第22話

 ……これはまた、すごいのが来たな。

 フェリオの舌の根も乾かぬうちに現れたカミラを、ある意味感心しながら見る。このガッツは、フィズには死んでも搭載されない機能だ。羨ましくなる日は、絶対、それこそ死んだって来ないだろうが。


「……すまん。とりあえず、中に入れてやってもいいか? この勢いだと窓を割りかねん」


 フェリオの言う通りだった。彼女は、歯を食いしばって窓と格闘しているのだが、押したり引いたり、それでは開かないから、ついには窓枠を外そうとまでし始めた。

 鍵がかかっているという当たり前の発想が浮かばないくらい、目の前のことが見えていないのか、ただの世間知らずなのかは知らないが、確かに、このままにしておくと窓を割りそうな勢いだ。


「う、うん」


 レオーネの許可が降りると、珍しく気怠そうなフェリオが、窓をこんこん、と叩いた。カミラの体が少し浮き、手が窓から離れる。フェリオが鍵を開けると、彼女は大きな鞄と一緒に、おあずけが終わった犬のような勢いで飛び出してきた。


「だーっはっはっはっ! ここにいたのね、フェリオ!」


 笑い声のチョイスはそれでいいのか?


「あのな、カミラ」


 フェリオは、ずいっと近づいてくるカミラの頭を押し返し、半笑いで彼女に言い聞かせる。


「窓に張り付くやつがあるか。ヤモリじゃないんだから」


 フェリオが誰かに向かって後ろ向きなことを言うのは珍しい。だから、もしかして仲が悪いのかなと思ったが、こうして彼らのやりとりを見ていると、そうでもないように見えた。きっとレオーネに会わせないようにしたのは、本当に、彼女を苦手な部類だと思い、気遣ってのことなのだろう。


「ああ、愛しのレオーネ様! 会いたかったですわ!」


 フェリオへの挨拶もそこそこに、カミラはレオーネに飛びつこうとする。レオーネが思わず後ずさり、フェリオが首根っこを掴んだ。


「なによ、フェリオ。まだ邪魔するつもり?」


「当たり前だろ」


 フェリオは、レオーネをちらりと見ると、彼女から手を離した。だが、そのまま肩を組むと、何かを催促するように手を出した。


「しょうがねえから、紹介はしてやるけど、先に俺のスマホを返せ」


 やけにを強調するのは、協力は一切しないということなのだろう。

 それはカミラにも正しく伝わったようだ。彼女は眉をぴくりと動かしたが、フェリオの眼光が鋭くなったので、口をつぐんだ。


「フィズに学園の入学祝いの連絡入れてやろうと思ったら、取りやがって」


「だって、こうしないと、フェリオはこっちのいうこと聞かないじゃない」


「お前も聞かないけどな」


 そうか。別に連絡を忘れてたわけではないらしい。ここ最近ずっともやもやしていたものが晴れて、フィズは少し、口角を上げる。

 カミラは下唇を少し突き出すと、大きな鞄をから、黒いカバーのついたスマホを取り出し、フェリオに渡した。


「なによ、シスコン。これでいいんでしょっ」


「おー」


 フェリオはにっこりと笑うと、カミラから体を離した。それから、受け取ったスマホをすいすいと操作する。それから、カミラを指した。


「レオ。フィズ。こっちはカミラ」


「よろしくお願いいたします」


 紹介を受けたカミラは、ふわりと微笑むと、スカートの裾をつまんで挨拶をした。

 さっき窓に張りついていた印象が強いが、こうして見ると、まるでどこかのお嬢さまのような雰囲気の女だ。

 長く伸びた金の髪に、紫の瞳。質の良さそうな服が嫌味なほど似合っていて、微笑んだ顔は、花が綻ぶようだった。なるほど、これは、フェリオが美人だというのも頷ける。


「カミラ。レオ……は知ってるな。こっちはレオの弟子で、俺の妹のフィズ」


「あら。貴女が妹さん?」


 彼女は、フィズをジロジロ見ると、最後に口角をつり上げた。よく分からないが、嫌な感じの笑顔だ。フィズは、リュウホの言葉を思い出した。


(『恋人や好きな人が、他の人と親しくしてるのは、大抵妬ましい』かぁ……)


 とりわけ異性は、だ。

 それを考えると、自分がカミラと仲良くなるのは難しいのかもしれない。いっそ妹じゃなくて、弟だって紹介してもらえば良かった。


「カミラは、大きな会社の社長の娘で、まあ、なんかお嬢さまらしい。知らんけど」


 やっぱりそうなのか。投げやりな紹介に、カミラはふんとそっぽを向く。


「お父さまは関係ないわ。気にしないでちょうだい」


 関係ないと言っても全身から滲み出ているのだが、まあ、それは脇に置いておいて。

 聞くと、彼女は通算百回を超える家出の最中で、現在行く当てを捜しているらしい。

 まさか。フィズとレオーネが顔を見合わせると、カミラは、にっこりと笑った。


「しばらくここでご厄介になりますわ」


「いや、それは……」


 反射的に声をあげて、じろりと睨まれる。


「なぁに。まさか、貴女がいるのに『男女が一つ屋根の下で暮らすなんて』とか言わないわよね?」


「それは……」


 やっぱり弟だって紹介してもらえば良かった。いつもは男と間違えられるのに、肝心なところで役に立たないスキルに歯を食いしばる。

 ここで、どうにかして彼女を追い返さなければ、レオーネが大変な思いをするだろう。それに、家の中で敵意を感じる生活は、フィズが堪えられない。

 助け舟を期待して、フェリオに視線を向ける。彼は一つ長い息を吐き、レオーネに話題を振った。


「──だ、そうだ。?」


 その質問に、レオーネは、びくりと肩を跳ね上げると、視線を宙にさ迷わせた。


「う、うーん……」


 その顔は引き攣っていて、断りたいように思える。だが、優しいレオーネは、どうやら

 フィズとフェリオ、それからカミラを見て、目を瞑り──レオーネは、とうとう首を縦に振ってしまった。

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