第17話
先生はさっと挨拶を済ませると、室内を見渡し、含み笑いをした。
「みんな『今日も体力トレーニングかぁ』って思ってるでしょ」
どよめきが起きる。ごくりと喉を鳴らす生徒を見て楽しそうに笑う。
彼女、オリヴィアは、いつも楽しそうな先生だ。中年と呼ばれる年だが、とてもハキハキしていて、話す時は生徒一人一人の顔を見て話すのが好きだった。
今まではずっとトレーニングだったので、教壇に立つのを見るのは自己紹介の時以来だ。
レオーネが、「あの先生は分かりやすいよ」と言っていたので、フィズは結構楽しみにしていた。
「魔法理論ですでに習ったと思うんだけど、魔法は、体内エネルギーを消費して使っているのね。そのエネルギーを、私逹は魔力と呼んでいます」
理論ではその文章をさらっと流し、別のところをやったが、この授業では、そこを詳しく説明するようだった。
「みんなはRPGのゲームやったことあるかな? 見ただけでも良いんだけど、知らないって人はいない?」
知らない人は手を上げるように促す。誰も手を上げないのを見ると、オリヴィアは、よしと頷いて、ペンを取り出した。
「あれって、HPとMPが別にあって、魔法を使うとMPだけが減っていくよね」
オリヴィアは、魔法のペンで空中にHPとMPのゲージをそれぞれ書くと、「MPはHPのゲージを上げると上がりやすい」こと。「魔法に慣れてないうちは、両方のゲージがたくさん消費されていく」こと。「実は明確な区別は存在せず、体力を削っている説もある」ということを説明した。
「魔力は未だに様々な説が飛び交っていて、解明はされてません。私逹の知ってる栄養素が元になっているかもしれないし、全く知らないものかもしれない。酸素みたいに取りこんでいるものかもしれない」
どのみち、体を使っているのだから、体力はあった方が良い。そう纏めると、オリヴィアは突然、隣の席の子とペアになるように指示した。きっと魔力を操る練習だ。
隣ということは、フィズのペアはリュウホだ。目配せすると、リュウホはにっこり笑った。
「はい。じゃあ、向かい合って」
椅子を少し出すと、フィズは、リュウホと向かい合う。
「手を繋いで」
リュウホの肩が揺れた。
なんだか動かないので、フィズがリュウホの手を握る。ややあって、息を吐くのが聞こえ、ちらりと様子を窺うと、リュウホは目を眇めて口角を上げた。
「
いつもの屈託のない、目が無くなる笑い方じゃなく、なんだか挑戦的な、小馬鹿にする笑い方だ。
小さな子供を見るような表情が珍しくてぽかんとしていたら、オリヴィアの指示で目を瞑ったので、フィズも慌て目を閉じる。
「今から魔力を感じて、操る練習をします。これは、野球のピッチングとかバスケのシュートみたいに初めは上手くいかなかったり、意識しないと出来ないんだけど、訓練で体に覚えこませることで自由に操れるようになるからね」
それから、指示通りに魔力を操る練習をする。始めは苦戦していたリュウホだが、コツを掴むと早いもので、すんなり応用を効かせていた。
彼の魔力はじんわりと温かくて、フィズは口角を上げる。
「なに? どうしたノ?」
嬉しそうなフィズに、リュウホが片眉を上げた。なんでもないよ、と笑うフィズに、リュウホは不思議そうだ。
「──はい。そこまで」
オリヴィアが手を鳴らして、二人は手を離す。時計を見ると、そろそろ授業が終わる時間だった。
「みんな、魔力が体の中にあって、操るって感覚、分かった?」
頷く面々を見て満足そうに笑うと、オリヴィアは宿題として今日やったことを習慣にするように言った。
「慣れないうちはペアでやる方が良いわ。誰とやってもいいけど……一つだけ注意。魔力は感情に左右されるの」
魔力には温かいか冷たいかの違いがあって、オリヴィアは、その時の感情に左右されると述べた。
その人に好意があると受け取る側が温かく、敵意があったりすると冷たく感じる。そう言っていたのは、厳密に紐解いてみるとそういうことらしい。
「だから『プレゼント』なんだネ」
ふぅん、と頬杖を突くリュウホが、小さく呟いた。数秒考えて、なるほどと手を打つ。
レオーネもオリヴィアも「相手にプレゼントを渡されたと思って」と言っていた。それを想像すれば、よほどのことがない限りは、相手に感謝するだろう。
それを返すと思って。というのは、先ほどのチェルシーのように、笑顔やら言葉やら、代わりの品を返すということだ。間違ってもミラーボールをアタックし合うことではなかった。
「みんなが考えつくか分からないけど、この力は、悪意を持つ人が使えば、危険なことにもなります。だから、約束して」
オリヴィアから笑顔が消えて、真剣な顔になる。思わず背筋が伸びた。
「悪意を持って魔法を使わないこと。もしそういう場面を見かけたら、必ず先生に報告すること。場合によると、監視がついたり、退学になったり、魔法が使えないようにすることにもなります。いいわね?」
はい、と返事があって、オリヴィアは満足そうに笑って出て行った。
ぴしゃっと軽い音と共にドアが閉まる。途端、残された生徒逹は、時が動き始めたかのように動き始めた。
オリヴィアの最後の言葉は、フィズにとって、不思議な感触の食べ物を食べさせられたようだった。
しばらく黙ってぐにゅぐにゅと噛み締めて、だんだんと味を理解する。
(そっか……確かに、悪用する人もいるよね)
便利なものも、素敵なものも、悪意を持った人が使うと、いくらでも人を傷つけてしまう。知らないわけじゃないが、イマイチ考えたことはなかった。
そういうことも考えないといけないことが、なんだか寂しくて、フィズは眉を寄せた。
「フィズちゃん。どうしたノ?」
「世界が平和にならないかなと思って……」
「結構いつも突然だよネ」
しょんぼりと俯いたフィズに、リュウホは苦笑すると、顔を覗き込んできた。
「さっきの先生の話で怖くなったノ?」
「怖くなったっていうか、非常に悲しくなった次第でございます」
リュウホが目を細めた。後ろ頭をかくと、何かを考えて、それからフィズのおでこを指で弾いた。
痛い。抗議の目を向けると、リュウホは微笑む。
「フィズちゃんは優しいネ」
そうだろうか? イマイチ分からなくて首を傾げると、リュウホはチェルシーから貰ったチケットを取り出した。
「コレ、日程決めようカ?」
ぱっと顔が輝くのが分かる。
出不精なので、出かけること自体は面倒なのだが、誰かと予定を擦り合わせ、こうして遊びに出かける楽しさを知らないわけではない。休日に友達と出かけるのは普通に楽しみである。
フィズの表情が変わったのを見て、リュウホは吹き出す。単純だと言われて悔しかったが、今日はリュウホが色んな顔をするなぁと思って、なんとなくそれが嬉しかった。
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