第14話

 そうして楽しく着いた学園は、思っていたよりも小さくて、それでいて、新しい建物だった。いや、特別新しいというわけではないが、なんとなく古くからある場所なのかと思っていたので、拍子抜けだ。

 規模も小さく、十数人のクラスが二つしか無いようだ。レオーネが言うに、魔法使いになりたいという人間も、それにオッケーを出す親もなかなかいないので、人口が少ないのは仕方のないことらしい。


「そっか。別に由緒ある学園ではないんだね」


 そういえば、魔法使いは最近まで存在を隠されていたのだから、むしろ学園としての歴史は浅いと言えるのか。

 自分の仮説を確認する為、隣のレオーネに話しかけると、返ってきたのは別の声だった。


「魔法は元々森で教わるものだからね」


 なんだか聞き覚えのある声におやと振り向く。そこに立っていたのはチェルシーだった。

 気を利かせたレオーネが、保護者の集まる場所に行く。フィズがそれを見送ると、隣のチェルシーが眉を下げた。


「ごめん。邪魔しちゃったかな」


「大丈夫だよ」


 こうして学園の入学式に現れたということは、彼女は同級生になるのだろう。思わぬ再会に嬉しくなる。


「それより、久しぶり」


 だから笑顔で手を出すと、互いに改めて名乗った。

 フィズは彼女の名前を知っていたので特に新しい情報はないが、チェルシーは違ったようである。


「え。フィズ……?」


 フィズの名前を聞き、チェルシーはぴたりと動きを止めた。

 急にどうしたのだろう?

 首を傾げる。説明してくれることを期待したが、チェルシーは視線を宙にさ迷わせた。

 なんだかよく分からないが、彼女はなにかを迷っている様子だ。

 大人しく口が開かれるのを待っていると、やがてごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。どうやら決意を固めたらしい。妙に緊迫した空気に、フィズは肩が凝るのを感じながら、チェルシーの言葉を待つ。


「……フィズって、もしかして、お兄さんいる?」


 意外な質問に、フィズは瞳を瞬かせる。何を言われるのかと身構えていれば、そんなことか。肩の力を抜いた。

 そういえばすっかり忘れていたが、勇者と友達なら、兄が世話になっているし、チェルシーの名前も兄から聞いたのだ。当然、彼女もフィズのことを兄から聞いているはずである。

 だが、チェルシー反応を見る限りでは、魔物退治の後では話さなかったらしい。だって、あの後フィズのことを話したら、「あいつがフィズだよ」くらいのやりとりはするだろう。兄妹だと結びついていなかったことを見ると、その可能性はない。

 兄があんまり自分の話をしていない。そう思うと、なんだかつまらない気分になった。

 いや、自分だって話題に上らない限り、兄の話をわざわざしないけど。でも、だって、フィズはレオーネと毎日フェリオの話しをしているのに、それは不公平だ。


(お兄ちゃん、あたしのこと忘れてるのかな……)


 友達に押しつけてあとは知らんぷりか。ふつふつと湧いてきた怒りと虚しさから、フィズは頬を膨らませる。


「血は……まあ繋がっているかいないかで言えば、両親は一緒だから、繋がっている可能性も無きにしもあらずっていうか」


 だから、そっぽを向いて拗ねてやった。


「まあ、科学的に見たらね? 兄妹の可能性は高いかなって思わなくもないかな」


「宗教的に見てもそうだよ。両親が一緒ならバリバリの兄妹だよ」


「くう……っ」


 容赦ない指摘に膝を折る。こんな正論をぶつけられたら、拗ねるに拗ねられないじゃないか。恨めしげ名目を向けると、チェルシーは眉尻を下げて困ったように笑った。


(でもどうして急にそんな話……あっ)


 改めて考えて、理由を思いつく。

 もしかして、兄が何か迷惑をかけているのだろうか。さすがに、よそさまにフィズのような無茶な訓練をしたとは思いたくないが、他人と感覚が大幅にズレているフェリオならあり得る。そこら辺、フィズは兄を全く信用していなかった。


「お兄ちゃんがなにかご迷惑を……?」


 まるで、なにが飛び出してくるか分からない箱を開ける気分である。

 勇気を出して聞いてみると、チェルシーは一瞬きょとんとして、ふふと笑った。


「ううん。とっても親切にしてもらってるよ」


 よかった。一応上手くやっているらしい。

 ほっと一息吐いてから、フィズはもう一度理由を考える。数秒後に、閃いた。


「……もしかして、あたしのこと男だと思ってた?」


 チェルシーがさっと視線を落とした。正解だ。

 頭を下げる彼女に、フィズは前髪をいじると、考える。


「髪が短いからかな?」


 おそらく、長いときだったら間違えられなかっただろう。切ったときはレオーネにも驚かれたし、我ながら男にしか見えないなと鏡を見ながら思ったりもする。

 首を傾げると、彼女は申し訳なさそうに指摘した。


「……跳ねてるのも、あるんじゃない?」


「そうかぁ」


 ただ理由が気になっただけで、男に間違えられることに抵抗もないし、弊害もないので問題はない。フィズがけろっとしていて安心したのか、胸をなで下ろすと、チェルシーは改めてフィズに頭を下げる。


「えっと、フィズ、この前はありがとうね。あと、お礼も言わずにいなくなってごめん」


「こっちこそ。色々大丈夫だった?」


 声を潜めて聞いてみる。勇者さまと魔物が市街地に出たことで、調べたマスコミが、住む場所へ来ていたりするようだったので、チェルシー逹のことも心配だった。

 そんなフィズに、胸を張ると、チェルシーは彼女の住む森のことについて教えてくれる。

 森の場所は隠されているので、部外者は招かれない限りは入って来れない。そういう魔法をかけているらしい。

 ずいぶん魔法に慣れてきたと思っていたが、これだけ規模が大きいとさすがに驚いた。

 夢だと思っているわけじゃない。だけど、関係ないと思っていた自分が、その世界に片足を突っ込んでいるのだなあと思うと、なんだか不思議な気分だ。


「でも、マスコミのおかげでロイとかますます引きこもりになっちゃって。しょうがないんだけどね」


 顔を知っている者はいないかもしれないが、あの黒髪は目立つ。勇者さまは黒髪だったという噂も流れているし、街中に出るのは、確かに難しいだろう。


「あたしも引きこもりだったから、ロイとは気が合うかも」


 冗談めかして言うと、チェルシーはくすくす笑って、確かに合いそうだと同意する。


「今度三人で遊ぼうよ。招待するから」


「行く行く。あたしん家にも……」


 おいでと言いかけて、はたと止まる。今フィズの家は、レオーネの家でもある。


「ごめん。同居人に聞いてみる」


「あ、そういえば、フィズって、師匠のレオーネさんと同居してるって……」


 チェルシーの動きが止まった。首を傾げるフィズと同じように、チェルシーも首を傾げる。


「……レオーネさんって、フェリオさんの話しぶりからして男の人だと思ってたんだけど……」


「男だよ。さっきあたしの横にいた人」


「え、あの人がレオーネさん?」


 チェルシーの目がきらりと光ったような気がした。たじろぐフィズの手を握ると、チェルシーはぐいと顔を寄せてくる。


「彼氏なの?」


 事態を理解する間もなく質問が飛んできて、フィズは動きを止めた。

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