第16話
学園に入って早くも二週間が経過した。
授業の内容は、すでにレオーネに習ったこともあったが、新しく知ることも多い。特に「魔法理論」や「魔法史」などの座学は、レオーネやコニーにさらっと教えてもらっただけだったので、知らないことの方が多かった。
正直な話、この魔法は誰が研究したとか、何年に発見されたとか、そういうのは知ったこっちゃねぇなという次第だが、レオーネのおかげで、大まかな
気にしていた魔物退治の件だって、誰も見ていなかったらしいし、もちろん、フェリオやレオーネの件をチェルシーが喋ってしまうこともない。
そんなわけで、フィズは、特別目立つことも授業に遅れることもなく、思ったより順調な学園生活を送っている。
「午後の授業なんだっけ?」
玉子焼きを口に放り込みながら、隣にいるチェルシーに問いかける。
チェルシーとは、クラスも同じだった。
クラスメートともちらほら会話して仲良くなってきたが、やはり彼女と行動することが一番多い。
「午後からは魔法基礎」
「あーまじか」
魔法基礎は、今のところレオーネに習ったところをやっている。二週間だと基礎の基礎で、つまりはまだ体力トレーニングの段階だ。
「体育があるのに、魔法基礎でもトレーニングをしなくちゃならないなんて」「魔法使いに体力いる!?」と大変不満の多い授業で、フィズもレオーネに理由を教えてもらっていなくちゃ、不満たらたらだっただろう。
フィズはへっちゃらなくらいの軽いトレーニングだが、なるべくならやりたくないし、早く次の段階にいきたいなあと思っている。
「私、基礎は苦手だなぁ……あんまりやってこなかったし」
チェルシーは、身体能力はそれなりだが、体力はないらしい。短距離は得意なようだが、長距離となるとへとへとになっていた。
「めんどくさいよねぇ」
フィズも相づちを打ったところで、ハッと思い出した。チェルシーの方を見る。
「チェルシー、髪の毛」
彼女は、いつも髪をポニーテールに纏めているが、つい一昨日、ゴムがちぎれ、今日は全部下ろしている。
「うわ、忘れてた! 今日は体育ないからいいやって思っちゃった!」
髪が長いと、動く時は邪魔だし、暑いし、ぐちゃぐちゃになってしまって嫌なのだと言っていた。お洒落な彼女だが、魔物が出やすい場所に住んでいたからか、いつも動きやすい格好をしている。
「うわ、どうしよ。誰か持ってるかなあ」
教室をさっと見渡す。だが、髪の長い女子は出払っていた。直前にでも誰かに貸して貰えたらいいが、誰も予備を持っていなかった時のことを考えると、不安だろう。その場合、チェルシーは暑さに耐え、髪を振り乱しながらトレーニングすることになる。
昼休みはあと十分だ。休憩中の出入りは自由だが、買いに行く暇はない。
がっくりと肩を落とすチェルシーに、フィズはふふと笑うと、ある袋を出した。
「チェルシー」
「ん?」
「これあげる」
机に乗った袋にきょとんとすると、彼女はフィズに勧められるまま袋を開ける。中に入っているものを見て、ぱっと笑った。
黄色いリボンと髪ゴム。以前から見る度にチェルシーを思い出し、気になっていたが、あげる理由がないしなと結局買わずにいた物だ。
一昨日彼女のゴムが切れたのを見て、その日に買ったが、昨日チェルシーはかわいいヘアピンをしていたので、渡さなかったのだ。
「いいの? ありがとう!」
はにかむと、チェルシーは櫛を取り出してさっと髪形をポニーテールにした。それから、リボンを袋に戻して、フィズに返す。
え、と思って顔を見ると、チェルシーはにっこり笑った。
「かわいいリボンだね。フィズもそういうのつけるんだ」
しまった。伝え方を間違えた。あるから使いなよ、風を装ったのが失敗だったのだ。
「違う違う」
慌てて否定すると、リボンを出す。立ち上がると、チェルシーの後ろに回った。
不思議そうなチェルシーの頭に、リボンをつける。前に立って、正面から彼女を見、微笑んだ。
「うん。やっぱり似合うね」
「え、」
「これね、チェルシーに買ったの。黄色が似合うと思ってたんだ」
もちろん、別の色も似合っているが、髪が暗い緑色なので、はっきりした明るい色が似合う。
チェルシーのポーチから鏡を出して、彼女に見せる。ぽかんとしていたチェルシーは、鏡を見て、頬を朱に染めた。
「ありがとう、フィズ」
「どういたしまして」
「……お前ラ、本当に仲良いよネ」
笑い合っていると、近くにいた男子が呆れたように話しかけてきた。彼は、フィズの隣の席なので、チェルシーの次に友達になったリュウホだ。
なんと、わざわざ東方の国から留学してきた子だ。この国の言葉に慣れていないからイントネーションは独特だが、コミュニケーションには困らないし、フィズはかわいいなと密かに気に入っている。この国に来る前に猛勉強したらしい。偉すぎる。
年はフィズより一つ上だが、東方の国の特徴で、顔立ちが幼い。黒くて長いみつあみと、丸い眼鏡。鼻の辺りにあるそばかすが特徴的だ。笑うと目尻がきゅーっと上がって、猫みたいになってかわいかった。
リュウホは、親指と人差し指で丸を作ると、目尻を上げて笑う。
「ボクだったラ、キッチリお金取るけどネ」
彼はお金が好きらしく、この学園に来たのも、魔法で一儲けしたいからなのだという。しかし、キッチリしているだけで、がめつい印象はないので、フィズは好きだ。
リュウホの言葉を聞いて、チェルシーはハッとすると、カバンに手を伸ばした。
「そういや、どれくらいした?」
「え、いいよ。あたしが勝手に買ってきたやつだしね」
「儲けだネ、チェルシーちゃん。貰っときなヨ。確かに似合ってるヨ」
リュウホにまで褒められ、チェルシーは照れたように笑うと、フィズにもう一度お礼を言う。それから、あ、と思い出したように手を打った。
「そうだ、フィズ。お礼と言っちゃなんだけど、映画に行かない? リュウホも」
財布から何か紙を取り出すと、フィズとリュウホに渡す。その紙──チケットを見て、リュウホは歓声を上げた。
「ボクが好きな監督の最新作! 行く行く!」
チケットには、最近話題の映画のタイトルが書いてある。
リュウホは上機嫌で財布を取り出すと、お金をチェルシーに渡した。
「え、いいよ別に」
「ウウン。ボクはチェルシーちゃんに何かあげたわけじゃないシ」
「貰い物だから気にしないで。むしろ困ってたの」
「そういうことなら仕方ないネ!」
鮮やかな手の平返しだ。笑うと、チェルシーは、首を傾げる。
「誰かもう一人いないかな? それペアチケットなんだけど」
「ロイは誘わないの?」
チェルシーがぴしっと固まった。不穏な空気に口をつぐむと、チェルシーは大きなため息を吐く。
「あいつね。恋愛映画は来ないし、来ても寝ちゃうの」
それは誘わない方が良さそうだ。
苦笑したリュウホが、時計をちらりと見て、机を指した。
「誘う人は後で決めようヨ。それより、もう少しで授業ダヨ」
「あ、本当だ」
手を振ると、チェルシーが席に戻っていく。少ししてから、先生が入ってきた。
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