第19話
フィズは、目の前のロイに首を傾げた。彼は会ってからずっとフィズやリュウホを刺すように睨みつけている。
二度ほど顔を見て、チェルシーから話を聞かされて、彼のことを一方的に知ってはいるが、実際に顔を合わせるのは今日が初めてだ。そう思うのだが、知らないうちに何かしただろうか?
頭を捻るが、心当たりはない。目配せしようとリュウホをちら見すると、彼はいつの間にか背後にあったベンチに座って何かを食べていた。
(あ、ずるい。あたしも食べたい)
地団駄を踏んで抗議すると、リュウホはふっと勝ち誇ったように笑って、ロイをちょいちょいと指した。
その仕草にまたロイを見てみれば、彼は手を出していた。
「初めまして。僕はロイ」
フィズが手を重ねると、彼は口の端を上げて笑ったが、威圧感はまったく隠せていない。
なんだか動物に嫌われそうな子だなとぼけっと考えて、いや、彼が野生動物の類いなのかもしれないなと思い直す。
種類はユウシャ。ふふ。なんか光りそうな種類名である。
「この国の勇者だ」
自分の想像に笑ったところで、ロイがした自己紹介に、おや、と顔を上げた。
チェルシーの話によると、彼は、勇者であることに誇りを持っているわけではないらしい。どちらかと言えば責任の大きさに重圧を感じているようで、勇者という肩書きで見られることをあまりよく思わないとのことだった。当たり前だ。ロイはまだ十四歳で、世間的に見れば、世界を守るどころか、まだ大人に守られる子供である。
それに、ロイは世間からも隠されていて、その意味を正しく理解している彼が、初対面の人に自分から勇者だと名乗ることはないはずだ。
ちらりとチェルシーを見ると、目を丸くして驚いていた。フィズは知っているから良いものの、リュウホは──あまり興味なさそうだ。元々騒ぐタイプでもないが、少し安心した。
「ああ。チェルシーの幼なじみの」
とりあえず、危害を加える気はないよ、と笑顔を向ける。野生動物との和解に、攻撃の意思がないことを伝えるのはとても大切だ。
間髪を入れずに肯定が返ってきた。
「僕の幼なじみがお世話になってるみたいだから、挨拶したいなって」
「挨拶……?」
そのわりには、ロイに仲良くする気は一切ないみたいなのだが。
参ったなと首筋をかく。
理由はよく分からないが、フィズは勇者さまを敵に回してしまったらしい。
消し炭にでもされたらどうしよう。そう思いながら、フィズも名乗った。
「フィズです。よろし、痛い痛い痛い!」
手をぎゅっと握られて、それはいいけど、親指の付け根をぐりぐりと抉られる。
(こいつ……)
さすがに頬が引き攣った。
なんていうか、聞いていた話と印象が違う。チェルシーは優しく穏やかだと言っていたが、ずいぶんと活きの良いクソガキである。魚屋さんに並べたら目玉商品になるはずだ。
「えっフィズ、大丈夫?」
チェルシーがすっ飛んできて、フィズの手を取る。ロイの威圧感が増した。気がした。
「う、うん……」
「わ、赤くなってる。冷やそうか」
「ありがとう」
テキパキと処置するチェルシーに笑いかける。視界の端で、ロイが貧乏揺すりをしているのが見えた。
「もー、だめだよ、ロイ」
そんなロイに、チェルシーは目をつり上げる。
「ロイってば力が強いんだから」
力が強いとかそういう問題だっただろうか。思いきり危害を加えられていた気がするけど。
もう痛まない手を擦っていると、チェルシーが申し訳なさそうに耳打ちしてきた。
「本当、ごめんね。ロイってば、どうしても着いて来たいって聞かなくて」
「いやいや」
元々彼女は、出来るならロイと行きたかったはずで(人数の問題で、二人きりとはいかなかっただろうが)、だから彼が来るのは問題ないし、チェルシーが謝ることではない。
それに「似ている」という評価を聞いて、会うのを楽しみにしていたのだ。
「ロイに会うの結構楽しみにしてたんだ。気にしないで。仲良くした……したいけど」
「なんか今日機嫌が悪いみたいで。いつもは優しいんだよ? なんなんだろ、本当、ごめんね」
チェルシーは、ロイの機嫌がたまたま悪いのだと思っているらしい。
誰かが不機嫌な理由を、気分の問題だと片付けるのは簡単だ。だけど、普段と違うなら、そこには必ず何らかの理由が存在するはずだ。
(ここまでは出てるんだけどな……)
喉を押さえて、うぬぬと考え込む。
もう少しでたどり着くような気がするその理由を、懸命に探していると、突然リュウホが話しかけてきた。
「ネー皆はお昼食べたノ?」
「え、いや……」
「ジャア、ハイ。ボクがネ、作ったんだヨ。郷土料理ってヤツだネ」
マイペースなリュウホに、ロイは目を丸くしながらも白い塊を受け取る。その白い塊は、薄らと湯気が見えていて、ホカホカして美味しそうだった。
「ずるい。あたしにも」
「タダは今日だけだからネ」
渡された物を手に取ると、指先が火傷しそうなくらいに熱かったが、冷えた手にはちょうど良かった。一口かじってみると、中から肉が出てくる。
「美味しい。これなんていうの?」
「肉まんダヨー。チェルシーちゃんにチケットもらったからネ。良いって言ってたケド、お礼に作ってきたノ」
「なんでこんな熱いの?」
今日はそれなりに冷える日で、家から持ってきたならもう冷めているはずだ。それを聞くと、リュウホは胸を張る。
「魔力操作のオベンキョしたデショ。肉まんでも出来るか試してみたら出来たからネ。さっきそこで温めたんだヨ」
凄すぎる。尊敬の眼差しに、リュウホは「フフーン」と鼻高々だ。
「コレ食べたら出発しようネ。──ところでフィズちゃん?」
「えっあ、はい?」
いきなり肩を掴まれて、少し離れた場所に連行される。
目を瞬かせるフィズに、リュウホは顔を寄せ、ひっそりと質問した。
「さっさと性別のこと言ったらいいのに、なんで言わないノ? ロイくんが怒ってる理由、分かんないわけじゃないデショ?」
「へ?」
「…………」
思い切りため息を吐かれる。ロイ歴(?)はここにいる誰よりも浅いくせに、リュウホはロイの機嫌が悪い理由が分かっているらしい。
「あのネ、フィズちゃん。フィズちゃんはあの二人のこと見てどう思ウ?」
言われてフィズは二人を見る。肉まんを食べながら笑顔でロイに話しかけるチェルシーと、それに相づちを打つロイ。ロイからはさっきまでの威圧感は消えていて、二人とも楽しそうだ。
「なんか楽しそう」
「……そうだネ。なんで楽しそうだと思ウ?」
「…………」
「…………」
「あ」
二人をじっと観察して、ぴんときた。
さっきの二人になくて、今はあるもの。それは、肉まんだ。二人が幸せそうなのは、肉まんを食べているからである。
それを伝えると、リュウホは頭を抱えた。
「この前の魔力操作の時も思ったケド、フィズちゃんは、もう少し男女の機微について考えるべきだよネ」
難しい言葉を知っているな。感心していると、ふうと長い息を吐いたリュウホは、指先をぴっと立てる。
「フィズちゃん。世の中の人はネ、恋人や好きな人が他の人と親しくしてるのは大抵妬ましいものなんだヨ。とりわけ異性はネ」
それくらいはフィズにも分かる。嫉妬というやつだ。それが過ぎると、相手に危害を加えてしまうこともあって……──。
(あ、なるほど)
ようやく今の状況を理解した。
つまるところフィズは、痴話喧嘩に巻き込まれているわけである。さっきのリュウホの言葉を考えると、ロイはフィズのことを男だと勘違いしているのだろう。
初対面のチェルシーの感じからして、フィズのことはフェリオが話していると思うのだが、どうやらロイは結びついていないようだ。鈍いのか、取り乱しているのか、興味がないから覚えていなかったのか、どれだかは分からないが。
「ロイ」
声をかけると、フィズはとびきりの愛想笑いを浮かべる。
「今思い出したんだけどさ。勇者さまっていったら、お兄ちゃんもお世話になってるよね。ありがとうございます」
ぺこっと頭を下げると、ロイはポカンと口を開けた。
「お兄ちゃん……?」
それから、しばらくフィズの顔を見て考え込む。
「……あ、フェリオの?」
自分の情報とフィズとを照らし合わせて、ようやく結びついたらしい。
「そう。
妹の部分を強調すると、間違いに気がついたロイは目尻をさっと赤らめた。
「女の子……」
ぽつりと呟くと、先程までの強気な態度はどこにいったのか、もじもじ指先を動かす。
「ごめん。僕、てっきり……」
「いいよ。しょっちゅう間違われるし」
でも、髪の毛は伸ばそうと固く決意した。フィズが美少年なあまりに周りの男達に影響を与えるのは、とても申し訳ない、もとい、めんどくさい。
ロイの反応に、今度はチェルシーが機嫌を損ねたようだった。ロイをじっとりと睨みつける。
「……女の子だって分かった途端、フィズにまで赤くなっちゃって」
「いやこれは別に」
「なによ。誤魔化そうたってそうはいかないから」
喫茶店で見たようなやりとりが目の前で繰り広げられる。
「フィズは大切なお友達なの。そういう目で見たら、いくらロイだからって承知しないから」
なんかむちゃくちゃ嬉しいことを言ってくれているが、気分が上がるよりも脱力感が
(こんなに取り乱すくらいなんだから、ハッキリ両想いなんじゃないの……?)
一体、いつ頃からこんな状態なのかは分からないが、兄が言ってたことがようやく分かった。フィズはこっそりため息を吐く。生暖かい目を向けるが、言い争いをする二人は気付かない。
「両方鈍いんだね……」
「フィズちゃんもだけどネ」
鋭い指摘に胸を押さえる。そんなフィズにふっと笑ってデコピンをすると、リュウホは二人を眺めた。
「ああいうの、案外気付かないもんなんだネ。ボクには不思議で仕方ないんだケド」
そう言って目を細めるリュウホは、酷く遠くを見ているようだった。
「うーん、まあ、チェルシーはずっと前から
「フウン。好かれてる状況が当たり前なわけダ」
なんだか刺のある言い方だ。フィズだって呆れてはいたが、今みたいなのはなんとなく嫌で、慌ててフォローを考える。
「まあ、そうなんだけど、いつも話してる人が自分のこと好きかもなんてあんまり考えて生きてないよ」
ロイは恋愛モノは見ないし、見たって寝てしまうらしい。メディアでそういう感情の名前をすり込まれていないロイは、大勢が当たり前に理解している「嫉妬をする」という感情を理解出来ず、名前もつけられないのではないだろうか。
感情に名前がつくのは、大抵は他人に共有する時だ。だから、その共有する機会がないなら、ロイが一人で持て余してしまっているのも頷ける。
と、いうようなことを考えていたが、その思いを言葉に出来る語彙力は、残念ながらフィズに搭載されていない機能で、フィズ自身も正しく理解しているわけじゃなかった。
「ほら、リュウホだって、あたしが『笑うと猫みたいでかわいくて好きだな』って思ってんのは知らないわけじゃん」
だから彼女なりに棘を抜くとなると、ロイのフォローではなく、リュウホに矛先が向かう。
「ナニソレ」
「お金にうるさいけど、がめついんじゃなくて、キッチリしてるなぁって感じで、好きだしさ。勉強熱心なところは尊敬してるし、あ、笑い方が好きだって言ったけど、この前から意地悪な笑い方するの、慣れてきてくれたのかなって。あれも好きだよ」
リュウホの好きなところをあげていって、「だから言われなくちゃ分からないと思うよ」と締めくくろうとしたが、先に顔を赤くした彼に口を塞がれた。
「あのネ。そういうことをネ。異性に向かって言うもんじゃないノ。分かる? 分かんなそうだネ。馬鹿だもんネ!?」
え、酷い。そうは思ったが、有無を言わさない雰囲気に、フィズは黙り込まざるを得なかった。
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