許出願でもしてやろうかな……)


 弟子特権的な。いや弟子特権ってなんだろう。フィズもよく分かっていないが。


(大体、なんなの、遊園地に水族館って……めちゃめちゃ楽しそうじゃん……)


 そんなところ、フィズは久しく行っていない。フィズも行きたかったと、顔を覆ってさめざめと泣いた。

 構ってくれるとすれば、フェリオだが、彼は本当に忙しい合間を縫ってこの家に来たらしい。家に帰らない日もあれば、帰ってもカミラやレオーネと話すばかりで、フィズの話を聞く暇がなさそうだった。

 今日は、もう木曜日だ。いつもは明日行けば、二日の休みだとウキウキするのに、休日で家に居る時間が増えると思うとげんなりする。だってお家に一人か、二人が話しているのを聞いているかだ。

 学園が楽しいからか、そのぶん家に帰るとギャップが酷くて寂しさ倍増だ。


「どうしよ、チェルシーの家に泊めてもらおうかなぁ……」


 ふと口に出して、とてもいいアイディアだと笑顔になる。さっそく連絡をしようとスマホを手に持ったところで、ガチャッと音がして、二人の声が聞こえた。

 帰ってきてしまった。慌てて立ち上がると、玄関に向かう。途中にある鏡で無理やり口角を上げて、二人を出迎えた。


「二人ともお帰りなさい」


「ただいま、フィズ」


 レオーネの笑顔を見るとなんだかホッとする。無理やり引き伸ばしていた口角が自然に緩んだ。


「ガキンチョ」


 彼の後ろから顔を出したカミラが、フィズの手に箱を投げる。それは、水族館で買ったらしいクッキーだった。


「今日のお土産よ」


 ふっと笑うと、カミラはすっかり我が物顔で家の中にへと入って行く。

 彼女は、こうして出かけた後には必ずお土産をくれる。普通に話したりもする。だから、けしてフィズのことを蔑ろにしているわけではないのだ。だから、本当にレオーネが好きで一緒に居たいのだと思う。

 ただ、そうすると、気持ちの行き場がないのだ。いっそのこと、カミラが嫌な人だったら。そうしたら、心置きなく追い返せたのに。


「どうしたの、フィズ」


 突っ立っているフィズの顔を、レオーネが後ろから覗き込む。肩を跳ねさせると、フィズは首を振った。


「なんでもない」


 何を考えているのだろう。カミラが迷惑な人なわけでもないのに、フィズが何となく嫌だなんて理由で、誰かに負の感情を向けたくはなかった。だって、もしそんなことして、レオーネがこの先誰かとの関係を諦めることになったら、申し訳なさすぎる。

 自分を叱咤すると、へらりと笑う。


「ちょっとね、ボーッとしちゃった」


「そう……? あ、もう直ぐ試験だから、勉強大変でしょ。夕飯の後にでも──」


「二人とも」


 レオーネの言葉を遮って、カミラが顔を出す。


「あ、えと」


 カミラとフィズを交互に見ると、レオーネは困ったように笑って、カミラを見た。


「ごめん、今フィズと」


「ちょっと来なさい、フィズ。良い物見したげる」


「え、え」


 だけどカミラはレオーネをガン無視し、フィズの腕を引っ張って歩き出した。振り返って見たレオーネは、なんだか疲れたような顔で肩を落としていた。

 フェリオの忠告を思い出す。カミラとレオーネは、相性が悪いというか、レオーネが一方的に苦手だと思ってしまうタイプだと。日中あんなに一緒にいたら、あの人そのうちハゲるかもしれない。

 だがこれは、あくまでフィズの想像だ。フェリオみたいに付き合いも長くないし、レオーネが嫌だと言わない限り、そうじゃなくてもフィズに相談してくれない限り、判断がつかない。


(レオくん、あたし、エスパーじゃないんだよ)


 カミラを受け入れるにしろ、お断りするにしろ、迷っているにしろ、レオーネが言ってくれなくちゃ何も分からないし、フィズも動けない。

 言葉が大切だなんて、どの口が言ったのか。寂しいだけじゃなくて、そういう苛立ちもあるのかもしれない。フィズがこっそりため息を吐くと、カミラが嬉しそうな声をあげた。


「──見なさい。なんだか面白いでしょ」


 目を輝かせると、カミラは電子レンジを指す。フィズは、言われるままにレンジを見て、叫びそうになった。卵を、加熱しているのである。

 卵は、ヴヴヴッと振動して、今にも爆発しそうになっていた。


「レオくん! レオくん、大変!」


 慌ててレオーネを呼びに行く。彼にレンジの惨状を見せたところで、中の卵が、一気に爆発した。

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