押し売り婚約者

第20話

 その後四人で見た映画は、面白かったが、やっぱりロイは寝てしまった。チェルシーがそれに怒り、二人が喧嘩してもリュウホは我関せずで、欠伸を堪えていた始末だ。

 基本はフィズも放っておいたが、堪らずに仲裁をする度、ロイはなんだか不思議そうな顔をしていた。だんだんと口数が減っていくのが気になったが、こちらの心配を余所に、リュウホと世界の虫の話で盛り上がってとても仲良くなっていたので、あまり気にしないことにした。

 普通に話していれば、チェルシーの言っていた通り、ロイとは気が合った。話が盛り上がるわけではなかったが、隣にいてのんびり出来るタイプだ。最後、「また遊ぼうね」と言えば、小さく頷いてくれて、なんだか弟が出来たみたいで嬉しかった。


「そんなわけで、ちょっと面倒だったけど、楽しかったよ」


 そう締めくくると、フィズは凝り固まった肩をぐるぐると回す。ごき、と鈍い音がして、少しだけすっきりとした。


「大変だったね。でも頑張ったんだ」


 あはは、と笑い声をあげると、レオーネはフィズを労ってくれる。

 彼は本当に褒め上手だ。話していると嬉しくなるけれど、でも、こういう対人関係で正面から褒められると、なんだか少しだけ恥ずかしくなった。


「まあ、ロイよりはお姉さんだしね」


 だから大したことない。そうかっこつければ、レオーネはちょっと目を開いて、驚いた顔をした。


「フィズってそういうの気にするタイプだったんだね」


「……そういえばそうだね」


 今はかっこつけただけだが、そういう言葉がすんなりと出てくるのは、普段自分が気にしているからだろう。もしくは、周りに気にしている人がいるのを覚えているからか。

 ふむと考えて、フィズは思いつく。


「お兄ちゃんがずっと言ってたからかな」


 フェリオは意外なことに、上下関係というか、年上だからとか、年下だからとかそういうものを気にするタイプだ。

 四つも年が離れた妹の面倒を毎日見ていれば、自然とそういう考えが身についてくるのだろう。両親にも言い含められていたようだし、あれはあれで苦労もしていたのかもしれない。面倒を見られていた側とすれば、それで同情する気にはならないし、フェリオも望んでいないだろうが。


「一応、あたしのこと、お兄ちゃんだからって理由で面倒見てたしね」


 フィズのように照れくさかったのか──いや、あれは、「お兄ちゃん」であることに一種のステータスを感じていたのだろう──褒められる度に「お兄ちゃんだから」とふんぞり返っていた。


「フェリオは本当にフィズのことが大好きだよね」


 ふふ、と笑うレオーネに、フィズは目尻を赤くして黙り込む。

 レオーネの言う通り、フェリオはフィズのことが大好きだし、フィズもそれは感じている。その大好きな妹を放って、魔法の修行に行ったり、暗い洞窟に置いてきたことに関しては、どう説明をつけるのか知らないが。


(まだ連絡こないし……)


 もう三週間目だ。それでも連絡がないなんて、絶対フィズが入学したこととか忘れているのだ。

 最近、色んな人と話すようになって気がついたのだが、たぶん、フィズは寂しかったのだ。大事だなんだと言いながら、あっさりとフィズを放ってひとり暮らしを始めたフェリオに、拗ねて引きこもっていた。

 誰に見られているわけでもないが、子供みたいな気持ちが恥ずかしくて、誤魔化すように冷めたココアに口をつける。そこで。


「よう、二人とも! 久しぶりだな!」


 いきなり現れた兄の姿に、フィズはココアをひっくり返しそうになった。


「いやぁあああ! どうしてお兄ちゃんがいるの!?」


 いや、思いきりひっくり返した。というか放り投げた。

 マグカップが、放物線を描いてフェリオに向かっていく。それを難なくキャッチすると、フェリオは指先をくるりと動かして、床に落ちそうになっていたココアを回収してから、もう一度コップに注いだ。


「この前見た時、フィズが寂しそうにしてたから、お兄様遊びに来ちゃった」


 ニコニコと笑うと、ココアを両手でぎゅっと握り、それからフィズに渡す。渡されたそれは温かくなっていて飲み頃だ。

 ぐ、と飛び出しそうになる何かを堪えて、ココアと一緒に飲み干した。


「……なんで入ってこれたの?」


 玄関の鍵はかけていたはずだ。まさか鍵開けの魔法とかがあるのだろうか。いや、フェリオなら壊したとかいう可能性も、いや、さすがに友人の家でそれは、ない。はずだ。

 不信な目を向けるフィズに、フェリオは、ポケットから何かを取りだした。


「合鍵を持ってんだよ。俺、ちょっと前までここに住んでたからな」


「ルームシェアしてたんだよ」


 初耳だ。本当にフェリオの物かと注意して鍵を見る。そこで目線を落とした。

 鍵についていたキーホルダーは、フィズが五年くらい前の彼の誕生日に適当に選んであげたものだったから。

 まだ使っていたのか。ストラップの紐の部分とか、ちょっと茶色っぽくなってしまっているじゃないか。

 フィズがこみ上げてくるものを必死に抑えていると、ため息を吐いたレオーネがフェリオに話しかける。


「来るなら来るで連絡くらいしろよ」


「いやあ、あっはっはっ。ところでレオー。食べる物ある? なんかちょーだい」


「あのなあ……」


(本当に喋ってる……)


 それどころか、ルームシェアまでしてたという。思った以上に仲の良い二人に、フィズはぽかんとした。

 天使と悪魔が仲良くしているなんて、とんだスキャンダルである。いや、二人とも人間なんだけど。


「どうしたフィズ。元気ないな?」


 思考に耽っているフィズに、フェリオが馴れ馴れしく肩を組んでくる。相変わらず、こっちが考える余裕をくれず、スキンシップのひとつひとつが体当たり気味な人だった。


「なんか邪魔した?」


 フェリオが顔を覗き込んでくる。


「別に……」


 先に言うことがあるだろうという言葉を飲み込んで、思いきりそっぽを向く。連絡がなかっただとかそういうのは、フィズの都合だ。

 フェリオが、何か色々と話しかけてくるが、全スルーする。そんなフィズの反応に、ううんと悩むと、フェリオは手を叩いた。


「あ、じゃあ、お兄さまに会えたのがそんなに嬉しい?」


「嬉しくない」


 間髪を入れずに否定する。そこで思わず振り返って、フェリオの笑顔と目が合った。フィズは直感する。

 だめだこれ。殺されるやつだ。

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